172 / 173
外伝3.我慢できるかしらね(SIDEソフィ)
しおりを挟む
*****SIDE ソフィ
ベアトリスお嬢様が王城で虐げられ、嘲笑われているのは知っていた。意地悪な先輩が、わざと私に聞かせたから。邪険にされると承知の上で、着飾るお嬢様の強さを尊敬している。精一杯の抵抗の証として、最高の美女に仕上げるのが私の仕事だ。
「お綺麗です、お嬢様」
微笑むお姿は女神様のよう。虹を映した銀髪も、甘く煮詰めた果実のような瞳も。どこに触れてもとろりと甘い、美しい女神様は「ありがとう」と微笑んだ。
普段ならシーツを洗ったり下働きの仕事をして待つのに、この日だけは胸騒ぎがした。お嬢様を見送った後、矢も盾もたまらず追いかける。幸い、公爵家の屋敷は王城に近かった。城門前まで駆けて、震えながらお嬢様を待つ。馬車に乗ってお帰りになる姿を確認しなくては、そう思っていたら……お嬢様が見知らぬ馬車に乗るのが見えた。
豪華な馬車の紋章はこの国では見かけないけれど、今日私の手で仕上げたお嬢様は見間違いようがない。置いていかれる、だから胸騒ぎがしたんだ。直感でそう気づき、慌てて駆け寄った。お嬢様がこれ以上不幸にならないよう、私の身を盾にしてもお守りしなくては。
女神様を信仰する気持ちに近かった。生身のお嬢様というより、物語の女神様が身を窶したような気持ちで見守ってきた。侍女として拾われ、馬車を止めた無礼を許される。後ろの馬車で随行する侍女や侍従から話を聞いて驚いた。見覚えのない紋章は、フォルシウス帝国の皇帝陛下の物だと――。
首が飛ばなかったのが不思議なくらいだ。私は孤児だった。シスターが教えてくれたので読み書きが出来る。だから貴族家の侍女になれた。シスターの影響だろうか。女神様の神話をたくさん目にして、実際にお仕えするベアトリスお嬢様を見た時、私は女神様の侍女になるのだと信じた。
皇帝陛下は悪虐の名で有名で、気に入らなければ誰でも殺すという。王族や貴族でも関係なく、首を刎ねて吊るすと有名だった。不安だったが、すぐにそれも消えていく。皇帝陛下は誰よりもお嬢様を愛しんでくださる。
離宮を与えて衣服はもちろん、珍しい魚や果物も取り寄せて、愛を囁き続けておられた。愛されて美しく磨かれるお嬢様の笑顔が柔らかくなり、それでも強引に手に入れようとしない高潔さに、皇帝陛下への忠誠心が生まれる。
最高の主君とそのご夫君。支えるために必要だと知識を詰め込んだ。皇帝陛下の専属執事ニルス様の指導のもと、姫様となったベアトリスお嬢様に恥をかかせない為に学ぶ。マナーを身につけ、淑女の振る舞いを体に叩き込んだ。わずか一週間で何が出来るか、そう問う者にこう切り返したい。
一週間もあったのに、あなたは何も出来ないのか――と。
「お母様、エレンをお嫁さんにする方法を教えてください」
こまっしゃくれた息子に、溜め息を吐く。まだ主従関係を理解していないならともかく、理解しても皇帝陛下の御息女を妻にすると譲らない。こういう頑固さは誰に似たのかしらね。
「お父様に聞きなさい」
「お父様は、年頃になったら既成事実を作れと言いました。既成事実とは何ですか?」
絶句した後、額を押さえて怒りを鎮める。あの人は、まだ幼い息子に何ということを教えたのか。きっちり言い聞かせる必要があります。今晩は寝所を共にしたいと言われましたから、ちょうどいいですね。眠れない夜にして差し上げましょう。それはさておき、息子が皇女様の危険になってはいけないので、修正が必要です。
「エレン皇女殿下と結婚したいのなら、勉強も剣術も優秀でなくてはいけません」
頷く素直な息子の髪を撫でながら、夫ニルスの顔を思い浮かべる。嫉妬深いのに、私に甘いニルス。犬の躾のように待てをしたら、我慢できるのかしらね。
ベアトリスお嬢様が王城で虐げられ、嘲笑われているのは知っていた。意地悪な先輩が、わざと私に聞かせたから。邪険にされると承知の上で、着飾るお嬢様の強さを尊敬している。精一杯の抵抗の証として、最高の美女に仕上げるのが私の仕事だ。
「お綺麗です、お嬢様」
微笑むお姿は女神様のよう。虹を映した銀髪も、甘く煮詰めた果実のような瞳も。どこに触れてもとろりと甘い、美しい女神様は「ありがとう」と微笑んだ。
普段ならシーツを洗ったり下働きの仕事をして待つのに、この日だけは胸騒ぎがした。お嬢様を見送った後、矢も盾もたまらず追いかける。幸い、公爵家の屋敷は王城に近かった。城門前まで駆けて、震えながらお嬢様を待つ。馬車に乗ってお帰りになる姿を確認しなくては、そう思っていたら……お嬢様が見知らぬ馬車に乗るのが見えた。
豪華な馬車の紋章はこの国では見かけないけれど、今日私の手で仕上げたお嬢様は見間違いようがない。置いていかれる、だから胸騒ぎがしたんだ。直感でそう気づき、慌てて駆け寄った。お嬢様がこれ以上不幸にならないよう、私の身を盾にしてもお守りしなくては。
女神様を信仰する気持ちに近かった。生身のお嬢様というより、物語の女神様が身を窶したような気持ちで見守ってきた。侍女として拾われ、馬車を止めた無礼を許される。後ろの馬車で随行する侍女や侍従から話を聞いて驚いた。見覚えのない紋章は、フォルシウス帝国の皇帝陛下の物だと――。
首が飛ばなかったのが不思議なくらいだ。私は孤児だった。シスターが教えてくれたので読み書きが出来る。だから貴族家の侍女になれた。シスターの影響だろうか。女神様の神話をたくさん目にして、実際にお仕えするベアトリスお嬢様を見た時、私は女神様の侍女になるのだと信じた。
皇帝陛下は悪虐の名で有名で、気に入らなければ誰でも殺すという。王族や貴族でも関係なく、首を刎ねて吊るすと有名だった。不安だったが、すぐにそれも消えていく。皇帝陛下は誰よりもお嬢様を愛しんでくださる。
離宮を与えて衣服はもちろん、珍しい魚や果物も取り寄せて、愛を囁き続けておられた。愛されて美しく磨かれるお嬢様の笑顔が柔らかくなり、それでも強引に手に入れようとしない高潔さに、皇帝陛下への忠誠心が生まれる。
最高の主君とそのご夫君。支えるために必要だと知識を詰め込んだ。皇帝陛下の専属執事ニルス様の指導のもと、姫様となったベアトリスお嬢様に恥をかかせない為に学ぶ。マナーを身につけ、淑女の振る舞いを体に叩き込んだ。わずか一週間で何が出来るか、そう問う者にこう切り返したい。
一週間もあったのに、あなたは何も出来ないのか――と。
「お母様、エレンをお嫁さんにする方法を教えてください」
こまっしゃくれた息子に、溜め息を吐く。まだ主従関係を理解していないならともかく、理解しても皇帝陛下の御息女を妻にすると譲らない。こういう頑固さは誰に似たのかしらね。
「お父様に聞きなさい」
「お父様は、年頃になったら既成事実を作れと言いました。既成事実とは何ですか?」
絶句した後、額を押さえて怒りを鎮める。あの人は、まだ幼い息子に何ということを教えたのか。きっちり言い聞かせる必要があります。今晩は寝所を共にしたいと言われましたから、ちょうどいいですね。眠れない夜にして差し上げましょう。それはさておき、息子が皇女様の危険になってはいけないので、修正が必要です。
「エレン皇女殿下と結婚したいのなら、勉強も剣術も優秀でなくてはいけません」
頷く素直な息子の髪を撫でながら、夫ニルスの顔を思い浮かべる。嫉妬深いのに、私に甘いニルス。犬の躾のように待てをしたら、我慢できるのかしらね。
21
お気に入りに追加
3,479
あなたにおすすめの小説
【完結】名ばかりの妻を押しつけられた公女は、人生のやり直しを求めます。2度目は絶対に飼殺し妃ルートの回避に全力をつくします。
yukiwa (旧PN 雪花)
恋愛
*タイトル変更しました。(旧題 黄金竜の花嫁~飼殺し妃は遡る~)
パウラ・ヘルムダールは、竜の血を継ぐ名門大公家の跡継ぎ公女。
この世を支配する黄金竜オーディに望まれて側室にされるが、その実態は正室の仕事を丸投げされてこなすだけの、名のみの妻だった。
しかもその名のみの妻、側室なのに選抜試験などと御大層なものがあって。生真面目パウラは手を抜くことを知らず、ついつい頑張ってなりたくもなかった側室に見事当選。
もう一人の側室候補エリーヌは、イケメン試験官と恋をしてさっさと選抜試験から引き揚げていた。
「やられた!」と後悔しても、後の祭り。仕方ないからパウラは丸投げされた仕事をこなし、こなして一生を終える。そしてご褒美にやり直しの転生を願った。
「二度と絶対、飼殺しの妃はごめんです」
そうして始まった2度目の人生、なんだか周りが騒がしい。
竜の血を継ぐ4人の青年(後に試験官になる)たちは、なぜだかみんなパウラに甘い。
後半、シリアス風味のハピエン。
3章からルート分岐します。
小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。
表紙画像はwaifulabsで作成していただきました。
https://waifulabs.com/
【完結】 悪役令嬢は『壁』になりたい
tea
恋愛
愛読していた小説の推しが死んだ事にショックを受けていたら、おそらくなんやかんやあって、その小説で推しを殺した悪役令嬢に転生しました。
本来悪役令嬢が恋してヒロインに横恋慕していたヒーローである王太子には興味ないので、壁として推しを殺さぬよう陰から愛でたいと思っていたのですが……。
人を傷つける事に臆病で、『壁になりたい』と引いてしまう主人公と、彼女に助けられたことで強くなり主人公と共に生きたいと願う推しのお話☆
本編ヒロイン視点は全8話でサクッと終わるハッピーエンド+番外編
第三章のイライアス編には、
『愛が重め故断罪された無罪の悪役令嬢は、助けてくれた元騎士の貧乏子爵様に勝手に楽しく尽くします』
のキャラクター、リュシアンも出てきます☆
辺境伯へ嫁ぎます。
アズやっこ
恋愛
私の父、国王陛下から、辺境伯へ嫁げと言われました。
隣国の王子の次は辺境伯ですか… 分かりました。
私は第二王女。所詮国の為の駒でしかないのです。 例え父であっても国王陛下には逆らえません。
辺境伯様… 若くして家督を継がれ、辺境の地を護っています。
本来ならば第一王女のお姉様が嫁ぐはずでした。
辺境伯様も10歳も年下の私を妻として娶らなければいけないなんて可哀想です。
辺境伯様、大丈夫です。私はご迷惑はおかけしません。
それでも、もし、私でも良いのなら…こんな小娘でも良いのなら…貴方を愛しても良いですか?貴方も私を愛してくれますか?
そんな望みを抱いてしまいます。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 設定はゆるいです。
(言葉使いなど、優しい目で読んで頂けると幸いです)
❈ 誤字脱字等教えて頂けると幸いです。
(出来れば望ましいと思う字、文章を教えて頂けると嬉しいです)
【完結】婚約者を譲れと言うなら譲ります。私が欲しいのはアナタの婚約者なので。
海野凛久
恋愛
【書籍絶賛発売中】
クラリンス侯爵家の長女・マリーアンネは、幼いころから王太子の婚約者と定められ、育てられてきた。
しかしそんなある日、とあるパーティーで、妹から婚約者の地位を譲るように迫られる。
失意に打ちひしがれるかと思われたマリーアンネだったが――
これは、初恋を実らせようと奮闘する、とある令嬢の物語――。
※第14回恋愛小説大賞で特別賞頂きました!応援くださった皆様、ありがとうございました!
※主人公の名前を『マリ』から『マリーアンネ』へ変更しました。
【完結】溺愛婚約者の裏の顔 ~そろそろ婚約破棄してくれませんか~
瀬里
恋愛
(なろうの異世界恋愛ジャンルで日刊7位頂きました)
ニナには、幼い頃からの婚約者がいる。
3歳年下のティーノ様だ。
本人に「お前が行き遅れになった頃に終わりだ」と宣言されるような、典型的な「婚約破棄前提の格差婚約」だ。
行き遅れになる前に何とか婚約破棄できないかと頑張ってはみるが、うまくいかず、最近ではもうそれもいいか、と半ばあきらめている。
なぜなら、現在16歳のティーノ様は、匂いたつような色香と初々しさとを併せ持つ、美青年へと成長してしまったのだ。おまけに人前では、誰もがうらやむような溺愛ぶりだ。それが偽物だったとしても、こんな風に夢を見させてもらえる体験なんて、そうそうできやしない。
もちろん人前でだけで、裏ではひどいものだけど。
そんな中、第三王女殿下が、ティーノ様をお気に召したらしいという噂が飛び込んできて、あきらめかけていた婚約破棄がかなうかもしれないと、ニナは行動を起こすことにするのだが――。
全7話の短編です 完結確約です。
プロローグでケリをつけた乙女ゲームに、悪役令嬢は必要ない(と思いたい)
犬野きらり
恋愛
私、ミルフィーナ・ダルンは侯爵令嬢で二年前にこの世界が乙女ゲームと気づき本当にヒロインがいるか確認して、私は覚悟を決めた。
『ヒロインをゲーム本編に出さない。プロローグでケリをつける』
ヒロインは、お父様の再婚相手の連れ子な義妹、特に何もされていないが、今後が大変そうだからひとまず、ごめんなさい。プロローグは肩慣らし程度の攻略対象者の義兄。わかっていれば対応はできます。
まず乙女ゲームって一人の女の子が何人も男性を攻略出来ること自体、あり得ないのよ。ヒロインは天然だから気づかない、嘘、嘘。わかってて敢えてやってるからね、男落とし、それで成り上がってますから。
みんなに現実見せて、納得してもらう。揚げ足、ご都合に変換発言なんて上等!ヒロインと一緒の生活は、少しの発言でも悪役令嬢発言多々ありらしく、私も危ない。ごめんね、ヒロインさん、そんな理由で強制退去です。
でもこのゲーム退屈で途中でやめたから、その続き知りません。
妹に全てを奪われた伯爵令嬢は遠い国で愛を知る
星名柚花
恋愛
魔法が使えない伯爵令嬢セレスティアには美しい双子の妹・イノーラがいる。
国一番の魔力を持つイノーラは我儘な暴君で、セレスティアから婚約者まで奪った。
「もう無理、もう耐えられない!!」
イノーラの結婚式に無理やり参列させられたセレスティアは逃亡を決意。
「セラ」という偽名を使い、遠く離れたロドリー王国で侍女として働き始めた。
そこでセラには唯一無二のとんでもない魔法が使えることが判明する。
猫になる魔法をかけられた女性不信のユリウス。
表情筋が死んでいるユリウスの弟ノエル。
溺愛してくる魔法使いのリュオン。
彼らと共に暮らしながら、幸せに満ちたセラの新しい日々が始まる――
※他サイトにも投稿しています。
【完結】バッドエンドの落ちこぼれ令嬢、巻き戻りの人生は好きにさせて貰います!
白雨 音
恋愛
伯爵令嬢エレノアは、容姿端麗で優秀な兄姉とは違い、容姿は平凡、
ピアノや刺繍も苦手で、得意な事といえば庭仕事だけ。
家族や周囲からは「出来損ない」と言われてきた。
十九歳を迎えたエレノアは、侯爵家の跡取り子息ネイサンと婚約した。
次期侯爵夫人という事で、厳しい教育を受ける事になったが、
両親の為、ネイサンの為にと、エレノアは自分を殺し耐えてきた。
だが、結婚式の日、ネイサンの浮気を目撃してしまう。
愚行を侯爵に知られたくないネイサンにより、エレノアは階段から突き落とされた___
『死んだ』と思ったエレノアだったが、目を覚ますと、十九歳の誕生日に戻っていた。
与えられたチャンス、次こそは自分らしく生きる!と誓うエレノアに、曾祖母の遺言が届く。
遺言に従い、オースグリーン館を相続したエレノアを、隣人は神・精霊と思っているらしく…??
異世界恋愛☆ ※元さやではありません。《完結しました》
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる