上 下
62 / 102
第5章 魔女は裏切りの花束を好む

5-18.手に入らないなら壊そうとするんだね

しおりを挟む
「報告を頼む」

 額の汗を拭ったウィリアムの促しに、レモン入りの紅茶を差し出したショーンが口を開く。

「王宮内に侵入した敵の組織的な抵抗はねじ伏せた。あとは残党狩りだが、あと数時間で終了だ。今日中に終わらせるように指示してある」

 ラユダが広げた王宮の平面図には、あちこちにバツ印が付いていた。どうやら制圧とチェックが終わった場所らしい。まず重要拠点や味方同士の連携の要となる場所を制圧したのは、優秀な戦略家であるショーンの指示だろう。

 ラユダ達傭兵は攻め込み、忍び込む側の人間だ。そのため彼らに平面図を提供すれば、どこから入れそうか…という敵側の視点で洗い出しを始める。ショーンがその意見を纏めて兵を動かしたとしたら、合図である白い鳥を放った時点で決着は付いていた。

「ウィリアムのケガは?」

「うん、まあ……内臓が剣を避けたというか、上手に刺されたよね。傷が化膿しないで塞がれば日常生活に支障はないよ。ただ剣を振るうのは1ヶ月ほど禁止だけど」

「……長いな」

「大人しくしていろ、命令だ」

 エイデンの診断に文句を言ったウィリアムを、ぴしゃりと国王の命令が一刀両断にした。さすがに心配させた自覚はあるし、情けなくも倒れた後なので「ごめんね」と謝る。唇を尖らせたエリヤが、気遣いながら隣に座った。その頬や額、黒髪にキスを落として機嫌を取る。

「しかし、いくら手薄だとしても謁見の間の前に攻め込まれたのは……格好悪いな」

 唸るウィリアムの指摘に、エイデンが苦笑いしてラユダの地図を指差した。そこには侵入経路と思われる塔が記されている。駆けつけた際に燃えていた塔だった。

「この塔から続く避難路から逆に侵入されたんだ。ここはラシュハック侯爵家の管轄だよね」

「「「そういうわけか」」」

 全員が一斉に頷いた。今回の毒紅茶の差し入れ事件を調べた際に浮上した侯爵家の名前に、誰もが納得する。一時期、自慢の一人娘を献上しようと必死になっていたが、彼女は親を捨てて男爵家の次男と逃避行してしまったのだ。王妃も狙える才女だけに、彼の落胆ぶりは激しかった。

 逃げた娘は隣国のゼロシアで暮らしているため、今回のゼロシア領統合で燻っていた野心に火がついたのだろう。

「とりあえず、ラシュハック伯爵は捕らえておくよ」

「任せる」

 エイデンは苦笑いしながら手を挙げる。捕獲の役目を任せた執政に、姿勢を正して深々と頭を下げた。

「国王陛下を危険に晒したこと、真に申し訳ございませんでした。私の実力不足です」

「いや、不在を埋めてくれて助かった。主犯者の捕縛なら、逆に手柄を誇れるぞ」

 儀礼的なやり取りは、これで正式な謝罪を終えたという形をつくるためだ。幸いにして国王陛下の御前であり、チャンリー公爵家当主も臨席している。謝罪は公式に受け入れられた。

「じゃあ行って来る」

 ちょっと外出するような気軽さで、血に濡れた鎧のまま退出するエイデンを見送る。淡い金髪にもかなり返り血が飛んでいるが、すでに赤黒い色に染まっていた。女の子のような整った顔の騎士が、夜叉のように見える。

魔女ドロシアには何をさせている?」

 遊ばせているはずがないと断言する響きで、ショーンが口を挟んだ。エリヤを膝の間に挟むように乗せて、黒髪に接吻けるウィリアムが顔を上げる。

「人聞きが悪い。何も”させて”ないぞ」

 大きな蒼い目を瞬かせたエリヤが振り返って、黒髪に落ちてくるキスを額で受け止めた。目を閉じる姿が可愛くて、今度は鼻の頭と瞼にもキスする。

「なるほど……それでこそ魔女か」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

溺愛お義兄様を卒業しようと思ったら、、、

ShoTaro
BL
僕・テオドールは、6歳の時にロックス公爵家に引き取られた。 そこから始まった兄・レオナルドの溺愛。 元々貴族ではなく、ただの庶子であるテオドールは、15歳となり、成人まで残すところ一年。独り立ちする計画を立てていた。 兄からの卒業。 レオナルドはそんなことを許すはずもなく、、 全4話で1日1話更新します。 R-18も多少入りますが、最後の1話のみです。

帝国皇子のお婿さんになりました

クリム
BL
 帝国の皇太子エリファス・ロータスとの婚姻を神殿で誓った瞬間、ハルシオン・アスターは自分の前世を思い出す。普通の日本人主婦だったことを。  そして『白い結婚』だったはずの婚姻後、皇太子の寝室に呼ばれることになり、ハルシオンはひた隠しにして来た事実に直面する。王族の姫が19歳まで独身を貫いたこと、その真実が暴かれると、出自の小王国は滅ぼされかねない。 「それなら皇太子殿下に一服盛りますかね、主様」 「そうだね、クーちゃん。ついでに血袋で寝台を汚してなんちゃって既成事実を」 「では、盛って服を乱して、血を……主様、これ……いや、まさかやる気ですか?」 「うん、クーちゃん」 「クーちゃんではありません、クー・チャンです。あ、主様、やめてください!」  これは隣国の帝国皇太子に嫁いだ小王国の『姫君』のお話。

【完結・BL】DT騎士団員は、騎士団長様に告白したい!【騎士団員×騎士団長】

彩華
BL
とある平和な国。「ある日」を境に、この国を守る騎士団へ入団することを夢見ていたトーマは、無事にその夢を叶えた。それもこれも、あの日の初恋。騎士団長・アランに一目惚れしたため。年若いトーマの恋心は、日々募っていくばかり。自身の気持ちを、アランに伝えるべきか? そんな悶々とする騎士団員の話。 「好きだって言えるなら、言いたい。いや、でもやっぱ、言わなくても良いな……。ああ゛―!でも、アラン様が好きだって言いてぇよー!!」

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

【完結】お嬢様の身代わりで冷酷公爵閣下とのお見合いに参加した僕だけど、公爵閣下は僕を離しません

八神紫音
BL
 やりたい放題のわがままお嬢様。そんなお嬢様の付き人……いや、下僕をしている僕は、毎日お嬢様に虐げられる日々。  そんなお嬢様のために、旦那様は王族である公爵閣下との縁談を持ってくるが、それは初めから叶わない縁談。それに気付いたプライドの高いお嬢様は、振られるくらいなら、と僕に女装をしてお嬢様の代わりを果たすよう命令を下す。

将軍の宝玉

なか
BL
国内外に怖れられる将軍が、いよいよ結婚するらしい。 強面の不器用将軍と箱入り息子の結婚生活のはじまり。 一部修正再アップになります

手切れ金

のらねことすていぬ
BL
貧乏貴族の息子、ジゼルはある日恋人であるアルバートに振られてしまう。手切れ金を渡されて完全に捨てられたと思っていたが、なぜかアルバートは彼のもとを再び訪れてきて……。 貴族×貧乏貴族

【完結】薄幸文官志望は嘘をつく

七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。 忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。 学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。 しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー… 認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。 全17話 2/28 番外編を更新しました

処理中です...