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55.舞踏会の約束を

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 休養中のニルスに伝令が走ったのか、彼は少し青ざめた顔でお祝いに駆け付けた。ゆっくり休めばいいのに……と言ったら、死んだら休めるからそれまでは働きますと返される。おかしくて笑う僕に、ニルスの表情が柔らかくなった。

「陛下が、本当に安心いたしました」

 ずっと心配をかけっぱなしの側近を労わり、護衛の騎士を付けて部屋に返した。ちゃんとした屋敷も与えたけれど、ニルスはほとんどを宮廷内で過ごしている。双子の騎士も似た感じだけどね。彼らがいるから、僕は踏み外さずに済んだ。今後はその役割を、トリシャが担うんだよ。

「ニルス様がご無事でよかったですわ」

「ニルス。呼び捨てにしてよ、僕と同列に扱うの?」

 くすくす笑いながら指摘する。トリシャは自分を卑下する癖がある。それは幼い頃から言い聞かされ、刷り込まれた考え方の根本部分だった。でもこれからは変えていかないとね。

 トリシャはこのフォルシウス帝国唯一の直系皇族である、皇帝ヴィクトル・エーリク・グリフ・フォルシオンの妻になる。僕の妃となれば、この大陸中のすべての女性の頂点に立つんだ。敬われ羨ましがられ、誰もが憧れる皇妃だよ。謙虚さも通り越すと嫌味になってしまうからね。

「ごめんなさい。ニルスと呼び捨てるわ」

 素直なトリシャは僕の意見をきちんと聞いてくれる。王太子妃としての教育は一通り終わっていて、宮廷の作法の違いも学び始めていた。お披露目する一ヵ月後には、完璧な淑女だね。その前に手を出さずにいられるかな。

 一番信用できない自分に苦笑いして、トリシャの額に唇を寄せる。触れて、顳に移動して、最後に頬にキスをした。紅が薄くなった唇を指先でなぞり、その指を僕の唇に当てる。もう一回キスしたら、そのまま襲ってしまいそうだよ。だから、潤んだ赤い目で見ないで。

「我慢できなくなるから、ごめんね」

「あ、いえ……はしたなくてっ、その……」

 キスを強請っていた自分に気づいたみたいで、トリシャが頬を赤くして顔を隠してしまった。見えなくなると見たくなる。抱き寄せて僕の胸に彼女の顔を押し付けた。これならお互いに我慢出来て恥ずかしくないかな。

 トリシャにとって罪の証である、古代の尊き血筋を示す虹を宿す銀髪に接吻ける。柔らかい毛先を指で弄りながら、トリシャの細すぎる肩を撫でた。

「僕の婚約者を披露する舞踏会が一ヵ月後にあるんだ。だから僕のエスコートを受けてくれる? 出来たら一緒に踊って欲しいな。もちろんドレスも飾りも靴も全部僕が選ぶから。きっと月光を浴びた君は美しいだろうね……誰にも見せたくないけど、自慢したいんだ」

 何もかも完璧に用意する。それまでに邪魔な貴族も一掃して、気持ちよく君をエスコートできる状態に仕上げないと。皇帝としての手腕が問われるな、ふふ……楽しみだね。舞踏会は満月の日を予定しているから、月は柔らかな光で君の髪を幻想的に彩るだろう。

 淡いラベンダーのドレスにしよう。飾りはすべて白金細工に蒼玉、ティアラには紅玉を並べてもいいな。きっと濃桃の瞳に映えるはず。

「喜んで」

 引き受けたトリシャの目の輝きに、そういえば……と追加で用意された報告書の一文を思いだした。ダンスも礼儀作法も完璧なのに、披露する場がなかったんだっけ。なら、最高の演出で君を持て成そう。生まれて初めて舞踏会が楽しみだと思えた。
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