34 / 79
34.どちらも、なんて可愛いのかしら
しおりを挟む
きっちりと襟元を締めた貴族らしい出立ちは好感が持てます。黒髪に黒い瞳は、日に焼けた精悍な顔立ちを引き立てていました。感じの良い印象の方ですね。
「シモーニ公爵夫人、初めてお目にかかります。公爵令嬢ジェラルディーナ様、お久しぶりでございます。ピザーヌ伯爵子息カスト、お願いがあり不躾ながら参上いたしました」
きょとんとした私の視界に、屋敷の方から駆けてくる弟ダヴィードが映りました。表情が柔らかくなるのが自分でも分かります。ほわりと笑った私の前に膝を突いたカスト様が、手を差し出しました。小さな短剣が握られています。その柄と鞘にロレンツィ侯爵家の紋章が入っていました。
ロレンツィ侯爵家は歴史が古く、シモーニ公爵家と並ぶ名家です。数多くの騎士団長を輩出し、その武勇は他国にも届くほどでした。有名な紋章を見間違えるわけがありません。勇ましい獅子が獲物を咥えた姿は、軍旗にも採用された絵柄でした。
「ロレンツィ侯爵の代理ですか?」
「いえ。ピザーヌ伯爵家の家督を放棄しました。その上で母の実家であるロレンツィ侯爵家の養子となり、あなた様に剣を捧げる栄誉を頂きたく……お願い申し上げます」
貴族はその装いで家の格や財力を示す。故に高価な服を纏うことが当たり前だった。自然と汚さず美しく保ち、姿勢を整えることを学ぶ。伯爵家といえば高位貴族に分類される上、母君が侯爵家のご令嬢だったカスト様は、その教育が厳しかったでしょう。
東屋の石床に膝を突き、公爵令嬢に忠誠を捧げたいと口になさった。それは本来、王家に捧げられるべき忠誠です。王へ願うなら長剣を、愛する女性に捧げるなら短剣を用いるのが礼儀でした。
この方は、私に忠誠を誓うと仰った。つまり……愛する女性であると公言なさったのでしょうか? それとも主家に対する忠誠で、女性だから短剣を選んだのかも。困惑して答えに詰まる私へ、伯父様が助言をくださいました。
「カスト殿の気持ちを受け取ってやれ。彼は姫を大切に守りたいのだ。あの夜会で決意したらしいぞ」
その口添えに、私は気持ちが落ち着きました。王家に婚約破棄された哀れな令嬢、けれど一度は王子妃となる立場を得た公爵家の私に、忠誠を誓うなら。ただの同情ではなく、この方の誠実さの現れでしょうか。
立ち上がり、屈んで両手を伸ばす。触れた短剣をそっと持ち上げました。頭を伏せた彼が身じろぎし、顔を上げます。心配そうな彼に、習った通りの作法で返しました。
「ロレンツィ侯爵家に連なるカスト様の忠誠を、このジェラルディーナ・シモーニが受け止めましょう。これからよろしくお願いしますね」
断れば、カスト様に恥をかかせてしまう。私にそのようなことは出来ません。微笑んだ私から短剣を受け取り、カスト様は嬉しそうに笑いました。あら、可愛いですわ。
「お姉さまは渡さないからな!」
駆け込んだ弟が両手を広げて、私とカスト様の間に立ちました。こちらも、なんて可愛いのかしら。ふふっと笑った私に釣られたのか、お母様や伯父様も笑い出しました。
「シモーニ公爵夫人、初めてお目にかかります。公爵令嬢ジェラルディーナ様、お久しぶりでございます。ピザーヌ伯爵子息カスト、お願いがあり不躾ながら参上いたしました」
きょとんとした私の視界に、屋敷の方から駆けてくる弟ダヴィードが映りました。表情が柔らかくなるのが自分でも分かります。ほわりと笑った私の前に膝を突いたカスト様が、手を差し出しました。小さな短剣が握られています。その柄と鞘にロレンツィ侯爵家の紋章が入っていました。
ロレンツィ侯爵家は歴史が古く、シモーニ公爵家と並ぶ名家です。数多くの騎士団長を輩出し、その武勇は他国にも届くほどでした。有名な紋章を見間違えるわけがありません。勇ましい獅子が獲物を咥えた姿は、軍旗にも採用された絵柄でした。
「ロレンツィ侯爵の代理ですか?」
「いえ。ピザーヌ伯爵家の家督を放棄しました。その上で母の実家であるロレンツィ侯爵家の養子となり、あなた様に剣を捧げる栄誉を頂きたく……お願い申し上げます」
貴族はその装いで家の格や財力を示す。故に高価な服を纏うことが当たり前だった。自然と汚さず美しく保ち、姿勢を整えることを学ぶ。伯爵家といえば高位貴族に分類される上、母君が侯爵家のご令嬢だったカスト様は、その教育が厳しかったでしょう。
東屋の石床に膝を突き、公爵令嬢に忠誠を捧げたいと口になさった。それは本来、王家に捧げられるべき忠誠です。王へ願うなら長剣を、愛する女性に捧げるなら短剣を用いるのが礼儀でした。
この方は、私に忠誠を誓うと仰った。つまり……愛する女性であると公言なさったのでしょうか? それとも主家に対する忠誠で、女性だから短剣を選んだのかも。困惑して答えに詰まる私へ、伯父様が助言をくださいました。
「カスト殿の気持ちを受け取ってやれ。彼は姫を大切に守りたいのだ。あの夜会で決意したらしいぞ」
その口添えに、私は気持ちが落ち着きました。王家に婚約破棄された哀れな令嬢、けれど一度は王子妃となる立場を得た公爵家の私に、忠誠を誓うなら。ただの同情ではなく、この方の誠実さの現れでしょうか。
立ち上がり、屈んで両手を伸ばす。触れた短剣をそっと持ち上げました。頭を伏せた彼が身じろぎし、顔を上げます。心配そうな彼に、習った通りの作法で返しました。
「ロレンツィ侯爵家に連なるカスト様の忠誠を、このジェラルディーナ・シモーニが受け止めましょう。これからよろしくお願いしますね」
断れば、カスト様に恥をかかせてしまう。私にそのようなことは出来ません。微笑んだ私から短剣を受け取り、カスト様は嬉しそうに笑いました。あら、可愛いですわ。
「お姉さまは渡さないからな!」
駆け込んだ弟が両手を広げて、私とカスト様の間に立ちました。こちらも、なんて可愛いのかしら。ふふっと笑った私に釣られたのか、お母様や伯父様も笑い出しました。
154
お気に入りに追加
5,506
あなたにおすすめの小説

【完結】婚約者と養い親に不要といわれたので、幼馴染の側近と国を出ます
衿乃 光希
恋愛
卒業パーティーの最中、婚約者から突然婚約破棄を告げられたシェリーヌ。
婚約者の心を留めておけないような娘はいらないと、養父からも不要と言われる。
シェリーヌは16年過ごした国を出る。
生まれた時からの側近アランと一緒に・・・。
第18回恋愛小説大賞エントリーしましたので、第2部を執筆中です。
第2部祖国から手紙が届き、養父の体調がすぐれないことを知らされる。迷いながらも一時戻ってきたシェリーヌ。見舞った翌日、養父は天に召された。葬儀後、貴族の死去が相次いでいるという不穏な噂を耳にする。28日の更新で完結します。

婚約破棄された公爵令嬢は本当はその王国にとってなくてはならない存在でしたけど、もう遅いです
神崎 ルナ
恋愛
ロザンナ・ブリオッシュ公爵令嬢は美形揃いの公爵家の中でも比較的地味な部類に入る。茶色の髪にこげ茶の瞳はおとなしめな外見に拍車をかけて見えた。そのせいか、婚約者のこのトレント王国の王太子クルクスル殿下には最初から塩対応されていた。
そんな折り、王太子に近付く女性がいるという。
アリサ・タンザイト子爵令嬢は、貴族令嬢とは思えないほどその親しみやすさで王太子の心を捕らえてしまったようなのだ。
仲がよさげな二人の様子を見たロザンナは少しばかり不安を感じたが。
(まさか、ね)
だが、その不安は的中し、ロザンナは王太子に婚約破棄を告げられてしまう。
――実は、婚約破棄され追放された地味な令嬢はとても重要な役目をになっていたのに。
(※誤字報告ありがとうございます)

幼い頃、義母に酸で顔を焼かれた公爵令嬢は、それでも愛してくれた王太子が冤罪で追放されたので、ついていくことにしました。
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
設定はゆるくなっています、気になる方は最初から読まないでください。
ウィンターレン公爵家令嬢ジェミーは、幼い頃に義母のアイラに酸で顔を焼かれてしまった。何とか命は助かったものの、とても社交界にデビューできるような顔ではなかった。だが不屈の精神力と仮面をつける事で、社交界にデビューを果たした。そんなジェミーを、心優しく人の本質を見抜ける王太子レオナルドが見初めた。王太子はジェミーを婚約者に選び、幸せな家庭を築くかに思われたが、王位を狙う邪悪な弟に冤罪を着せられ追放刑にされてしまった。

思い出してしまったのです
月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。
妹のルルだけが特別なのはどうして?
婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの?
でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。
愛されないのは当然です。
だって私は…。

公爵令嬢は運命の相手を間違える
あおくん
恋愛
エリーナ公爵令嬢は、幼い頃に決められた婚約者であるアルベルト王子殿下と仲睦まじく過ごしていた。
だが、学園へ通うようになるとアルベルト王子に一人の令嬢が近づくようになる。
アルベルト王子を誑し込もうとする令嬢と、そんな令嬢を許すアルベルト王子にエリーナは自分の心が離れていくのを感じた。
だがエリーナは既に次期王妃の座が確約している状態。
今更婚約を解消することなど出来るはずもなく、そんなエリーナは女に現を抜かすアルベルト王子の代わりに帝王学を学び始める。
そんなエリーナの前に一人の男性が現れた。
そんな感じのお話です。

悪役令嬢は処刑されないように家出しました。
克全
恋愛
「アルファポリス」と「小説家になろう」にも投稿しています。
サンディランズ公爵家令嬢ルシアは毎夜悪夢にうなされた。婚約者のダニエル王太子に裏切られて処刑される夢。実の兄ディビッドが聖女マルティナを愛するあまり、歓心を買うために自分を処刑する夢。兄の友人である次期左将軍マルティンや次期右将軍ディエゴまでが、聖女マルティナを巡って私を陥れて処刑する。どれほど努力し、どれほど正直に生き、どれほど関係を断とうとしても処刑されるのだ。
地味で器量の悪い公爵令嬢は政略結婚を拒んでいたのだが
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
心優しいエヴァンズ公爵家の長女アマーリエは自ら王太子との婚約を辞退した。幼馴染でもある王太子の「ブスの癖に図々しく何時までも婚約者の座にいるんじゃない、絶世の美女である妹に婚約者の座を譲れ」という雄弁な視線に耐えられなかったのだ。それにアマーリエにも自覚があった。自分が社交界で悪口陰口を言われるほどブスであることを。だから王太子との婚約を辞退してからは、壁の花に徹していた。エヴァンズ公爵家てもつながりが欲しい貴族家からの政略結婚の申し込みも断り続けていた。このまま静かに領地に籠って暮らしていこうと思っていた。それなのに、常勝無敗、騎士の中の騎士と称えられる王弟で大将軍でもあるアラステアから結婚を申し込まれたのだ。

希望通り婚約破棄したのになぜか元婚約者が言い寄って来ます
Karamimi
恋愛
侯爵令嬢ルーナは、婚約者で公爵令息エヴァンから、一方的に婚約破棄を告げられる。この1年、エヴァンに無視され続けていたルーナは、そんなエヴァンの申し出を素直に受け入れた。
傷つき疲れ果てたルーナだが、家族の支えで何とか気持ちを立て直し、エヴァンへの想いを断ち切り、親友エマの支えを受けながら、少しずつ前へと進もうとしていた。
そんな中、あれほどまでに冷たく一方的に婚約破棄を言い渡したはずのエヴァンが、復縁を迫って来たのだ。聞けばルーナを嫌っている公爵令嬢で王太子の婚約者、ナタリーに騙されたとの事。
自分を嫌い、暴言を吐くナタリーのいう事を鵜呑みにした事、さらに1年ものあいだ冷遇されていた事が、どうしても許せないルーナは、エヴァンを拒み続ける。
絶対にエヴァンとやり直すなんて無理だと思っていたルーナだったが、異常なまでにルーナに憎しみを抱くナタリーの毒牙が彼女を襲う。
次々にルーナに攻撃を仕掛けるナタリーに、エヴァンは…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる