40 / 79
40.なんて、はしたないのかしら
しおりを挟む
恋愛小説に書いてあった文章を思い出しました。恋が破れると失恋で、それは死にたくなるほど苦しく辛いものだと。
食事をする気になれず、夕食を断りました。顔も腫れているし、人前に出られる状態ではありません。まだ涙も止まらなくて、このまま身体中の水分が流れ出てしまうのではないかと、怖くなるほど泣いた。
「ルーナ、入るわよ」
この声はお母様? 侍女の用意したタオルで顔を冷やしつつ、隙間から窺いました。晩餐用のロングドレスのお母様は、さらりと肩を滑る横髪を押さえて近づきます。それから冷えた指先で私の額に触れました。
「熱ではないのね。何があったの? 話してごらんなさい。吐き出せば楽になるわ」
心配をかけたことを謝り、顔を拭いて身を起こしました。腫れた目元をお母様の冷たい指がなぞると、また涙が溢れます。止まれと願っても流れる感情は、ひりひりした眦を伝って手の上に落ちました。
「誰かに傷つけられたの?」
首を横に振りました。執事のランベルトも手配された侍女も、私にとても良くしてくれます。誰も悪くありません。
「なら……誰かを好きになってしまった?」
驚いてお母様の顔を見つめる私の頬を、優しく指先がなぞりました。冷たい指が頬を包むと、とても心地よくて……ほっと肩の力が抜けました。猫のように頬擦りしてしまいます。まるで魔法のよう。お母様はどうしてそう思われたのかしら。
「ふふっ、顔に書いてあるわ。今日出会った人だと、アロルド義兄様、ランベルト……は違うわね」
普段から接してる人だもの。見透かしたようにお母様が距離を詰めてきます。緊張にごくりと喉が鳴りました。
「弟のダヴィードのはずもないから、ロレンツィ侯爵子息……あら」
また涙が溢れます。どうしたのでしょう、私は壊れてしまったの? 声もなく涙が濡らす頬を両手で包み、お母様は私を抱き寄せました。柔らかな胸元を涙で濡らす私の背を、とんとんと優しく叩きます。徐々に落ち着いてきて、涙が止まりました。
不思議。お母様と触れ合った記憶は遠いのに、こうして抱き締められた感触は覚えています。
「泣いているのなら、振られてしまったの?」
「わかり……ません」
掠れた声で返し、お母様に促されるままに話しました。優しく大切に触れる騎士様に心が揺れたこと。彼の作ったケーキに感動し、エスコートが嬉しかったこと。朝から私に時間を割いた彼の行動も……何もかも特別に思えたのです。
「カスト様はお仕事でなさったこと、私が勝手に舞い上がったのです」
弟ダヴィードの心を掴んで、見事な剣術を披露なさった。
「私を見て微笑まれ……その時、私は恋に落ちたのでしょう。私は、なんてはしたないのかしら」
何度も聞いた単語が自然と口からこぼれた瞬間、穏やかな顔で相槌を打っていたお母様が固まりました。
ああ、はしたない娘で申し訳ないわ。
食事をする気になれず、夕食を断りました。顔も腫れているし、人前に出られる状態ではありません。まだ涙も止まらなくて、このまま身体中の水分が流れ出てしまうのではないかと、怖くなるほど泣いた。
「ルーナ、入るわよ」
この声はお母様? 侍女の用意したタオルで顔を冷やしつつ、隙間から窺いました。晩餐用のロングドレスのお母様は、さらりと肩を滑る横髪を押さえて近づきます。それから冷えた指先で私の額に触れました。
「熱ではないのね。何があったの? 話してごらんなさい。吐き出せば楽になるわ」
心配をかけたことを謝り、顔を拭いて身を起こしました。腫れた目元をお母様の冷たい指がなぞると、また涙が溢れます。止まれと願っても流れる感情は、ひりひりした眦を伝って手の上に落ちました。
「誰かに傷つけられたの?」
首を横に振りました。執事のランベルトも手配された侍女も、私にとても良くしてくれます。誰も悪くありません。
「なら……誰かを好きになってしまった?」
驚いてお母様の顔を見つめる私の頬を、優しく指先がなぞりました。冷たい指が頬を包むと、とても心地よくて……ほっと肩の力が抜けました。猫のように頬擦りしてしまいます。まるで魔法のよう。お母様はどうしてそう思われたのかしら。
「ふふっ、顔に書いてあるわ。今日出会った人だと、アロルド義兄様、ランベルト……は違うわね」
普段から接してる人だもの。見透かしたようにお母様が距離を詰めてきます。緊張にごくりと喉が鳴りました。
「弟のダヴィードのはずもないから、ロレンツィ侯爵子息……あら」
また涙が溢れます。どうしたのでしょう、私は壊れてしまったの? 声もなく涙が濡らす頬を両手で包み、お母様は私を抱き寄せました。柔らかな胸元を涙で濡らす私の背を、とんとんと優しく叩きます。徐々に落ち着いてきて、涙が止まりました。
不思議。お母様と触れ合った記憶は遠いのに、こうして抱き締められた感触は覚えています。
「泣いているのなら、振られてしまったの?」
「わかり……ません」
掠れた声で返し、お母様に促されるままに話しました。優しく大切に触れる騎士様に心が揺れたこと。彼の作ったケーキに感動し、エスコートが嬉しかったこと。朝から私に時間を割いた彼の行動も……何もかも特別に思えたのです。
「カスト様はお仕事でなさったこと、私が勝手に舞い上がったのです」
弟ダヴィードの心を掴んで、見事な剣術を披露なさった。
「私を見て微笑まれ……その時、私は恋に落ちたのでしょう。私は、なんてはしたないのかしら」
何度も聞いた単語が自然と口からこぼれた瞬間、穏やかな顔で相槌を打っていたお母様が固まりました。
ああ、はしたない娘で申し訳ないわ。
63
お気に入りに追加
5,422
あなたにおすすめの小説
公爵令嬢の辿る道
ヤマナ
恋愛
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフは、迎えた5度目の生に絶望した。
家族にも、付き合いのあるお友達にも、慕っていた使用人にも、思い人にも、誰からも愛されなかったエリーナは罪を犯して投獄されて凍死した。
それから生を繰り返して、その度に自業自得で凄惨な末路を迎え続けたエリーナは、やがて自分を取り巻いていたもの全てからの愛を諦めた。
これは、愛されず、しかし愛を求めて果てた少女の、その先の話。
※暇な時にちょこちょこ書いている程度なので、内容はともかく出来についてはご了承ください。
追記
六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)
【本編完結】婚約者を守ろうとしたら寧ろ盾にされました。腹が立ったので記憶を失ったふりをして婚約解消を目指します。
しろねこ。
恋愛
「君との婚約を解消したい」
その言葉を聞いてエカテリーナはニコリと微笑む。
「了承しました」
ようやくこの日が来たと内心で神に感謝をする。
(わたくしを盾にし、更に記憶喪失となったのに手助けもせず、他の女性に擦り寄った婚約者なんていらないもの)
そんな者との婚約が破談となって本当に良かった。
(それに欲しいものは手に入れたわ)
壁際で沈痛な面持ちでこちらを見る人物を見て、頬が赤くなる。
(愛してくれない者よりも、自分を愛してくれる人の方がいいじゃない?)
エカテリーナはあっさりと自分を捨てた男に向けて頭を下げる。
「今までありがとうございました。殿下もお幸せに」
類まれなる美貌と十分な地位、そして魔法の珍しいこの世界で魔法を使えるエカテリーナ。
だからこそ、ここバークレイ国で第二王子の婚約者に選ばれたのだが……それも今日で終わりだ。
今後は自分の力で頑張ってもらおう。
ハピエン、自己満足、ご都合主義なお話です。
ちゃっかりとシリーズ化というか、他作品と繋がっています。
カクヨムさん、小説家になろうさん、ノベルアッププラスさんでも連載中(*´ω`*)
侯爵令嬢は限界です
まる
恋愛
「グラツィア・レピエトラ侯爵令嬢この場をもって婚約を破棄する!!」
何言ってんだこの馬鹿。
いけない。心の中とはいえ、常に淑女たるに相応しく物事を考え…
「貴女の様な傲慢な女は私に相応しくない!」
はい無理でーす!
〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
サラッと読み流して楽しんで頂けたなら幸いです。
※物語の背景はふんわりです。
読んで下さった方、しおり、お気に入り登録本当にありがとうございました!
悪役令嬢は処刑されないように家出しました。
克全
恋愛
「アルファポリス」と「小説家になろう」にも投稿しています。
サンディランズ公爵家令嬢ルシアは毎夜悪夢にうなされた。婚約者のダニエル王太子に裏切られて処刑される夢。実の兄ディビッドが聖女マルティナを愛するあまり、歓心を買うために自分を処刑する夢。兄の友人である次期左将軍マルティンや次期右将軍ディエゴまでが、聖女マルティナを巡って私を陥れて処刑する。どれほど努力し、どれほど正直に生き、どれほど関係を断とうとしても処刑されるのだ。
結婚記念日をスルーされたので、離婚しても良いですか?
秋月一花
恋愛
本日、結婚記念日を迎えた。三周年のお祝いに、料理長が腕を振るってくれた。私は夫であるマハロを待っていた。……いつまで経っても帰ってこない、彼を。
……結婚記念日を過ぎてから帰って来た彼は、私との結婚記念日を覚えていないようだった。身体が弱いという幼馴染の見舞いに行って、そのまま食事をして戻って来たみたいだ。
彼と結婚してからずっとそう。私がデートをしてみたい、と言えば了承してくれるものの、当日幼馴染の女性が体調を崩して「後で埋め合わせするから」と彼女の元へ向かってしまう。埋め合わせなんて、この三年一度もされたことがありませんが?
もう我慢の限界というものです。
「離婚してください」
「一体何を言っているんだ、君は……そんなこと、出来るはずないだろう?」
白い結婚のため、可能ですよ? 知らないのですか?
あなたと離婚して、私は第二の人生を歩みます。
※カクヨム様にも投稿しています。
愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。
石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。
ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。
それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。
愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる