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54.見えない場所で動くのが性に合う

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 王族から平民へ落ちる。それは王族の罰としては重い部類に入るが、下された事例は少ない。なぜなら、そこまでの悪事を行ったなら死を賜わるからだ。生かすべき理由がなければ、元側妃も元第一王子もその首を落とせたが。

 アロルドはそこで溜め息をついた。仕方ない、あの美しく気高いジェラルディーナ姫に、己を責めて欲しくないのだから。どんなに取り繕ったところで、彼女の耳に入る形での処刑は心の傷になってしまう。だが、彼や彼女を許す選択肢はなかった。

 殺せないが殺したいと悩む弟リベルトは、姫同様に表側の人間だ。裏の闇を歩く俺とは違う。殺すべき害虫は、きっちり処理する。姫の耳に入れたくない話ならば、聞こえない場所で動けばいいだけのこと。俺の提案に、リベルトは目を見開いたあと暗い顔で頷いた。

「兄上にだけ、いつも……このような」

「それが役割だ。俺はお前に光の当たる場所を押し付けて逃げた。自ら闇を選んだのだぞ」

 長男で嫡男、それは表舞台を歩く人生を意味していた。だが早い段階で自覚したのだ。自分には無理だと。隠そうとしても滲む本音は、常に黒い。己の信じる正義を貫くために手を汚すことも厭わない性質は、裏の仕事に向いていた。

 この点は父と意見が一致したため、嫡男の交代が認められる。優れた兄がいるのにと謙遜するが、リベルトに求めたのは正義を掲げる旗になることだ。黒い旗にそれは無理だと言い聞かせた。あの頃が懐かしく思い出される。

 あれから十数年経って、俺は何も後悔していない。愛らしい姫が本家に有能な婿を呼び寄せ、これからシモーニ公爵家は花開く。新たな王家として君臨する未来に思いを馳せた。その夢が現実になる今、足下の掃除に手を抜くことは出来ない。

「俺は、王太子だったんだぞ!」

 過去の栄光を振りかざす愚かな男は、身につけた宝飾品を売った金と引き換えた酒を浴び、喚き散らす。モドローネ男爵家は、貴族社会から排除されて没落した。愛人の実家も当てにできず腐るヴァレンテに、餌をぶら下げる。

 賭け事だ。最初は勝たせて、そこから徐々に金を巻き上げた。手元の宝飾品も服もすべて回収し、最後にその命と体も処分する。

「なぜだっ! どうして?」

「負けた金は、きっちり清算してもらわないと困るんですよ」

 裏社会の顔役に指示を出し、罠にかけた獲物が運ばれていく。この後、他国へ奴隷としてされるのだ。表向きは派遣労働者の形をとるが、彼は牛馬以下の扱いが確定した。運が良ければ種馬になれるかもしれないが、二度とこの国に戻ることはないだろう。あの国は奴隷を死ぬ間際まで働かせ、死んだら獣の餌にするのだから。

「お疲れ様です、閣下。こんなもんでいかがでしょうか」

「十分だ、残りはどうなった?」

「男爵令嬢は行方を掴みましたが、元側妃は他国へ逃げようとしたようですな」

 そこまで掴んでいるなら、もう手の者を送った後だろう。さっと顔役が差し出す葉巻を受け取る。今後の展開を楽しみに、俺は葉巻を咥えた。用意された火を断り、自ら火を付ける。吸い込んで煙を吐き出した。

 姫が生まれてから禁煙していたのに、つい……苦い思いで懐かしい味を堪能する。この掃除が終わったら、姫にバレる前にまた禁煙するとしようか。
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