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138.さすがに傷つくぞ(SIDEニルス)
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*****SIDE ニルス
侍女が縋りついたとき、なぜすぐに引き剥がさなかったのか。危険はないと判断した己を責め、後悔しながら見守る。
姫様は持てる知識を振り絞り、治療行為を始められた。医師を遠ざけることに抵抗はあったが、すぐに思い直す。きっと陛下の意識があっても同じように選択されるだろう、と。
未婚のうちは婚約者であっても、口付けに抵抗があるステンマルクの厳しい王太子妃教育を受けたベアトリス姫。しかし口移しで陛下に水を与え、汗を拭い、毒の入った傷口を見つけた。素晴らしい行動力と知識の持ち主だ。女主人として仰ぐに相応しい。
至高の地位にある陛下が選んだ姫ではなく、乳兄弟エリクが望んだ女性としてでもなく。ただベアトリス姫様という存在が、己の上に立つ主人の一人であることが誇らしかった。
目覚めた主君の命令に従い、部屋を出る。護衛についたマルスとアレス、配下の侍従達に陛下が目覚めたと伝える。それから事情を説明し、手分けして動くことにした。あの侍女が持っていた毒は、即効性だ。彼女自身で入手したと考えるのは、おかしい。
残虐皇帝と呼ばれるエリクを攻撃するリスクは承知しているはず。遅効性の毒を使い、誰の仕業かわからなくするのが一般的だった。それに捕まった時「そんなはずはない」と叫んでいた。
「尋問は私が出向きます。陛下の護衛と敵の排除に分かれましょう」
頷いたアレスが護衛に残り、マルスが一緒に来るようだ。俺の尋問で顔色を変えるような柔な男ではない。隣に並んだマルスが、心配そうに尋ねた。
「陛下に後遺症などは」
「特に見受けられない。体力は落ちておられるが、すぐに回復されるだろう」
まだ執事の仮面を被ったまま、地下牢への階段を降りた。よその地下室はカビ臭いと話に聞くが、この帝国の宮殿地下牢は換気状態がいい。それだけ開け閉めが多く、人の出入りが激しいのだ。長く閉じ込めたまま放置する罪人もいなかった。一時的な隔離施設に過ぎず、利用するのも手前の数個だけだった。
冷たい鉄格子の内側で震える侍女を見下ろし、扉を開けるよう指示した。軋んだ無粋な音もなく、スムーズに開く。手入れが行き届いた鉄格子の内側へ入り、一緒に入った侍従から鞭を受け取った。幾つもの鋲のついた革の鞭は、人の肘から先程度の長さしかない。皮膚を切り裂き、広範囲に痛めつける道具だった。
「痛い思いをして話すか、早めに話して温情を願い出るか。選ばせてあげましょう」
どちらを選んでも死ぬ未来は同じだが、痛みに泣き叫ぶ時間の短縮は可能だ。口元に笑みを浮かべ、左手の鞭を手の中で揺らす。金属音を立てる鞭に顔色を失った女は、あっさりと薬の入手先を話した。
「なるほど、媚薬と聞いていたのですね。そんな筈がないと思いながらも……逃げる時間を稼ぐために使った。俺の主に対し、その罪万死に値するな」
ああ、いけない。穏やかな執事の仮面を外すのは早過ぎる。微笑んで、始末するように伝えた。
「名の挙がった貴族家の調査と処罰を行うまで、生かしてあげましょう。可哀想に、人間の体とは何処もかしこも痛いそうですよ」
真っ青になって気を失った女への処罰を侍従に命じ、さっさと牢を出た。階段を登る耳に届いたのは、釘を打ち込む金属音と甲高い悲鳴、嗚咽……。
「俺が処断される時は、ニルスが選んだ処罰だけは辞退する」
敵の始末は迅速に行う騎士らしいマルスの言葉に、俺は微笑みを返した。青ざめた顔を逸らされるのは、さすがに傷つくぞ。
侍女が縋りついたとき、なぜすぐに引き剥がさなかったのか。危険はないと判断した己を責め、後悔しながら見守る。
姫様は持てる知識を振り絞り、治療行為を始められた。医師を遠ざけることに抵抗はあったが、すぐに思い直す。きっと陛下の意識があっても同じように選択されるだろう、と。
未婚のうちは婚約者であっても、口付けに抵抗があるステンマルクの厳しい王太子妃教育を受けたベアトリス姫。しかし口移しで陛下に水を与え、汗を拭い、毒の入った傷口を見つけた。素晴らしい行動力と知識の持ち主だ。女主人として仰ぐに相応しい。
至高の地位にある陛下が選んだ姫ではなく、乳兄弟エリクが望んだ女性としてでもなく。ただベアトリス姫様という存在が、己の上に立つ主人の一人であることが誇らしかった。
目覚めた主君の命令に従い、部屋を出る。護衛についたマルスとアレス、配下の侍従達に陛下が目覚めたと伝える。それから事情を説明し、手分けして動くことにした。あの侍女が持っていた毒は、即効性だ。彼女自身で入手したと考えるのは、おかしい。
残虐皇帝と呼ばれるエリクを攻撃するリスクは承知しているはず。遅効性の毒を使い、誰の仕業かわからなくするのが一般的だった。それに捕まった時「そんなはずはない」と叫んでいた。
「尋問は私が出向きます。陛下の護衛と敵の排除に分かれましょう」
頷いたアレスが護衛に残り、マルスが一緒に来るようだ。俺の尋問で顔色を変えるような柔な男ではない。隣に並んだマルスが、心配そうに尋ねた。
「陛下に後遺症などは」
「特に見受けられない。体力は落ちておられるが、すぐに回復されるだろう」
まだ執事の仮面を被ったまま、地下牢への階段を降りた。よその地下室はカビ臭いと話に聞くが、この帝国の宮殿地下牢は換気状態がいい。それだけ開け閉めが多く、人の出入りが激しいのだ。長く閉じ込めたまま放置する罪人もいなかった。一時的な隔離施設に過ぎず、利用するのも手前の数個だけだった。
冷たい鉄格子の内側で震える侍女を見下ろし、扉を開けるよう指示した。軋んだ無粋な音もなく、スムーズに開く。手入れが行き届いた鉄格子の内側へ入り、一緒に入った侍従から鞭を受け取った。幾つもの鋲のついた革の鞭は、人の肘から先程度の長さしかない。皮膚を切り裂き、広範囲に痛めつける道具だった。
「痛い思いをして話すか、早めに話して温情を願い出るか。選ばせてあげましょう」
どちらを選んでも死ぬ未来は同じだが、痛みに泣き叫ぶ時間の短縮は可能だ。口元に笑みを浮かべ、左手の鞭を手の中で揺らす。金属音を立てる鞭に顔色を失った女は、あっさりと薬の入手先を話した。
「なるほど、媚薬と聞いていたのですね。そんな筈がないと思いながらも……逃げる時間を稼ぐために使った。俺の主に対し、その罪万死に値するな」
ああ、いけない。穏やかな執事の仮面を外すのは早過ぎる。微笑んで、始末するように伝えた。
「名の挙がった貴族家の調査と処罰を行うまで、生かしてあげましょう。可哀想に、人間の体とは何処もかしこも痛いそうですよ」
真っ青になって気を失った女への処罰を侍従に命じ、さっさと牢を出た。階段を登る耳に届いたのは、釘を打ち込む金属音と甲高い悲鳴、嗚咽……。
「俺が処断される時は、ニルスが選んだ処罰だけは辞退する」
敵の始末は迅速に行う騎士らしいマルスの言葉に、俺は微笑みを返した。青ざめた顔を逸らされるのは、さすがに傷つくぞ。
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