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第4章 愚かな策に散る花を
4-4.仕える主は選べない
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「ウィル」
「わかってる」
揺れを利用して、バレないように黒髪にキスを落とす。ウィリアムの優しい声に目を細め、エリヤは己の騎士に抱きついた。
左側の林から飛び出した数人の傭兵らしき連中が鬨の声を上げる。彼らの現れた方角は、スガロシア子爵の領地に続いていた。おそらく疑われぬよう、他家の領内に入ったところで襲う予定なのだ。
そんな簡単な目晦ましに引っかかる国王と執政ではないが、愚かな貴族は己の能力を尺度として相手を見下す傾向が強い。自意識ばかりが肥大した腫瘍と同じだった。切り捨てる外科手術が必要な時期に来ているのかも知れない。
先ごろの隣国オズボーンとの戦も、国内の貴族が絡んだ騒動から発展した。国は膨らんだ腫瘍の膿を吐き出さなければ、その巨体を保てないだろう。
「いけ! 殺せ!!」
己を鼓舞する叫びが聞こえてくる。
世の倣いとはいえ、暗殺する気なら黙って後ろから攻撃すべきだろう。そんなだから、子爵令嬢含め失敗を繰り返すのだ。冷静に批判しながら、ウィリアムが親衛隊に合図を送った。
わずか12名だが、生え抜きの精鋭部隊だ。与えられた役割と己の果たすべき使命を理解した親衛隊は、傭兵達を受け止める扇形に展開した。
「そこをどけっ!」
叫んで飛び込む傭兵に、親衛隊は無言で剣を抜いた。両刃の剣が光を弾き、上官の指示を待つ。
「迎え撃て。可能なら1人生かしておけ」
冷めたウィリアムの命令に「かしこまりました」と返答し、彼らは一気に走り出す。馬の機動力を生かし、一気に敵を包囲した。剣を交える音を聞きながら、ウィリアムは周囲に気を配る。
彼らが囮の可能性を考えてたのだ。別の方角から駆け寄る存在がいないか、警戒するウィリアムの三つ編みを掴んだエリヤが馬車を指差した。
「ウィル、こっちだ」
言われた通り視線を移し、ウィリアムは大きく溜め息を吐いた。侍女たちを乗せた馬車から走り出た2人の青年が、大きな剣を振りかざす。
この馬車に荷物を積んだのは……たしか、スガロシア子爵家の侍従だった。つまり、馬車に積んだ荷物の中に隠れていたのだろう。分かりやすい構図に、彼らが失敗など想定していないと知る。奇襲が成功すると信じているのだ。
「なんて愚かな……」
頭を抱えたくなるが、そんな余裕はさすがにない。一息ついて黒馬の背を叩いた。慣れたようにリアンはぶるると身を震わせ、大人しく数歩歩いて足を止める。
「ちょっと行ってくる」
「わかった」
簡単すぎるやりとりに、互いの命の心配は含まれなかった。エリヤは己の騎士が負けると微塵も思わないし、ウィリアムも少年王を傷つけさせる気はない。
軽い所作で馬から飛び降り、ウィリアムは剣を抜いた。途端に彼の殺気が噴出すように青年達へ向けられる。戦い慣れしていないのか、足が竦んだ彼らに剣の先を向けた。
大きく振りかぶるような真似はしない。水平に突き出した剣が陽光を弾いて輝いた。2人の力量を図るまでもなく、実力差は明らかだ。ただの盗賊なら見逃す手もあるが、国王暗殺の刺客ならば生きて返す理由はなかった。
「…仕える主を間違えたな」
馬に乗って囮になった傭兵8人ほどの集団は、すでに全員が斬り捨てられた。ちらりと横目で状況を確認し、残った2人に忠告する。
「剣を捨てろ」
そうすれば、証人として生かしてやる。親衛隊が全員切り捨ててしまった以上、1人くらい残しておかなくてはなるまい。ウィリアムの声に、彼らは顔を見合わせ斬りかかってきた。
「わかってる」
揺れを利用して、バレないように黒髪にキスを落とす。ウィリアムの優しい声に目を細め、エリヤは己の騎士に抱きついた。
左側の林から飛び出した数人の傭兵らしき連中が鬨の声を上げる。彼らの現れた方角は、スガロシア子爵の領地に続いていた。おそらく疑われぬよう、他家の領内に入ったところで襲う予定なのだ。
そんな簡単な目晦ましに引っかかる国王と執政ではないが、愚かな貴族は己の能力を尺度として相手を見下す傾向が強い。自意識ばかりが肥大した腫瘍と同じだった。切り捨てる外科手術が必要な時期に来ているのかも知れない。
先ごろの隣国オズボーンとの戦も、国内の貴族が絡んだ騒動から発展した。国は膨らんだ腫瘍の膿を吐き出さなければ、その巨体を保てないだろう。
「いけ! 殺せ!!」
己を鼓舞する叫びが聞こえてくる。
世の倣いとはいえ、暗殺する気なら黙って後ろから攻撃すべきだろう。そんなだから、子爵令嬢含め失敗を繰り返すのだ。冷静に批判しながら、ウィリアムが親衛隊に合図を送った。
わずか12名だが、生え抜きの精鋭部隊だ。与えられた役割と己の果たすべき使命を理解した親衛隊は、傭兵達を受け止める扇形に展開した。
「そこをどけっ!」
叫んで飛び込む傭兵に、親衛隊は無言で剣を抜いた。両刃の剣が光を弾き、上官の指示を待つ。
「迎え撃て。可能なら1人生かしておけ」
冷めたウィリアムの命令に「かしこまりました」と返答し、彼らは一気に走り出す。馬の機動力を生かし、一気に敵を包囲した。剣を交える音を聞きながら、ウィリアムは周囲に気を配る。
彼らが囮の可能性を考えてたのだ。別の方角から駆け寄る存在がいないか、警戒するウィリアムの三つ編みを掴んだエリヤが馬車を指差した。
「ウィル、こっちだ」
言われた通り視線を移し、ウィリアムは大きく溜め息を吐いた。侍女たちを乗せた馬車から走り出た2人の青年が、大きな剣を振りかざす。
この馬車に荷物を積んだのは……たしか、スガロシア子爵家の侍従だった。つまり、馬車に積んだ荷物の中に隠れていたのだろう。分かりやすい構図に、彼らが失敗など想定していないと知る。奇襲が成功すると信じているのだ。
「なんて愚かな……」
頭を抱えたくなるが、そんな余裕はさすがにない。一息ついて黒馬の背を叩いた。慣れたようにリアンはぶるると身を震わせ、大人しく数歩歩いて足を止める。
「ちょっと行ってくる」
「わかった」
簡単すぎるやりとりに、互いの命の心配は含まれなかった。エリヤは己の騎士が負けると微塵も思わないし、ウィリアムも少年王を傷つけさせる気はない。
軽い所作で馬から飛び降り、ウィリアムは剣を抜いた。途端に彼の殺気が噴出すように青年達へ向けられる。戦い慣れしていないのか、足が竦んだ彼らに剣の先を向けた。
大きく振りかぶるような真似はしない。水平に突き出した剣が陽光を弾いて輝いた。2人の力量を図るまでもなく、実力差は明らかだ。ただの盗賊なら見逃す手もあるが、国王暗殺の刺客ならば生きて返す理由はなかった。
「…仕える主を間違えたな」
馬に乗って囮になった傭兵8人ほどの集団は、すでに全員が斬り捨てられた。ちらりと横目で状況を確認し、残った2人に忠告する。
「剣を捨てろ」
そうすれば、証人として生かしてやる。親衛隊が全員切り捨ててしまった以上、1人くらい残しておかなくてはなるまい。ウィリアムの声に、彼らは顔を見合わせ斬りかかってきた。
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