7 / 173
07.君しか起こせない奇跡
しおりを挟む
皇帝陛下――僕はそう呼ばれる立場にいる。巨大な大陸のほぼ全土を領地とし、海の向こうにある島や大陸の一部も制圧した。巨大帝国の頂点に立つ。この地位は継承したのではなく、邪魔者をすべて殺して得た。
この手は血に染まっている。代々人を支配する家に生まれ、母を含め誰も愛せなかった。その僕が人の心を欲しがるなんて――君しか起こせない奇跡だと思うよ。
「エリ、ク……国王陛下は……、ニコラウス様は」
どうするのか。聞いていただろう? 二度とトリシャの名を呼ばないよう、傷つける言葉を吐けないよう潰す。罰としては軽いくらいだ。
「その唇で、声で、他の男の名を呼ぶの?」
「っ……いいえ」
ああ、怯えないで。君を傷つけたりしないよ。僕はただ、大切に愛しみたいだけなんだから。この手が届く範囲で、誰より幸せに微笑んで欲しい――僕にだけ、その微笑みを見せて。
「良かった。それならあの男の命は助けてあげられるよ。僕は慈悲深い皇帝でありたいんだ」
ステンマルク国はもう要らない。トリシャを連れて離れたら、すぐに別の誰かに下賜しよう。そういえば鉱山があるから、隣国が欲しがってたっけ。どっちにしろ属国の頭が変わる程度のこと、何も影響はない。
国王も王太子も邪魔だから、僕がここを離れたら捨ててしまおう。トリシャに聞かれた時、僕は嘘を言いたくないからね。殺すのはやめてあげる。トリシャの興味を惹かないなら、僕は寛大に振る舞えるんだ。
「あり、がとうございます」
うん、お礼を言われるのって気分がいいね。伸ばした手で、トリシャの手を握った。少し冷たいかな。温めるように包んで、僕と同じ体温を分け合うのも悪くない。溶け合ったような満足感を得られるだろ?
「トリシャ、僕と帝国へ来てくれるね」
断るはずがない。なのに迷う素振りで視線を逸らすから、彼女の懸念を払拭することにした。
「安心して。君が一緒にいてくれるなら、この国に手出しはしないよ。国王も王太子も自由にしてあげる。王太子の婚約者という呪縛は、僕の権限で破棄する」
赤い柔らかな瞳が見開かれ、それから少しだけ微笑んだ。安心してくれた? 僕は別に悪虐非道な皇帝じゃない。ちゃんと人の意見も聞いてあげるし、他人である君を思いやる事も出来る。叶える約束はできないけどね。
この国に手出しはしない。僕が動かなくても、眉を寄せるだけで隣国が動く。国王も王太子も、身分剥奪して自由にする。ほら、何も嘘なんてないだろ? ただ彼らの悲惨な未来を言わないだけ。
「私は皇帝陛下……いえ、エリクの何に……」
何になるのですか? そう尋ねようとした声が震えた。ずっと、いいように扱われてきたんだね。その辺の事情はこれから調べさせるけど。一夏の蝶として扱われる心配をするくらいだ。幸せな過去ではなかったと思う。安心して、僕がトリシャを守るから。
罵られて俯いた少女に興味はなかった。でも矜持を守ろうと顔を上げたトリシャの横顔は、僕の心を埋め尽くした。穴があいた感情の枯れた井戸に、君は水を満たしたんだよ。その罪は、自身で贖ってくれなくちゃ。井戸の水が枯れないように、僕へ愛を注ぐのがトリシャへの罰だ。
甘く溶けるほどに愛してあげる。
「トリシャは、僕の唯一の皇妃になるんだ」
拒否は認めない。
この手は血に染まっている。代々人を支配する家に生まれ、母を含め誰も愛せなかった。その僕が人の心を欲しがるなんて――君しか起こせない奇跡だと思うよ。
「エリ、ク……国王陛下は……、ニコラウス様は」
どうするのか。聞いていただろう? 二度とトリシャの名を呼ばないよう、傷つける言葉を吐けないよう潰す。罰としては軽いくらいだ。
「その唇で、声で、他の男の名を呼ぶの?」
「っ……いいえ」
ああ、怯えないで。君を傷つけたりしないよ。僕はただ、大切に愛しみたいだけなんだから。この手が届く範囲で、誰より幸せに微笑んで欲しい――僕にだけ、その微笑みを見せて。
「良かった。それならあの男の命は助けてあげられるよ。僕は慈悲深い皇帝でありたいんだ」
ステンマルク国はもう要らない。トリシャを連れて離れたら、すぐに別の誰かに下賜しよう。そういえば鉱山があるから、隣国が欲しがってたっけ。どっちにしろ属国の頭が変わる程度のこと、何も影響はない。
国王も王太子も邪魔だから、僕がここを離れたら捨ててしまおう。トリシャに聞かれた時、僕は嘘を言いたくないからね。殺すのはやめてあげる。トリシャの興味を惹かないなら、僕は寛大に振る舞えるんだ。
「あり、がとうございます」
うん、お礼を言われるのって気分がいいね。伸ばした手で、トリシャの手を握った。少し冷たいかな。温めるように包んで、僕と同じ体温を分け合うのも悪くない。溶け合ったような満足感を得られるだろ?
「トリシャ、僕と帝国へ来てくれるね」
断るはずがない。なのに迷う素振りで視線を逸らすから、彼女の懸念を払拭することにした。
「安心して。君が一緒にいてくれるなら、この国に手出しはしないよ。国王も王太子も自由にしてあげる。王太子の婚約者という呪縛は、僕の権限で破棄する」
赤い柔らかな瞳が見開かれ、それから少しだけ微笑んだ。安心してくれた? 僕は別に悪虐非道な皇帝じゃない。ちゃんと人の意見も聞いてあげるし、他人である君を思いやる事も出来る。叶える約束はできないけどね。
この国に手出しはしない。僕が動かなくても、眉を寄せるだけで隣国が動く。国王も王太子も、身分剥奪して自由にする。ほら、何も嘘なんてないだろ? ただ彼らの悲惨な未来を言わないだけ。
「私は皇帝陛下……いえ、エリクの何に……」
何になるのですか? そう尋ねようとした声が震えた。ずっと、いいように扱われてきたんだね。その辺の事情はこれから調べさせるけど。一夏の蝶として扱われる心配をするくらいだ。幸せな過去ではなかったと思う。安心して、僕がトリシャを守るから。
罵られて俯いた少女に興味はなかった。でも矜持を守ろうと顔を上げたトリシャの横顔は、僕の心を埋め尽くした。穴があいた感情の枯れた井戸に、君は水を満たしたんだよ。その罪は、自身で贖ってくれなくちゃ。井戸の水が枯れないように、僕へ愛を注ぐのがトリシャへの罰だ。
甘く溶けるほどに愛してあげる。
「トリシャは、僕の唯一の皇妃になるんだ」
拒否は認めない。
34
お気に入りに追加
3,480
あなたにおすすめの小説
【完結】転生したので悪役令嬢かと思ったらヒロインの妹でした
果実果音
恋愛
まあ、ラノベとかでよくある話、転生ですね。
そういう類のものは結構読んでたから嬉しいなーと思ったけど、
あれあれ??私ってもしかしても物語にあまり関係の無いというか、全くないモブでは??だって、一度もこんな子出てこなかったもの。
じゃあ、気楽にいきますか。
*『小説家になろう』様でも公開を始めましたが、修正してから公開しているため、こちらよりも遅いです。また、こちらでも、『小説家になろう』様の方で完結しましたら修正していこうと考えています。
間違った方法で幸せになろうとする人の犠牲になるのはお断りします。
ひづき
恋愛
濡れ衣を着せられて婚約破棄されるという未来を見た公爵令嬢ユーリエ。
───王子との婚約そのものを回避すれば婚約破棄など起こらない。
───冤罪も継母も嫌なので家出しよう。
婚約を回避したのに、何故か家出した先で王子に懐かれました。
今度は異母妹の様子がおかしい?
助けてというなら助けましょう!
※2021年5月15日 完結
※2021年5月16日
お気に入り100超えΣ(゚ロ゚;)
ありがとうございます!
※残酷な表現を含みます、ご注意ください
許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました
結城芙由奈
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください>
私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
どうして私にこだわるんですか!?
風見ゆうみ
恋愛
「手柄をたてて君に似合う男になって帰ってくる」そう言って旅立って行った婚約者は三年後、伯爵の爵位をいただくのですが、それと同時に旅先で出会った令嬢との結婚が決まったそうです。
それを知った伯爵令嬢である私、リノア・ブルーミングは悲しい気持ちなんて全くわいてきませんでした。だって、そんな事になるだろうなってわかってましたから!
婚約破棄されて捨てられたという噂が広まり、もう結婚は無理かな、と諦めていたら、なんと辺境伯から結婚の申し出が! その方は冷酷、無口で有名な方。おっとりした私なんて、すぐに捨てられてしまう、そう思ったので、うまーくお断りして田舎でゆっくり過ごそうと思ったら、なぜか結婚のお断りを断られてしまう。
え!? そんな事ってあるんですか? しかもなぜか、元婚約者とその彼女が田舎に引っ越した私を追いかけてきて!?
おっとりマイペースなヒロインとヒロインに恋をしている辺境伯とのラブコメです。ざまぁは後半です。
※独自の世界観ですので、設定はゆるめ、ご都合主義です。
最愛の婚約者に婚約破棄されたある侯爵令嬢はその想いを大切にするために自主的に修道院へ入ります。
ひよこ麺
恋愛
ある国で、あるひとりの侯爵令嬢ヨハンナが婚約破棄された。
ヨハンナは他の誰よりも婚約者のパーシヴァルを愛していた。だから彼女はその想いを抱えたまま修道院へ入ってしまうが、元婚約者を誑かした女は悲惨な末路を辿り、元婚約者も……
※この作品には残酷な表現とホラーっぽい遠回しなヤンデレが多分に含まれます。苦手な方はご注意ください。
また、一応転生者も出ます。
旦那様の様子がおかしいのでそろそろ離婚を切り出されるみたいです。
バナナマヨネーズ
恋愛
とある王国の北部を治める公爵夫婦は、すべての領民に愛されていた。
しかし、公爵夫人である、ギネヴィアは、旦那様であるアルトラーディの様子がおかしいことに気が付く。
最近、旦那様の様子がおかしい気がする……。
わたしの顔を見て、何か言いたそうにするけれど、結局何も言わない旦那様。
旦那様と結婚して十年の月日が経過したわ。
当時、十歳になったばかりの幼い旦那様と、見た目十歳くらいのわたし。
とある事情で荒れ果てた北部を治めることとなった旦那様を支える為、結婚と同時に北部へ住処を移した。
それから十年。
なるほど、とうとうその時が来たのね。
大丈夫よ。旦那様。ちゃんと離婚してあげますから、安心してください。
一人の女性を心から愛する旦那様(超絶妻ラブ)と幼い旦那様を立派な紳士へと育て上げた一人の女性(合法ロリ)の二人が紡ぐ、勘違いから始まり、運命的な恋に気が付き、真実の愛に至るまでの物語。
全36話
【完結】名ばかりの妻を押しつけられた公女は、人生のやり直しを求めます。2度目は絶対に飼殺し妃ルートの回避に全力をつくします。
yukiwa (旧PN 雪花)
恋愛
*タイトル変更しました。(旧題 黄金竜の花嫁~飼殺し妃は遡る~)
パウラ・ヘルムダールは、竜の血を継ぐ名門大公家の跡継ぎ公女。
この世を支配する黄金竜オーディに望まれて側室にされるが、その実態は正室の仕事を丸投げされてこなすだけの、名のみの妻だった。
しかもその名のみの妻、側室なのに選抜試験などと御大層なものがあって。生真面目パウラは手を抜くことを知らず、ついつい頑張ってなりたくもなかった側室に見事当選。
もう一人の側室候補エリーヌは、イケメン試験官と恋をしてさっさと選抜試験から引き揚げていた。
「やられた!」と後悔しても、後の祭り。仕方ないからパウラは丸投げされた仕事をこなし、こなして一生を終える。そしてご褒美にやり直しの転生を願った。
「二度と絶対、飼殺しの妃はごめんです」
そうして始まった2度目の人生、なんだか周りが騒がしい。
竜の血を継ぐ4人の青年(後に試験官になる)たちは、なぜだかみんなパウラに甘い。
後半、シリアス風味のハピエン。
3章からルート分岐します。
小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。
表紙画像はwaifulabsで作成していただきました。
https://waifulabs.com/
妹に人生を狂わされた代わりに、ハイスペックな夫が出来ました
コトミ
恋愛
子爵令嬢のソフィアは成人する直前に婚約者に浮気をされ婚約破棄を告げられた。そしてその婚約者を奪ったのはソフィアの妹であるミアだった。ミアや周りの人間に散々に罵倒され、元婚約者にビンタまでされ、何も考えられなくなったソフィアは屋敷から逃げ出した。すぐに追いつかれて屋敷に連れ戻されると覚悟していたソフィアは一人の青年に助けられ、屋敷で一晩を過ごす。その後にその青年と…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる