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20.見せしめを用意しないとね
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牧草地が広がる丘を抜けて、林をひとつ走り抜けた先は黄金の穂が広がっていた。この辺りは気候の関係で二毛作が可能だ。畜産により得た肥料をふんだんに使い、何度でも農地を蘇らせてきた。
僕が管理し始めてから、農地を休ませる施策も行なっている。そのため3割ほどの農地は、ピンクやブルーの野花が咲く花畑だった。食料が足りないならフル回転で農地を動かすが、今は備蓄も足りているので無理をする必要がない。休ませた農地の収入は、花から取れる蜂蜜で補っていた。
たくさんの国々を平定したことにより、各地の農業や産業の情報が帝国に流れ込んだ。それを各地に再分配することで、増え過ぎた領地の民を養う。僕がしたかったのは、こんなことじゃないんだけど。
皇帝になったからには、地位に相応しい働きを求められる。その間は仕方ないから働くことにした。面倒だと思っていたけれど、トリシャを救って守れる地位と捉えれば悪くない。
窓の外の景色に釘付けのトリシャは、農地の子供に手を振り、家畜をみては喜んだ。その無邪気な表情は、すべてが初めてだと語っている。帝国もそうだけど、貴族令嬢というのは基本的に屋敷から出ないで育つ。辺境に領地があれば、そこで育てられる者も少なくなかった。
与えられる知識は偏り、刺繍やダンス、マナーの習得に時間を費やす。読書をさせてもらえるなら、恵まれた方だろう。女は男に従い、家を守り子を生む――そう考える貴族家の当主はまだ多かった。
養女だが公爵家に入った以上、トリシャもそういった教育を受けたのだろう。だから王太子にバカにされ、周囲に笑われても我慢した。君は存在するだけで価値があるのに、その気高さを失わなかった奇跡に感謝しよう。
「トリシャ、お願いがあるんだけど」
夢中で窓の外をみていたトリシャは、慌てて僕を振り返る。興奮していたせいか、頬が少し赤い。こんな魅惑的な姿を他人に見せたのかい? なんて罪深い天使だろうね。
伸ばした手を、白い襟に触れさせてから首筋を撫でて頬まで伝わせる。僕を見つめるその瞳が、僕以外を映さなければいいのに。
「何でしょうか、エリク」
「僕以外の誰の言葉も信じないで欲しい。特に宮廷内で話しかける輩がいたら、すぐに僕かニルスに伝えて」
「わかりました」
なぜ? そう尋ねられると考えていた。だから答えも用意していたんだけど、トリシャは何も問わずに了承する。ああ、やっぱりそう教育されちゃってたんだね。でも僕にとって少し都合がいいかな? 君の学ぶ機会を奪われたことは悲しいし、聡明な君ならもっと学んでもいいと思う。でも知らないから、僕に従ってくれるのも嬉しい。
余計な親戚連中や面倒くさい上位貴族の令嬢を黙らせる策を考えないといけないな。
「トリシャは僕の妻になる女性だ。だから帝国全土の女性の頂点に立つ……つまり誰も君を傷つけてはいけない。わかるよね」
「……はい」
迷いながらも頷いてくれる。言われた内容は理解したけれど、自分がその立場だという自覚がない証拠だ。当然だ、皇妃になる自覚はこれから芽生えるんだから。
「もう帝都の端に入るね。外をみてごらん、我が国が誇る外壁だ」
数百年前から修理しながら使い続ける外壁は、敵を退けてきた。観光名所にもなっている。窓から顔を覗かせたトリシャは、目を輝かせた。
そう、君はそれでいいよ。美しい蝶を害する奴は全部、僕が叩き落としてあげる――そこに血の繋がりがあろうと些末事だ。虫の羽音程度の価値もない。
さて、誰を見せしめに吊るそうか。
僕が管理し始めてから、農地を休ませる施策も行なっている。そのため3割ほどの農地は、ピンクやブルーの野花が咲く花畑だった。食料が足りないならフル回転で農地を動かすが、今は備蓄も足りているので無理をする必要がない。休ませた農地の収入は、花から取れる蜂蜜で補っていた。
たくさんの国々を平定したことにより、各地の農業や産業の情報が帝国に流れ込んだ。それを各地に再分配することで、増え過ぎた領地の民を養う。僕がしたかったのは、こんなことじゃないんだけど。
皇帝になったからには、地位に相応しい働きを求められる。その間は仕方ないから働くことにした。面倒だと思っていたけれど、トリシャを救って守れる地位と捉えれば悪くない。
窓の外の景色に釘付けのトリシャは、農地の子供に手を振り、家畜をみては喜んだ。その無邪気な表情は、すべてが初めてだと語っている。帝国もそうだけど、貴族令嬢というのは基本的に屋敷から出ないで育つ。辺境に領地があれば、そこで育てられる者も少なくなかった。
与えられる知識は偏り、刺繍やダンス、マナーの習得に時間を費やす。読書をさせてもらえるなら、恵まれた方だろう。女は男に従い、家を守り子を生む――そう考える貴族家の当主はまだ多かった。
養女だが公爵家に入った以上、トリシャもそういった教育を受けたのだろう。だから王太子にバカにされ、周囲に笑われても我慢した。君は存在するだけで価値があるのに、その気高さを失わなかった奇跡に感謝しよう。
「トリシャ、お願いがあるんだけど」
夢中で窓の外をみていたトリシャは、慌てて僕を振り返る。興奮していたせいか、頬が少し赤い。こんな魅惑的な姿を他人に見せたのかい? なんて罪深い天使だろうね。
伸ばした手を、白い襟に触れさせてから首筋を撫でて頬まで伝わせる。僕を見つめるその瞳が、僕以外を映さなければいいのに。
「何でしょうか、エリク」
「僕以外の誰の言葉も信じないで欲しい。特に宮廷内で話しかける輩がいたら、すぐに僕かニルスに伝えて」
「わかりました」
なぜ? そう尋ねられると考えていた。だから答えも用意していたんだけど、トリシャは何も問わずに了承する。ああ、やっぱりそう教育されちゃってたんだね。でも僕にとって少し都合がいいかな? 君の学ぶ機会を奪われたことは悲しいし、聡明な君ならもっと学んでもいいと思う。でも知らないから、僕に従ってくれるのも嬉しい。
余計な親戚連中や面倒くさい上位貴族の令嬢を黙らせる策を考えないといけないな。
「トリシャは僕の妻になる女性だ。だから帝国全土の女性の頂点に立つ……つまり誰も君を傷つけてはいけない。わかるよね」
「……はい」
迷いながらも頷いてくれる。言われた内容は理解したけれど、自分がその立場だという自覚がない証拠だ。当然だ、皇妃になる自覚はこれから芽生えるんだから。
「もう帝都の端に入るね。外をみてごらん、我が国が誇る外壁だ」
数百年前から修理しながら使い続ける外壁は、敵を退けてきた。観光名所にもなっている。窓から顔を覗かせたトリシャは、目を輝かせた。
そう、君はそれでいいよ。美しい蝶を害する奴は全部、僕が叩き落としてあげる――そこに血の繋がりがあろうと些末事だ。虫の羽音程度の価値もない。
さて、誰を見せしめに吊るそうか。
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