44 / 100
44.もしかして笑われていたのは、私?
しおりを挟む
王宮の馬車寄せには、四台の馬車が待っていた。紋章を確認する。貴族の馬車には必ず紋章が描かれていた。彫刻だったり絵だったりするが、王家や公爵家は彫金の細工物を使ったりする。もちろん馬車にも格があるので、同じ紋章でも彫刻と絵の両方が存在したりするのだけれど。
薔薇の王冠を被った獅子は、王家を示す紋章だ。その馬車が二台、ひとつは彫刻で荷物が満載になっている。手前の馬車は彫金の細工がついた豪華な馬車で、外装は鏡代わりに使えそうなほど磨かれていた。その後ろに控えるのは、四分割された盾のフィールドに火、水、鳥、蔦が描かれている。
プルシアイネン侯爵家の紋章だった。世界を構成すると言われる四つの象徴が刻まれた盾は、王家を守り抜く決意の表れだとか。確か聞いたことがある。いつだっけな……。記憶が呼び覚まされていく。
あ! ルーカス様と初めてお会いした日だ。王宮に初の謁見で顔を出したあの日、王妃様のお庭へ案内してくれたルーカス様のカフスが、紋章だったのだ。会話がなくて、でも美人の声が聴きたくて、話しかけたきっかけが紋章だ。思い出してすっきりした。
王家の馬車は王女様、後ろは王女様の荷物。侯爵であるルーカス様の馬車が続いて……ああ、この最後の馬車に乗ればいいのね。納得してそちらへ向かう私の腰に、するりと逞しい腕が巻き付いた。
「どこへ行く」
「馬車に乗ろうかと……」
「こっちだ」
ルーカス様は当たり前のように、三番目の紋章入り馬車を示した。いやいやと遠慮することは許されず、押し込まれるように馬車に入る。いつも王家の馬車で送ってもらう私が言うのもあれだけど、高そうな馬車だった。ふかふかの絨毯とクッション、もちろん椅子も座り心地がよさそうだ。
うっとりと手を這わせて、布地の良さを確かめた。
「イーリス……いや、リンネア。そこは床だ」
「え? 知っていますよ」
当たり前じゃないですか、このふかふかは絨毯ですもの。何を指摘されたのかわからず、きょとんとして見上げた。後ろから乗り込もうとしたルーカス様が呻く。
「知っているならどいてくれ」
「お邪魔でしたのね」
すっと脇に避ける。額を押さえて「そうじゃない」と呟くルーカス様の後ろで、王妃様が体を折って震えていた。体調悪いのかしら。心配になった私を、ひょいっと抱き起して椅子に座らせる。ルーカス様の力業に、王妃様は崩れるように座り込んだ。
「お、王妃様が」
「心配ない」
あれは笑っているだけだ。ルーカス様がそう仰るなら間違いないと思いますが、本当に大丈夫なのかな。おろおろしている間に椅子に下ろされた。柔らかすぎて落ち着かない。そのまま合図を送り、馬車が走り出した。
見送る王妃様はようやく顔を上げ、手を振る……が、私の顔を見るなりまた俯せになった。なんだろう、もしかして笑われていたのって私? 変なことしたかしら。向かいのルーカス様は手元の書類を広げたものの、集中できない様子だった。
「さっきのことだが……」
「はい。あ、その前にお聞きしていいですか」
「なんだ?」
「これからどこへ行くんでしょう」
やっと聞けた。にっこり笑う私に、ルーカス様は黙り込む。その手から書類が落ち、拾って差し出す。受け取ったルーカス様は呟いた。
「まさか……聞いていなかったとは」
すみません。こういう女なんです、私。
薔薇の王冠を被った獅子は、王家を示す紋章だ。その馬車が二台、ひとつは彫刻で荷物が満載になっている。手前の馬車は彫金の細工がついた豪華な馬車で、外装は鏡代わりに使えそうなほど磨かれていた。その後ろに控えるのは、四分割された盾のフィールドに火、水、鳥、蔦が描かれている。
プルシアイネン侯爵家の紋章だった。世界を構成すると言われる四つの象徴が刻まれた盾は、王家を守り抜く決意の表れだとか。確か聞いたことがある。いつだっけな……。記憶が呼び覚まされていく。
あ! ルーカス様と初めてお会いした日だ。王宮に初の謁見で顔を出したあの日、王妃様のお庭へ案内してくれたルーカス様のカフスが、紋章だったのだ。会話がなくて、でも美人の声が聴きたくて、話しかけたきっかけが紋章だ。思い出してすっきりした。
王家の馬車は王女様、後ろは王女様の荷物。侯爵であるルーカス様の馬車が続いて……ああ、この最後の馬車に乗ればいいのね。納得してそちらへ向かう私の腰に、するりと逞しい腕が巻き付いた。
「どこへ行く」
「馬車に乗ろうかと……」
「こっちだ」
ルーカス様は当たり前のように、三番目の紋章入り馬車を示した。いやいやと遠慮することは許されず、押し込まれるように馬車に入る。いつも王家の馬車で送ってもらう私が言うのもあれだけど、高そうな馬車だった。ふかふかの絨毯とクッション、もちろん椅子も座り心地がよさそうだ。
うっとりと手を這わせて、布地の良さを確かめた。
「イーリス……いや、リンネア。そこは床だ」
「え? 知っていますよ」
当たり前じゃないですか、このふかふかは絨毯ですもの。何を指摘されたのかわからず、きょとんとして見上げた。後ろから乗り込もうとしたルーカス様が呻く。
「知っているならどいてくれ」
「お邪魔でしたのね」
すっと脇に避ける。額を押さえて「そうじゃない」と呟くルーカス様の後ろで、王妃様が体を折って震えていた。体調悪いのかしら。心配になった私を、ひょいっと抱き起して椅子に座らせる。ルーカス様の力業に、王妃様は崩れるように座り込んだ。
「お、王妃様が」
「心配ない」
あれは笑っているだけだ。ルーカス様がそう仰るなら間違いないと思いますが、本当に大丈夫なのかな。おろおろしている間に椅子に下ろされた。柔らかすぎて落ち着かない。そのまま合図を送り、馬車が走り出した。
見送る王妃様はようやく顔を上げ、手を振る……が、私の顔を見るなりまた俯せになった。なんだろう、もしかして笑われていたのって私? 変なことしたかしら。向かいのルーカス様は手元の書類を広げたものの、集中できない様子だった。
「さっきのことだが……」
「はい。あ、その前にお聞きしていいですか」
「なんだ?」
「これからどこへ行くんでしょう」
やっと聞けた。にっこり笑う私に、ルーカス様は黙り込む。その手から書類が落ち、拾って差し出す。受け取ったルーカス様は呟いた。
「まさか……聞いていなかったとは」
すみません。こういう女なんです、私。
13
お気に入りに追加
232
あなたにおすすめの小説
疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!
ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。
退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた!
私を陥れようとする兄から逃れ、
不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。
逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋?
異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。
この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?
神の子扱いされている優しい義兄に気を遣ってたら、なんか執着されていました
下菊みこと
恋愛
突然通り魔に殺されたと思ったら望んでもないのに記憶を持ったまま転生してしまう主人公。転生したは良いが見目が怪しいと実親に捨てられて、代わりにその怪しい見た目から宗教の教徒を名乗る人たちに拾ってもらう。
そこには自分と同い年で、神の子と崇められる兄がいた。
自分ははっきりと神の子なんかじゃないと拒否したので助かったが、兄は大人たちの期待に応えようと頑張っている。
そんな兄に気を遣っていたら、いつのまにやらかなり溺愛、執着されていたお話。
小説家になろう様でも投稿しています。
勝手ながら、タイトルとあらすじなんか違うなと思ってちょっと変えました。
溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。
私は逃げます
恵葉
恋愛
ブラック企業で社畜なんてやっていたら、23歳で血反吐を吐いて、死んじゃった…と思ったら、異世界へ転生してしまったOLです。
そしてこれまたありがちな、貴族令嬢として転生してしまったのですが、運命から…ではなく、文字通り物理的に逃げます。
貴族のあれやこれやなんて、構っていられません!
今度こそ好きなように生きます!
婚約者に冤罪をかけられ島流しされたのでスローライフを楽しみます!
ユウ
恋愛
侯爵令嬢であるアーデルハイドは妹を苛めた罪により婚約者に捨てられ流罪にされた。
全ては仕組まれたことだったが、幼少期からお姫様のように愛された妹のことしか耳を貸さない母に、母に言いなりだった父に弁解することもなかった。
言われるがまま島流しの刑を受けるも、その先は隣国の南の島だった。
食料が豊作で誰の目を気にすることなく自由に過ごせる島はまさにパラダイス。
アーデルハイドは家族の事も国も忘れて悠々自適な生活を送る中、一人の少年に出会う。
その一方でアーデルハイドを追い出し本当のお姫様になったつもりでいたアイシャは、真面な淑女教育を受けてこなかったので、社交界で四面楚歌になってしまう。
幸せのはずが不幸のドン底に落ちたアイシャは姉の不幸を願いながら南国に向かうが…
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
愛など初めからありませんが。
ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。
お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。
「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」
「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」
「……何を言っている?」
仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに?
✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる