【完結】愛され公爵令嬢は穏やかに微笑む

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)

文字の大きさ
上 下
14 / 79

14.人知れず育てた狂気は肥大する

しおりを挟む
 可愛い可愛いジェラルディーナ――あなたは覚えていないでしょうね。私にとって、あなたは失った我が子の生まれ変わりなのよ。最初に身籠った子は、側妃に殺されてしまった。母である私が何としても守らなければならなかったのに。

 身籠って腹が目立ち始めた頃、王妃リーディアは側妃主催のお茶会に参加した。あの日は酷く暑くて、季節外れの好天に冷たいお茶へ手が伸びかけたほど。あの時腹を蹴飛ばして抗議した我が子に、苦笑いした王妃は木陰の席へ移動した。やや温くなるまで冷まして、お茶に口を付ける。

 お腹を冷やさないよう、冷たいお茶を避けて腹の上にショールを乗せた。口を付けた時に零してしまい、ハンカチで口元を拭う。初めての我が子、女でも男でもいい。ただ健康に生まれて欲しかった。きっと愛らしいはず、私の命と交換にしても産むわ。そう決意した王妃の想いをよそに、赤子の命は奪われてしまった。

 お茶会の翌日、奇妙な腹痛に襲われる。混乱する王妃を診察した医師が、青ざめた顔で流産を告げた。原因は何らかの刺激物を摂取したことと聞いて、心当たりはひとつしかない。側妃主催のお茶会だ。あの日出されたハーブティに何か入っていたのではないか?

 疑惑は疑惑でしかない。お茶はもうとっくに廃棄され……ハンカチは? 零れたお茶を拭ったハンカチを回収させた。結果は想像通り。リコリスが入っていたという。気管支の薬として使われるため入手が容易なハーブで、城内にも利用する者がいたらしい。

 入手経路を辿っても罪に問えない。この子はもう生きられず、私は我が子を守れなかった。胎内に残った我が子を、我が侭を言って一晩だけ抱き締めて眠る。乳を与えて育てたかった。生まれたら名を付けて……愛らしく笑う姿を見たかったのに。

 あの女が産んだ王子の地位の安泰のため、この子は殺されてしまった。愚かな母を許しておくれ。何度も謝りながら、胎内から出された遺体に名を付けた。月の名を持つ女の子として、ルナ――まだ人の形を成したばかりの小さな手を握り、何度も謝る。王妃の後悔は深く心を蝕んだ。

 その夜も、夫である国王アルバーノは側妃の寝室で過ごした。部屋から見える灯りを睨みつけた王妃は、心に固く誓う。あの二人の子ヴァレンテは必ず葬り去る。奪われた我が子の代わりが必要となり、嫌悪感を抑えて国王の子を宿した。

 産まれるまで細心の注意を払い、毒見役を何人も用意した。厳重に管理された妊娠期間を経て王妃が産んだ子は、男の子――望んだ通り王子だった。これで、あの女からすべて奪ってやれる。殺された姫の恨みを晴らし、第一王子を廃し、側妃を断罪しよう。そう決めた直後、ジェラルディーナの誕生を知った。

 王家の血を引く愛らしい姫の存在に、狂気を宿した王妃は頬を緩める。あの子が帰ってきてくれた。可愛い私の吾子が……ルナが戻ってきたのよ。

 一見すると異常がない王妃は、人知れず狂気を育てながら微笑む。今度こそ、あの子をとして迎え入れるのよ。誰より幸せにしてあげるわ。
しおりを挟む
感想 264

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約者と養い親に不要といわれたので、幼馴染の側近と国を出ます

衿乃 光希
恋愛
卒業パーティーの最中、婚約者から突然婚約破棄を告げられたシェリーヌ。 婚約者の心を留めておけないような娘はいらないと、養父からも不要と言われる。 シェリーヌは16年過ごした国を出る。 生まれた時からの側近アランと一緒に・・・。 第18回恋愛小説大賞エントリーしましたので、第2部を執筆中です。 第2部祖国から手紙が届き、養父の体調がすぐれないことを知らされる。迷いながらも一時戻ってきたシェリーヌ。見舞った翌日、養父は天に召された。葬儀後、貴族の死去が相次いでいるという不穏な噂を耳にする。28日の更新で完結します。

婚約破棄された公爵令嬢は本当はその王国にとってなくてはならない存在でしたけど、もう遅いです

神崎 ルナ
恋愛
ロザンナ・ブリオッシュ公爵令嬢は美形揃いの公爵家の中でも比較的地味な部類に入る。茶色の髪にこげ茶の瞳はおとなしめな外見に拍車をかけて見えた。そのせいか、婚約者のこのトレント王国の王太子クルクスル殿下には最初から塩対応されていた。 そんな折り、王太子に近付く女性がいるという。 アリサ・タンザイト子爵令嬢は、貴族令嬢とは思えないほどその親しみやすさで王太子の心を捕らえてしまったようなのだ。 仲がよさげな二人の様子を見たロザンナは少しばかり不安を感じたが。 (まさか、ね) だが、その不安は的中し、ロザンナは王太子に婚約破棄を告げられてしまう。 ――実は、婚約破棄され追放された地味な令嬢はとても重要な役目をになっていたのに。 (※誤字報告ありがとうございます)

思い出してしまったのです

月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。 妹のルルだけが特別なのはどうして? 婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの? でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。 愛されないのは当然です。 だって私は…。

幼い頃、義母に酸で顔を焼かれた公爵令嬢は、それでも愛してくれた王太子が冤罪で追放されたので、ついていくことにしました。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 設定はゆるくなっています、気になる方は最初から読まないでください。 ウィンターレン公爵家令嬢ジェミーは、幼い頃に義母のアイラに酸で顔を焼かれてしまった。何とか命は助かったものの、とても社交界にデビューできるような顔ではなかった。だが不屈の精神力と仮面をつける事で、社交界にデビューを果たした。そんなジェミーを、心優しく人の本質を見抜ける王太子レオナルドが見初めた。王太子はジェミーを婚約者に選び、幸せな家庭を築くかに思われたが、王位を狙う邪悪な弟に冤罪を着せられ追放刑にされてしまった。

婚約者の態度が悪いので婚約破棄を申し出たら、えらいことになりました

神村 月子
恋愛
 貴族令嬢アリスの婚約者は、毒舌家のラウル。  彼と会うたびに、冷たい言葉を投げつけられるし、自分よりも妹のソフィといるほうが楽しそうな様子を見て、アリスはとうとう心が折れてしまう。  「それならば、自分と妹が婚約者を変わればいいのよ」と思い付いたところから、えらいことになってしまうお話です。  登場人物たちの不可解な言動の裏に何があるのか、謎解き感覚でお付き合いください。   ※当作品は、「小説家になろう」、「カクヨム」にも掲載しています

公爵令嬢は運命の相手を間違える

あおくん
恋愛
エリーナ公爵令嬢は、幼い頃に決められた婚約者であるアルベルト王子殿下と仲睦まじく過ごしていた。 だが、学園へ通うようになるとアルベルト王子に一人の令嬢が近づくようになる。 アルベルト王子を誑し込もうとする令嬢と、そんな令嬢を許すアルベルト王子にエリーナは自分の心が離れていくのを感じた。 だがエリーナは既に次期王妃の座が確約している状態。 今更婚約を解消することなど出来るはずもなく、そんなエリーナは女に現を抜かすアルベルト王子の代わりに帝王学を学び始める。 そんなエリーナの前に一人の男性が現れた。 そんな感じのお話です。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

処理中です...