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38.殿方って狡いですわ
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殿方って狡いですわ。執事ランベルトが用意したパラソルの下で、唇を尖らせる。目の前で、弟ダヴィードが手合わせをしていた。その相手は、騎士になったばかりのカスト様で、なんとも楽しそう。すぐに仲良くなってしまうのは、本当に狡い。
「いかがなさいました?」
「私も剣術を習えばよかったわ」
そうしたら一緒に立てたのに。不満を口にした私に目を丸くした後、ランベルトの表情が柔らかくなりました。どうしたのかしら、普通は窘める場面ではなくて?
「希望を口にできるようになり、ほっとしました。以前のお嬢様は何でも我慢して飲み込んでおられましたから」
いつ崩壊するか、心配だったと微笑む老執事に私が驚いた。そんなふうに見えていたのね。張り詰めた皮袋に穴が空くように、突然破裂してしまうと心配されてたなんて。まったく気づきませんでした。
剣術の練習が始まってすぐ、ダヴィードの癖に気付いたカスト様が口を挟み、軽い口論になりました。剣術を教えるのは、シモーニの分家タルティーニ子爵家の嫡男です。その行儀よいマナー通りの剣術に、カスト様が否と口に出しました。
曰く、行儀がいい太刀筋は見切られやすい。君主が身につける剣術は型通りの物だけでなく、生き残るための実践術も必要なのだと。意見自体は受け入れられましたが、ダヴィードがしばらく反発しました。
カスト様の言葉が正しいと理解しながらも、中々従おうとしません。我が侭な弟を叱るべきか、迷う私の前でカスト様は己の実力でダヴィードに認めさせました。圧倒的な実力差、それでいて型通りの剣術も舞のように見事です。やり込められたダヴィードは、見違えるようにカスト様に懐いてしまって。
姉である私は王都にいて会えず、他の兄弟姉妹がいない一人っ子で育ったこの子は、こうして叱ってくれる頼れる兄が欲しかったのかもしれません。仲のいい二人の姿に、私の小さな嫉妬なんて、吹き飛んでしまいました。
「少し休憩をなさって」
タオルと冷たい水を用意させ、三人を手招く。タルティーニ子爵令息もカスト様の訓練に加わり、手合わせも行っていました。飲みやすいように檸檬と蜂蜜を加えた水を手渡し、タオルも差し出す。
全員が真っ赤な顔になるのを見て、いいタイミングだったと安心しました。暑い中で無理をすると倒れてしまいますから。
「ありがとうございます、お姉さま」
「恐れ入ります」
カスト様の微笑みを向けられた途端、私の顔が熱るのがわかりました。顔が真っ赤なのではないかしら。恥ずかしい。両手で頬を包み、俯いた肩を髪が滑り落ちました。
「姫、具合がお悪いのでしょうか」
心配そうに覗き込まないで。勢いよく首を横に振り、私はその場から逃げ出しました。呼びかけるカスト様やダヴィードの声を無視して、必死で自室に向かう私。階段で足を踏み外し、ふわりと体が浮いた感じに強張ります。落下の痛みを覚悟した私を、逞しい腕が支えてくれました。
「ありがと……っ!」
ランベルトだと思ったのに、お礼を向けた相手はカスト様でした。安堵に緩んだ体がまた硬直し、意識が遠のきます。なんてこと! 王家に嫁ぐと決められた私に触れるなんて、カスト様のお命が危ないわ。そこで私の意識は途絶えてしまいました。
「いかがなさいました?」
「私も剣術を習えばよかったわ」
そうしたら一緒に立てたのに。不満を口にした私に目を丸くした後、ランベルトの表情が柔らかくなりました。どうしたのかしら、普通は窘める場面ではなくて?
「希望を口にできるようになり、ほっとしました。以前のお嬢様は何でも我慢して飲み込んでおられましたから」
いつ崩壊するか、心配だったと微笑む老執事に私が驚いた。そんなふうに見えていたのね。張り詰めた皮袋に穴が空くように、突然破裂してしまうと心配されてたなんて。まったく気づきませんでした。
剣術の練習が始まってすぐ、ダヴィードの癖に気付いたカスト様が口を挟み、軽い口論になりました。剣術を教えるのは、シモーニの分家タルティーニ子爵家の嫡男です。その行儀よいマナー通りの剣術に、カスト様が否と口に出しました。
曰く、行儀がいい太刀筋は見切られやすい。君主が身につける剣術は型通りの物だけでなく、生き残るための実践術も必要なのだと。意見自体は受け入れられましたが、ダヴィードがしばらく反発しました。
カスト様の言葉が正しいと理解しながらも、中々従おうとしません。我が侭な弟を叱るべきか、迷う私の前でカスト様は己の実力でダヴィードに認めさせました。圧倒的な実力差、それでいて型通りの剣術も舞のように見事です。やり込められたダヴィードは、見違えるようにカスト様に懐いてしまって。
姉である私は王都にいて会えず、他の兄弟姉妹がいない一人っ子で育ったこの子は、こうして叱ってくれる頼れる兄が欲しかったのかもしれません。仲のいい二人の姿に、私の小さな嫉妬なんて、吹き飛んでしまいました。
「少し休憩をなさって」
タオルと冷たい水を用意させ、三人を手招く。タルティーニ子爵令息もカスト様の訓練に加わり、手合わせも行っていました。飲みやすいように檸檬と蜂蜜を加えた水を手渡し、タオルも差し出す。
全員が真っ赤な顔になるのを見て、いいタイミングだったと安心しました。暑い中で無理をすると倒れてしまいますから。
「ありがとうございます、お姉さま」
「恐れ入ります」
カスト様の微笑みを向けられた途端、私の顔が熱るのがわかりました。顔が真っ赤なのではないかしら。恥ずかしい。両手で頬を包み、俯いた肩を髪が滑り落ちました。
「姫、具合がお悪いのでしょうか」
心配そうに覗き込まないで。勢いよく首を横に振り、私はその場から逃げ出しました。呼びかけるカスト様やダヴィードの声を無視して、必死で自室に向かう私。階段で足を踏み外し、ふわりと体が浮いた感じに強張ります。落下の痛みを覚悟した私を、逞しい腕が支えてくれました。
「ありがと……っ!」
ランベルトだと思ったのに、お礼を向けた相手はカスト様でした。安堵に緩んだ体がまた硬直し、意識が遠のきます。なんてこと! 王家に嫁ぐと決められた私に触れるなんて、カスト様のお命が危ないわ。そこで私の意識は途絶えてしまいました。
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