55 / 102
第5章 魔女は裏切りの花束を好む
5-11.責務とは身を縛る鎖に似て
しおりを挟む
開いた扉の先に見慣れた騎士の黒いローブを見つけ、エリヤは口元に笑みを浮かべた。ゆったりと立ち上がり玉座の前に敷かれた赤い絨毯を踏む。階段に足をかけたとき、ウィリアムの背後に影が見えた。
「ウィルッ!」
咄嗟に叫んだエリヤの右手が伸ばされる。その姿に目を奪われたウィリアムの反応は、僅かに遅れた。振り返ろうとした背を、近衛兵が切りつける。
「ウィリアム?! 陛下、動かないで!」
エリヤを守るために飛び出したエイデンが、己の身体で王の姿を隠す。階段を駆け下りたエリヤを左手で抱きこみながら、己の剣を扉の方へ構えた。なんとか抜け出そうと足掻くエリヤは、頭の上の王冠をなぐり捨ててエイデンの脇をすり抜けようとする。
「陛下っ! まだです」
叫んで強引に押し留めた。エイデンにも愛する存在はいる。ドロシアが同じ目に合ったら、きっと自分を留めようとする相手の腕を切り落としても駆けつけるだろう。その場で一緒に息絶える状況になろうと後悔しない。
だが、それはエリヤに適用されてはならないのだ。彼は国の要であり、絶対に倒れてはいけない柱だった。国王であるエリヤを守るために多くの兵は命を散らし、盾となって戦う。一人の人間である前に、彼は国王という象徴だった。
「っ、わかって、いる」
分かっていても動きたい。ここで悠然と構えているのが国王の務めであり、ウィリアムがそう望むことも知っていた。涙が零れるが拭うこともせず、エリヤは足元の王冠へ手を伸ばす。その右手は震えており、3度目にしてようやく王冠を拾い上げた。
顔を上げて、ぼやけた視界を厭うように目を見開き、そこで初めて……自分が泣いていると気付く。咄嗟に袖で拭った。
シュミレ国の近衛兵が与えられる揃いの銀剣は、かつて飾り以上の意味を持たなかった。しかしウィリアムが騎士団長に就任してから、実用性がある鋼の剣を持たせている。磨き上げられた剣の刃は鋭く、咄嗟に剣で受けようとしたウィリアムの肋骨下を滑るように入り込み、背から腹へと突き抜けた。
己の腹から生えた剣を反射的に掴む。鋼の剣を奪うために腹部に力をこめて剣を拘束した。引き抜けない剣を諦めた男が手を離したところで、後ろに一歩足を引く。
エリヤの悲鳴じみた呼び声が聞こえ、同時にエイデンの制止が重なった。最愛の人は無事で、その隣には信頼にたる友人がいる。何も心配はなかった。
ダンスのように引いた右足を軸に身体を捩じる。激痛に呻きが零れそうになり歯を食いしばった。ここで痛みに動きを止めたら、何も出来なくなる。エリヤを守ると誓った身で、敵をこのまま許す気はなかった。ぎりりと硬い音を立てた歯で痛みを散らし、左腕の剣を大きく振る。
鎧の隙間を縫う形で叩き付けた刃が食い込み、倒れた男を足で踏みつけた。普段は護身用に使う短剣を引き抜いて、足元で喚く男の首へ投げつける。身体が自由に動いたなら、しゃがんで首を切り裂いたのだが……背から腹に抜けた剣が動きを阻害していた。
最前線に臨むため着こんだ鎧と、突き立てられた剣が干渉してしゃがむ行為を妨げる。投げた短剣が突き刺さったのを確認し、踏みつけていた男から足を引いた。よろめく身体が無様に倒れる前に、謁見の間の扉に寄りかかる。
「シャーリアス卿!」
どうやらウィリアムに切りつける前に、別の近衛兵は突き飛ばされたらしい。身を起こした兵は慌てて背の剣に手をかけた。
「抜きます」
「ダメだ! 手を離せ」
荒い息を整えられずに背で滑るように座り込んだウィリアムの耳に、エイデンの声が届く。駆け寄る彼の足音に、愛しい人の呼び声と足音が重なって聞こえた。
「ウィルッ!」
咄嗟に叫んだエリヤの右手が伸ばされる。その姿に目を奪われたウィリアムの反応は、僅かに遅れた。振り返ろうとした背を、近衛兵が切りつける。
「ウィリアム?! 陛下、動かないで!」
エリヤを守るために飛び出したエイデンが、己の身体で王の姿を隠す。階段を駆け下りたエリヤを左手で抱きこみながら、己の剣を扉の方へ構えた。なんとか抜け出そうと足掻くエリヤは、頭の上の王冠をなぐり捨ててエイデンの脇をすり抜けようとする。
「陛下っ! まだです」
叫んで強引に押し留めた。エイデンにも愛する存在はいる。ドロシアが同じ目に合ったら、きっと自分を留めようとする相手の腕を切り落としても駆けつけるだろう。その場で一緒に息絶える状況になろうと後悔しない。
だが、それはエリヤに適用されてはならないのだ。彼は国の要であり、絶対に倒れてはいけない柱だった。国王であるエリヤを守るために多くの兵は命を散らし、盾となって戦う。一人の人間である前に、彼は国王という象徴だった。
「っ、わかって、いる」
分かっていても動きたい。ここで悠然と構えているのが国王の務めであり、ウィリアムがそう望むことも知っていた。涙が零れるが拭うこともせず、エリヤは足元の王冠へ手を伸ばす。その右手は震えており、3度目にしてようやく王冠を拾い上げた。
顔を上げて、ぼやけた視界を厭うように目を見開き、そこで初めて……自分が泣いていると気付く。咄嗟に袖で拭った。
シュミレ国の近衛兵が与えられる揃いの銀剣は、かつて飾り以上の意味を持たなかった。しかしウィリアムが騎士団長に就任してから、実用性がある鋼の剣を持たせている。磨き上げられた剣の刃は鋭く、咄嗟に剣で受けようとしたウィリアムの肋骨下を滑るように入り込み、背から腹へと突き抜けた。
己の腹から生えた剣を反射的に掴む。鋼の剣を奪うために腹部に力をこめて剣を拘束した。引き抜けない剣を諦めた男が手を離したところで、後ろに一歩足を引く。
エリヤの悲鳴じみた呼び声が聞こえ、同時にエイデンの制止が重なった。最愛の人は無事で、その隣には信頼にたる友人がいる。何も心配はなかった。
ダンスのように引いた右足を軸に身体を捩じる。激痛に呻きが零れそうになり歯を食いしばった。ここで痛みに動きを止めたら、何も出来なくなる。エリヤを守ると誓った身で、敵をこのまま許す気はなかった。ぎりりと硬い音を立てた歯で痛みを散らし、左腕の剣を大きく振る。
鎧の隙間を縫う形で叩き付けた刃が食い込み、倒れた男を足で踏みつけた。普段は護身用に使う短剣を引き抜いて、足元で喚く男の首へ投げつける。身体が自由に動いたなら、しゃがんで首を切り裂いたのだが……背から腹に抜けた剣が動きを阻害していた。
最前線に臨むため着こんだ鎧と、突き立てられた剣が干渉してしゃがむ行為を妨げる。投げた短剣が突き刺さったのを確認し、踏みつけていた男から足を引いた。よろめく身体が無様に倒れる前に、謁見の間の扉に寄りかかる。
「シャーリアス卿!」
どうやらウィリアムに切りつける前に、別の近衛兵は突き飛ばされたらしい。身を起こした兵は慌てて背の剣に手をかけた。
「抜きます」
「ダメだ! 手を離せ」
荒い息を整えられずに背で滑るように座り込んだウィリアムの耳に、エイデンの声が届く。駆け寄る彼の足音に、愛しい人の呼び声と足音が重なって聞こえた。
1
お気に入りに追加
133
あなたにおすすめの小説
すべてはあなたを守るため
高菜あやめ
BL
【天然超絶美形な王太子×妾のフリした護衛】 Y国の次期国王セレスタン王太子殿下の妾になるため、はるばるX国からやってきたロキ。だが妾とは表向きの姿で、その正体はY国政府の依頼で派遣された『雇われ』護衛だ。戴冠式を一か月後に控え、殿下をあらゆる刺客から守りぬかなくてはならない。しかしこの任務、殿下に素性を知られないことが条件で、そのため武器も取り上げられ、丸腰で護衛をするとか無茶な注文をされる。ロキははたして殿下を守りぬけるのか……愛情深い王太子殿下とポンコツ護衛のほのぼの切ないラブコメディです
【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」
洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。
子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。
人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。
「僕ね、セティのこと大好きだよ」
【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印)
【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ
【完結】2021/9/13
※2020/11/01 エブリスタ BLカテゴリー6位
※2021/09/09 エブリスタ、BLカテゴリー2位
【完結】僕の大事な魔王様
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。
「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」
魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。
俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/11……完結
2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位
2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位
2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位
2023/09/21……連載開始
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします
*
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!?
しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です!
めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので!
本編完結しました!
時々おまけを更新しています。
【完結】第三王子は、自由に踊りたい。〜豹の獣人と、第一王子に言い寄られてますが、僕は一体どうすればいいでしょうか?〜
N2O
BL
気弱でちょっと不憫な第三王子が、寵愛を受けるはなし。
※独自設定、ご都合主義です。
※ハーレム要素を予定しています。
イラストを『しき』様(https://twitter.com/a20wa2fu12ji)に描いていただき、表紙にさせていただきました。
あと一度だけでもいいから君に会いたい
藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。
いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。
もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。
※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる