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75.私の選んだ旦那様
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裾を踏まないよう気をつけながら、祭壇まで進む。途中で手を離した騎士団長を置いて、私は一人で先へ足を踏み出した。考えてみたら、私が婚約者を探している話をした時、冗談めかして名乗りを上げた。あの時に気づいていても……何も変わらない。
私は政略結婚だと誤解した状態であっても、ルーカス様の手を取ったと思うから。だから、変に気持ちを残さないよう振る舞う。礼服の騎士団長に伴われた花嫁である私は、愛する花婿の元へゆったりと近づいた。頭の中でワルツのリズムを確認しながら、顔を上げて花道を歩いた。
右側は呼ばれた方々、左側は国王夫妻の後ろに親族、一番後ろに侍女や執事も並んでもらった。ハンナもそこにいるし、陛下の近くにはエルヴィ様達も見守っている。
進むたびに、並んだ人達との思い出が過った。小さな出来事も、日常の会話も、すべてが私を構成する一部だ。陛下や王妃様に会釈して、ついに階段へ足を掛けた。正面で待つルーカス様は、今日も麗しい。間違いなく花嫁の私より美しいと思う。
「リンネア」
柔らかく呼ぶ声が好き。差し出される手のごつごつした感じや、私より少し冷たい指も。何よりあなたを作るすべてのパーツが好きで、誰よりも愛しているわ。
自然と口元が緩んで笑みが浮かんだ。見上げるルーカス様の表情も穏やかだ。周辺国で容赦ない悪魔と呼ばれる、宰相閣下の面影はなかった。目の前にいるのは、私の夫になる人よ。宮廷占い師イーリスと子爵令嬢リンネアを、同時に愛してくれる人。
神父様の祝福を受け、愛を誓う。決まり文句が終わった直後、ルーカス様は「命が果てても手放さない」と付け足した。定型句では「死が二人を分つまで」なのだけれど、足りないのね。欲張りな彼に私は囁いた。私もよ、と。
触れるだけの口付けをして、さっと離れた。だって、人前でこれ以上は恥ずかしいわ。ヴェールが欲しいと思ったのは、本当に久しぶりだった。赤くなった顔を隠すのに、ぴったりなアイテムなのに。
「おめでとう、イーリス」
「リンネアと呼んであげて、あなた」
国王陛下のお祝いに、王妃様が笑いながら名を訂正する。もう一度お祝いの「おめでとう」をもらえたので、とても得した気分だった。
一人で歩いた花道を、今度は二人で逆に進む。扉の近くで剣を捧げて敬礼する騎士団長ソイニネン伯爵の前で、ルーカス様は足を止めた。
「祝いをくれ」
「散々もらったろ」
気安い会話の末尾に「おめでとう」を付け足した伯爵は、やや潤んだ目をしていた。ルーカス様は笑みを消し「遠慮なんてするからだ、このバカが」と呟いた。きっと周囲には聞こえないくらいの声で。受けた騎士団長は片眉をぐいと上げて、心外だと言わんばかりの表情を作った。
「彼女が俺を選んだら遠慮してねえよ」
その切り返しが、私の胸に突き刺さる。友情と恋愛、どちらも諦めない選択をした人と、片方を失っても見守る優しさを示した人。私が名前と同じように二人いたらよかったわ。
「ルーカス様」
促すために声をかけ、止まった足を動かす。教会を出て、用意されたテラスから街の人々に手を振った。領主の結婚式は公表され、必ず花嫁のお披露目が行われる。最後の大仕事ね、そう思って臨んだけれど……本当の大仕事は夜に待っている。私はそのことを失念していた。
私は政略結婚だと誤解した状態であっても、ルーカス様の手を取ったと思うから。だから、変に気持ちを残さないよう振る舞う。礼服の騎士団長に伴われた花嫁である私は、愛する花婿の元へゆったりと近づいた。頭の中でワルツのリズムを確認しながら、顔を上げて花道を歩いた。
右側は呼ばれた方々、左側は国王夫妻の後ろに親族、一番後ろに侍女や執事も並んでもらった。ハンナもそこにいるし、陛下の近くにはエルヴィ様達も見守っている。
進むたびに、並んだ人達との思い出が過った。小さな出来事も、日常の会話も、すべてが私を構成する一部だ。陛下や王妃様に会釈して、ついに階段へ足を掛けた。正面で待つルーカス様は、今日も麗しい。間違いなく花嫁の私より美しいと思う。
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柔らかく呼ぶ声が好き。差し出される手のごつごつした感じや、私より少し冷たい指も。何よりあなたを作るすべてのパーツが好きで、誰よりも愛しているわ。
自然と口元が緩んで笑みが浮かんだ。見上げるルーカス様の表情も穏やかだ。周辺国で容赦ない悪魔と呼ばれる、宰相閣下の面影はなかった。目の前にいるのは、私の夫になる人よ。宮廷占い師イーリスと子爵令嬢リンネアを、同時に愛してくれる人。
神父様の祝福を受け、愛を誓う。決まり文句が終わった直後、ルーカス様は「命が果てても手放さない」と付け足した。定型句では「死が二人を分つまで」なのだけれど、足りないのね。欲張りな彼に私は囁いた。私もよ、と。
触れるだけの口付けをして、さっと離れた。だって、人前でこれ以上は恥ずかしいわ。ヴェールが欲しいと思ったのは、本当に久しぶりだった。赤くなった顔を隠すのに、ぴったりなアイテムなのに。
「おめでとう、イーリス」
「リンネアと呼んであげて、あなた」
国王陛下のお祝いに、王妃様が笑いながら名を訂正する。もう一度お祝いの「おめでとう」をもらえたので、とても得した気分だった。
一人で歩いた花道を、今度は二人で逆に進む。扉の近くで剣を捧げて敬礼する騎士団長ソイニネン伯爵の前で、ルーカス様は足を止めた。
「祝いをくれ」
「散々もらったろ」
気安い会話の末尾に「おめでとう」を付け足した伯爵は、やや潤んだ目をしていた。ルーカス様は笑みを消し「遠慮なんてするからだ、このバカが」と呟いた。きっと周囲には聞こえないくらいの声で。受けた騎士団長は片眉をぐいと上げて、心外だと言わんばかりの表情を作った。
「彼女が俺を選んだら遠慮してねえよ」
その切り返しが、私の胸に突き刺さる。友情と恋愛、どちらも諦めない選択をした人と、片方を失っても見守る優しさを示した人。私が名前と同じように二人いたらよかったわ。
「ルーカス様」
促すために声をかけ、止まった足を動かす。教会を出て、用意されたテラスから街の人々に手を振った。領主の結婚式は公表され、必ず花嫁のお披露目が行われる。最後の大仕事ね、そう思って臨んだけれど……本当の大仕事は夜に待っている。私はそのことを失念していた。
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