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64.今頃返せと言われましても

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 結婚式直前、やっぱり横槍が入った。相手はもちろん、隣国アベニウス王国だ。王女エヴェリーナをどこへやったと騒いでいる。その話を聞きながら、のんびりとした感想をもった。そういえばエルヴィ様のお名前はエヴェリーナ様だっけ。

「エヴェリーナ王女殿下は、もういらっしゃらないわよね」

「出せと言われても無理だな」

 にやりと笑うルーカス様に頷く。庭でお茶を楽しみながら、雑談に興じていた。目の前には話題のニュカネン女子爵がいる。その夫であるヘンリも一緒だった。

「アベニウス王国も、意味のわからない主張ばかりで困りますわね」

 すっかり我が国の貴族としての振る舞いで、エルヴィ様がおほほと笑った。二人ともすでに働いており、下級貴族の暮らしに馴染んでいる。領内の平民の子らに勉強を教えるエルヴィ様と、剣術を教えるヘンリは有名人だった。

 平民相手でも偉ぶらない。下級貴族だが、優しく教え方が上手だ。噂はあっという間に領内を駆け巡り、皆の目が行き届いた環境が完成した。この辺はさすが宰相閣下だ。ルーカス様の作戦勝ちだった。

 皆がいつも注目するため、何かあれば衛兵に連絡が入る。不審人物がいれば、彼女らから遠ざける。我が子に勉強や剣術を教えてくれる教師を奪われまい、と領民は自主的に護衛を始めた。他の領地から駆け落ちして一緒になった設定も、有効に活用している。

「結婚を嫌がって逃げたと伺いましたわ」

 当の本人が、無責任な王女様ですことと笑い飛ばした。彼女達の結婚式は、平民と同じように街の教会で行うことが決まった。エルヴィ様の希望で、ヘンリも同意している。受け入れて、これから一緒に暮らす民と喜びを分かち合いたいとか。

「ルーカス様、私達も街の教会……」

「国王ご夫妻が参列なさるのに、か?」

「あ、うん。そうだね」

 さすがに豪快なパン屋の奥さんも、王妃殿下と並ぶのは遠慮するよ。皆が遠巻きにするし、街の人の生活の邪魔になりそう。

「街でのお披露目は後日だ」

「あ、ありがとうございます!」

 ちゃんと考えている。そう付け足され、嬉しくて頬を崩した。目の前に差し出された焼き菓子を齧り、残りを彼の口に入れる。だって口を開けて待っているんだもの。食べたいなら先に食べたらいいのに。

 不思議に思う私に「仲がよろしいこと」とエルヴィ様が意味深に呟く。仲はいいですよ、喧嘩してませんから。こてりと首を傾げたら、ルーカス様はふわりと柔らかな表情になった。

 この顔、本当に好きだな。以前は憧れの方が強かったけれど、今は中身も含めて大好き。望まれて嫁ぐのは女の幸せと聞いるけれど、望んだお相手に嫁ぐのは最高の幸せだよね。

「ルーカス様、ずっと仲良くしましょうね」

「もちろんだ」

 宰相閣下の丁寧な口調じゃなくて、打ち解けた話し方が嬉しい。アベニウス王国が攻めてきても、ルーカス様なら退治してしまいそう。ふふっと笑って、差し出された焼き菓子をまた齧った。
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