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75.籠の鳥を望む(SIDEベアトリス)
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*****SIDE ベアトリス
一年前の私なら、きっとこの状況を想像すら出来なかったでしょうね。フォルシウス帝国の皇帝陛下であるエリクのパートナーとして、舞踏会の準備をしているなんて。あの方は私を皇妃にすると仰ったわ。
属国のひとつ、その公爵令嬢……しかも養女という私の出生を知りながら、エリクは私を望んだ。父と母の罪を背負った私でも、欲しいと仰ってくれた。まだ自分を愛せないし、許せない。それでもエリクの隣にいたいと願う。
この命が尽きたら、どんな罰でも受けましょう。未来永劫苦しんでも構わないわ。だから今だけ、エリクに望まれる間は幸せに微笑んでいたいの。
「姫様、こちらの飾りはいかがでしょう」
試着という名目で、いくつもの豪華な首飾りや耳飾りを当てられる。以前は青白かった肌もわずかに赤みが差して、今は宝石の色が映えるのね。似合わないと思っていた過去の自分に教えてあげたいわ。
「こちらの方がお好みですか」
答えない私に、気に入らないと思った侍女が別の首飾りを掛けた。前の方がいいわね。ドレスのレースに触れてしまうもの。
「前の方がいいわ」
「こちらですね。耳飾りが揃いのデザインですので、合わせてみます」
手際がいい子だけど、やっぱりソフィの方がいいわ。私が何か指示しなくても察してくれる。でも彼女は自分を守るために学んでいるのだから、一週間くらい我慢しなくては。ぐっと気持ちを引き締めて鏡の中の自分を見つめる。
「失礼いたします」
耳飾りが付けられて、大粒の宝石が揺れる。これ片方で、どのくらいするのかしら。多分小さな村なら10年以上食事に困らない気がする。宝石の種類は知っていても価値に疎い私が驚くほどの、透明度と大きさに目を瞠った。
「大きい、わね」
「重いようでしたら、こちらもございます」
別の耳飾りをつけてもらう。先ほどの蒼玉と同じ高価な石を、小ぶりにして縦に連ねていた。首を動かすと揺れる。大粒1つより注目度は下がるけど、私らしい気がした。上から下へと徐々に色が薄くなるのも気に入って微笑む。
「これがいいわ。ありがとう」
お礼を添えると、侍女は驚いた顔をした後で「いいえ」と微笑み返す。互いに鏡の中で微笑み、それから侍女は丁寧に宝石箱へ飾りをしまった。
「指輪はどうなさいますか?」
「エリク……陛下に頂いた指輪があるから、いらないわ」
思わずいつもの癖で、エリクと呼んでしまった。慌てて陛下と言い直す。この指輪の話で最後だったらしく、侍女は私が試着したドレスを外で待つ業者に渡しに行った。その間にほっと肩の力を抜く。どうしても緊張してしまうの。
窓の外へ目をやると、午後のお茶の時間が近づいていた。もうエリクの執務は終わったかしら。今日は隣のリビングにいると聞いたわ。様子を見てきてもらいましょう。
鳥籠――この離宮は、エリクが捕らえた小鳥を守る場所だと聞いた。私は過去に一度も経験したことがないほど、大切にしてもらっている。ステンマルク国が結婚まで純潔を保つ風習があるから、こうして隣の部屋にいても彼は私に手を出さない。尊重されているのが嬉しくもあり、時々もどかしかった。
いっそ手を出されたら、傷モノになればエリクを束縛出来るんじゃないかと思うの。あの人は自由に空を飛べる翼を持っているから、いつか籠の鳥に飽きてしまう。その時、私の羽を傷つけた負い目があれば……時々帰ってきて優しくしてくれるんじゃないか。なんて――馬鹿ね。そのくらいなら殺してくれと願ったのに。
立ち上がってテラスの外を眺める。美しく整えられた庭を見るのは好きだけど、外へ逃げ出したいとは思わなかった。だから私はこの手でガラス戸を開かない。逃げられないのではなく、逃げたくないの。ひとつ深呼吸して、隣室へ繋がる扉へ手を伸ばした。
一年前の私なら、きっとこの状況を想像すら出来なかったでしょうね。フォルシウス帝国の皇帝陛下であるエリクのパートナーとして、舞踏会の準備をしているなんて。あの方は私を皇妃にすると仰ったわ。
属国のひとつ、その公爵令嬢……しかも養女という私の出生を知りながら、エリクは私を望んだ。父と母の罪を背負った私でも、欲しいと仰ってくれた。まだ自分を愛せないし、許せない。それでもエリクの隣にいたいと願う。
この命が尽きたら、どんな罰でも受けましょう。未来永劫苦しんでも構わないわ。だから今だけ、エリクに望まれる間は幸せに微笑んでいたいの。
「姫様、こちらの飾りはいかがでしょう」
試着という名目で、いくつもの豪華な首飾りや耳飾りを当てられる。以前は青白かった肌もわずかに赤みが差して、今は宝石の色が映えるのね。似合わないと思っていた過去の自分に教えてあげたいわ。
「こちらの方がお好みですか」
答えない私に、気に入らないと思った侍女が別の首飾りを掛けた。前の方がいいわね。ドレスのレースに触れてしまうもの。
「前の方がいいわ」
「こちらですね。耳飾りが揃いのデザインですので、合わせてみます」
手際がいい子だけど、やっぱりソフィの方がいいわ。私が何か指示しなくても察してくれる。でも彼女は自分を守るために学んでいるのだから、一週間くらい我慢しなくては。ぐっと気持ちを引き締めて鏡の中の自分を見つめる。
「失礼いたします」
耳飾りが付けられて、大粒の宝石が揺れる。これ片方で、どのくらいするのかしら。多分小さな村なら10年以上食事に困らない気がする。宝石の種類は知っていても価値に疎い私が驚くほどの、透明度と大きさに目を瞠った。
「大きい、わね」
「重いようでしたら、こちらもございます」
別の耳飾りをつけてもらう。先ほどの蒼玉と同じ高価な石を、小ぶりにして縦に連ねていた。首を動かすと揺れる。大粒1つより注目度は下がるけど、私らしい気がした。上から下へと徐々に色が薄くなるのも気に入って微笑む。
「これがいいわ。ありがとう」
お礼を添えると、侍女は驚いた顔をした後で「いいえ」と微笑み返す。互いに鏡の中で微笑み、それから侍女は丁寧に宝石箱へ飾りをしまった。
「指輪はどうなさいますか?」
「エリク……陛下に頂いた指輪があるから、いらないわ」
思わずいつもの癖で、エリクと呼んでしまった。慌てて陛下と言い直す。この指輪の話で最後だったらしく、侍女は私が試着したドレスを外で待つ業者に渡しに行った。その間にほっと肩の力を抜く。どうしても緊張してしまうの。
窓の外へ目をやると、午後のお茶の時間が近づいていた。もうエリクの執務は終わったかしら。今日は隣のリビングにいると聞いたわ。様子を見てきてもらいましょう。
鳥籠――この離宮は、エリクが捕らえた小鳥を守る場所だと聞いた。私は過去に一度も経験したことがないほど、大切にしてもらっている。ステンマルク国が結婚まで純潔を保つ風習があるから、こうして隣の部屋にいても彼は私に手を出さない。尊重されているのが嬉しくもあり、時々もどかしかった。
いっそ手を出されたら、傷モノになればエリクを束縛出来るんじゃないかと思うの。あの人は自由に空を飛べる翼を持っているから、いつか籠の鳥に飽きてしまう。その時、私の羽を傷つけた負い目があれば……時々帰ってきて優しくしてくれるんじゃないか。なんて――馬鹿ね。そのくらいなら殺してくれと願ったのに。
立ち上がってテラスの外を眺める。美しく整えられた庭を見るのは好きだけど、外へ逃げ出したいとは思わなかった。だから私はこの手でガラス戸を開かない。逃げられないのではなく、逃げたくないの。ひとつ深呼吸して、隣室へ繋がる扉へ手を伸ばした。
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