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72.王家がなければ王国ではない

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 私の反応で答えを探った未来の夫は、現在、とてもご機嫌だった。尋ねるのが怖い気もするけれど、知らないのも不安だ。数回のチャレンジを経て、気合いを入れ直した私は微笑んだ。隣に座るルーカス様の手が、私の手を握る。

「ルーカス様、お仕事は順調でしたか?」

「ああ、問題ない」

 エルヴィ様が居られるからか、口が硬い。察したように、彼女はすっと立ち上がった。こういう気配りは、やっぱり王族教育の賜物かな。

「侯爵閣下、お借りしている客間に下がらせていただきます」

 にっこりと笑顔で挨拶して、ヘンリの手を取って一礼する。子爵の格に合わない、見事すぎるカーテシーを披露して。練習しても、あのレベルに到達できる自信がないわ。

 茶器の載ったワゴンを押し、ハンナが温室を出る。これで人払い状態になった。問いかける眼差しを受け止め、ルーカス様は当然のように距離を詰めた。

「あ、あの……近く、ないですか?」

「内緒の話だ。当然だろう?」

 逆に問い返され、そうかと頷く。機密事項だもの、万が一があってはいけない。自分からもいそいそと距離を詰めたら、驚いた顔をされた。首を傾げると、なんでもないと笑って引き寄せられる。

 耳元に唇を寄せて、美声が顛末を語り出した。これって拷問に近いわね。こんな声でご褒美をもらったら、機密でも何でも話しちゃいそう。顔もいいけれど、声もいいのは反則だ。

「結論から言うと、アベニウス王国は消滅した」

「しょ?!」

「しぃ。最後まで聞いて」

 慌てて物理的に口を塞ぎ、彼に頷く。アベニウス王国消滅は、物理的ではない。正確には王家の終了だろうか。ただ「アベニウス王国」という国は、もう存在しなかった。王がいないからだ。

「革命により国民主導で国を興し、国名は変更するらしい」

 王家の大半は処刑されたとか。物騒な話だけれど、他人事ではなかった。この国だって、国王様や宰相のルーカス様が舵取りを間違えれば、同じように革命が起きる可能性がある。

「以前から計画されていた叛逆は、大成功してね。もちろん我が国以外にも周辺国が、かなり支援をした」

 自国に飛び火しないよう注意しながらも、アベニウス王国の振る舞いに眉を顰めていた国々は協力体制を敷いた。四面楚歌……ふと浮かんだ言葉は正しいかも。

 詳細は私が知らなくてもいい。欲しいのは結果だった。王国が滅んだことで、王女だったエルヴィ様を狙う人は減る。もちろん私やルーカス様との政略結婚も、完全に消えた。第九王子とやらも、処刑対象なのだろうか。生死に関係なく、会う機会はないと思うけれど。

「これで邪魔者はすべて排除したな」

 にやりと笑う、その黒い笑顔が好き。憧れていた頃は知らなかった一面も、優しく私を気遣う所作も、すべてが「ルーカス・J・プルシアイネン」を構成する要素なのだから。私は全部ひっくるめて彼を好きになった。ずっと好きでいるだろう。

「結婚式、楽しみですね」

 満面の笑みで肩に寄りかかれば、ルーカス様は優しく引き寄せた。自然と顔が近づいて……あと少し。

「お嬢様!」

 ……ハンナ、わかってるわ。結婚式までお預けと言いたいんでしょう? あと数秒、間に合わなければよかったのに。
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