25 / 79
25.何を優先すべきか、間違えることはない
しおりを挟む
狡猾で貪欲な女、それが王妃の印象だ。嫌悪を隠す必要もなく、敬う相手とも思わなかった。だから弟であるシモーニ公爵リベルトに注意する。王妃は絶対に何らかの手段で、ジェラルディーナに接触を試みると。まだ王妃を信じている純粋な姫に、使者と話をさせてはいけない。
言い聞かされた弟は半信半疑の様子だった。王妃には領地に戻る旨を説明し、彼女が納得したと思っているのだ。国の頂点に立つ国母である王妃が、無理やりジェラルディーナを連れ戻す危険など考えもしない。それが普通だ。最初から疑っていなければ、この悪意に気づくのは難しかった。
幼いジェラルディーナ姫を親元から引き離す話が出た時も注意した。しかしまだ根拠に乏しく、預けた後に監視しておかしな動きがあれば介入するつもりで、あれこれと宮廷内に手を回す。分家から数人の女性を選び、王宮へ侍女として送り込んだ。
王宮に勤める資格があるのは、親に貴族位を持つ者だ。次男や次女を中心に、跡取りではない子息令嬢から選んでもらった。数年がかりの任務だが、彼や彼女らは本家を守る重要性を理解している。
シモーニ公爵家はもうひとつの王家なのだから。絶対に血を絶やしてはならない。分家が己を犠牲にしても守る存在、この認識は分家共通の物だった。王宮内に入り込んだ侍女や侍従は、次々と情報を持ち帰った。その内容に当初は違和感を覚えなかったのだ。
対応が遅れた責任は、指揮を執った分家頭の自分だ。アロルドはそう考える。己を責めるのも、責任を取るのも事件が終わってからすること。今は本家の姫を守るために動き、己の持つ能力や肩書きを最大限に利用する。リベルトはまだ王妃を疑いきれていなかった。この状態で姫を渡したら、二度と救出できない。
「姫、林檎はいかがかな?」
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
丁寧に剥いた林檎を差し出す。侍女達のように飾り切りは出来ないが、ジェラルディーナは喜んでくれた。微笑む彼女の純粋さを穢されなかったことは、唯一の救いだろう。王妃も姫を傷つける気はなかった。だから我らが気づくのも遅れたのだ。
己の意のままになる人形のように、姫が王妃だけを味方と思い込むよう仕向けられている。その事実は、巻き込まれた現場に立つ当事者には見えないだろう。外にいて、冷静に判断するから理解できる。
王家を示す紋章を付けた馬に乗る使者が到着し、出ていこうとする姫を留めた。弟は公爵として謀略を退けた経験もある。姫の居場所を上手に隠したまま応対し始めた。親書を受け取り目を通し、帰るように促す。食い下がる使者は、おそらく姫に直接手紙を渡すよう命じられていたはず。
強固に拒むシモーニ公爵の対応に、諦めた様子で踵を返した。気の毒だが、彼は王妃に罰を与えられるだろう。それでも優先順位は本家だった。
父が受け取った親書を気にする姫に、リベルトは誤魔化して内容を答えなかった。その表情は政を行う時のもので、感情を上手に消している。
「早く領地に入ろう。今夜は屋敷でゆっくり眠れるぞ」
「楽しみですわ」
何も知らずに微笑む姫。それでいい。ジェラルディーナが汚い世界を目にする必要はないのだから。領地内に無事入った馬車を見た時、一番安心したのは俺かも知れない。アロルドは馬の上で、笑いだしたくなる衝動を耐えた。
言い聞かされた弟は半信半疑の様子だった。王妃には領地に戻る旨を説明し、彼女が納得したと思っているのだ。国の頂点に立つ国母である王妃が、無理やりジェラルディーナを連れ戻す危険など考えもしない。それが普通だ。最初から疑っていなければ、この悪意に気づくのは難しかった。
幼いジェラルディーナ姫を親元から引き離す話が出た時も注意した。しかしまだ根拠に乏しく、預けた後に監視しておかしな動きがあれば介入するつもりで、あれこれと宮廷内に手を回す。分家から数人の女性を選び、王宮へ侍女として送り込んだ。
王宮に勤める資格があるのは、親に貴族位を持つ者だ。次男や次女を中心に、跡取りではない子息令嬢から選んでもらった。数年がかりの任務だが、彼や彼女らは本家を守る重要性を理解している。
シモーニ公爵家はもうひとつの王家なのだから。絶対に血を絶やしてはならない。分家が己を犠牲にしても守る存在、この認識は分家共通の物だった。王宮内に入り込んだ侍女や侍従は、次々と情報を持ち帰った。その内容に当初は違和感を覚えなかったのだ。
対応が遅れた責任は、指揮を執った分家頭の自分だ。アロルドはそう考える。己を責めるのも、責任を取るのも事件が終わってからすること。今は本家の姫を守るために動き、己の持つ能力や肩書きを最大限に利用する。リベルトはまだ王妃を疑いきれていなかった。この状態で姫を渡したら、二度と救出できない。
「姫、林檎はいかがかな?」
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
丁寧に剥いた林檎を差し出す。侍女達のように飾り切りは出来ないが、ジェラルディーナは喜んでくれた。微笑む彼女の純粋さを穢されなかったことは、唯一の救いだろう。王妃も姫を傷つける気はなかった。だから我らが気づくのも遅れたのだ。
己の意のままになる人形のように、姫が王妃だけを味方と思い込むよう仕向けられている。その事実は、巻き込まれた現場に立つ当事者には見えないだろう。外にいて、冷静に判断するから理解できる。
王家を示す紋章を付けた馬に乗る使者が到着し、出ていこうとする姫を留めた。弟は公爵として謀略を退けた経験もある。姫の居場所を上手に隠したまま応対し始めた。親書を受け取り目を通し、帰るように促す。食い下がる使者は、おそらく姫に直接手紙を渡すよう命じられていたはず。
強固に拒むシモーニ公爵の対応に、諦めた様子で踵を返した。気の毒だが、彼は王妃に罰を与えられるだろう。それでも優先順位は本家だった。
父が受け取った親書を気にする姫に、リベルトは誤魔化して内容を答えなかった。その表情は政を行う時のもので、感情を上手に消している。
「早く領地に入ろう。今夜は屋敷でゆっくり眠れるぞ」
「楽しみですわ」
何も知らずに微笑む姫。それでいい。ジェラルディーナが汚い世界を目にする必要はないのだから。領地内に無事入った馬車を見た時、一番安心したのは俺かも知れない。アロルドは馬の上で、笑いだしたくなる衝動を耐えた。
165
お気に入りに追加
5,506
あなたにおすすめの小説

【完結】婚約者と養い親に不要といわれたので、幼馴染の側近と国を出ます
衿乃 光希
恋愛
卒業パーティーの最中、婚約者から突然婚約破棄を告げられたシェリーヌ。
婚約者の心を留めておけないような娘はいらないと、養父からも不要と言われる。
シェリーヌは16年過ごした国を出る。
生まれた時からの側近アランと一緒に・・・。
第18回恋愛小説大賞エントリーしましたので、第2部を執筆中です。
第2部祖国から手紙が届き、養父の体調がすぐれないことを知らされる。迷いながらも一時戻ってきたシェリーヌ。見舞った翌日、養父は天に召された。葬儀後、貴族の死去が相次いでいるという不穏な噂を耳にする。28日の更新で完結します。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
【完結】「君を愛することはない」と言われた公爵令嬢は思い出の夜を繰り返す
おのまとぺ
恋愛
「君を愛することはない!」
鳴り響く鐘の音の中で、三年の婚約期間の末に結ばれるはずだったマルクス様は高らかに宣言しました。隣には彼の義理の妹シシーがピッタリとくっついています。私は笑顔で「承知いたしました」と答え、ガラスの靴を脱ぎ捨てて、一目散に式場の扉へと走り出しました。
え?悲しくないのかですって?
そんなこと思うわけないじゃないですか。だって、私はこの三年間、一度たりとも彼を愛したことなどなかったのですから。私が本当に愛していたのはーーー
◇よくある婚約破棄
◇元サヤはないです
◇タグは増えたりします
◇薬物などの危険物が少し登場します

婚約者の態度が悪いので婚約破棄を申し出たら、えらいことになりました
神村 月子
恋愛
貴族令嬢アリスの婚約者は、毒舌家のラウル。
彼と会うたびに、冷たい言葉を投げつけられるし、自分よりも妹のソフィといるほうが楽しそうな様子を見て、アリスはとうとう心が折れてしまう。
「それならば、自分と妹が婚約者を変わればいいのよ」と思い付いたところから、えらいことになってしまうお話です。
登場人物たちの不可解な言動の裏に何があるのか、謎解き感覚でお付き合いください。
※当作品は、「小説家になろう」、「カクヨム」にも掲載しています

婚約破棄された公爵令嬢は本当はその王国にとってなくてはならない存在でしたけど、もう遅いです
神崎 ルナ
恋愛
ロザンナ・ブリオッシュ公爵令嬢は美形揃いの公爵家の中でも比較的地味な部類に入る。茶色の髪にこげ茶の瞳はおとなしめな外見に拍車をかけて見えた。そのせいか、婚約者のこのトレント王国の王太子クルクスル殿下には最初から塩対応されていた。
そんな折り、王太子に近付く女性がいるという。
アリサ・タンザイト子爵令嬢は、貴族令嬢とは思えないほどその親しみやすさで王太子の心を捕らえてしまったようなのだ。
仲がよさげな二人の様子を見たロザンナは少しばかり不安を感じたが。
(まさか、ね)
だが、その不安は的中し、ロザンナは王太子に婚約破棄を告げられてしまう。
――実は、婚約破棄され追放された地味な令嬢はとても重要な役目をになっていたのに。
(※誤字報告ありがとうございます)
不遇な王妃は国王の愛を望まない
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。
※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり(苦手な方はご注意下さい)。ハピエン🩷
※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲
地味で器量の悪い公爵令嬢は政略結婚を拒んでいたのだが
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
心優しいエヴァンズ公爵家の長女アマーリエは自ら王太子との婚約を辞退した。幼馴染でもある王太子の「ブスの癖に図々しく何時までも婚約者の座にいるんじゃない、絶世の美女である妹に婚約者の座を譲れ」という雄弁な視線に耐えられなかったのだ。それにアマーリエにも自覚があった。自分が社交界で悪口陰口を言われるほどブスであることを。だから王太子との婚約を辞退してからは、壁の花に徹していた。エヴァンズ公爵家てもつながりが欲しい貴族家からの政略結婚の申し込みも断り続けていた。このまま静かに領地に籠って暮らしていこうと思っていた。それなのに、常勝無敗、騎士の中の騎士と称えられる王弟で大将軍でもあるアラステアから結婚を申し込まれたのだ。
拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら
みおな
恋愛
子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。
公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。
クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。
クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。
「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」
「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」
「ファンティーヌが」
「ファンティーヌが」
だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。
「私のことはお気になさらず」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる