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44.もしかして笑われていたのは、私?

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 王宮の馬車寄せには、四台の馬車が待っていた。紋章を確認する。貴族の馬車には必ず紋章が描かれていた。彫刻だったり絵だったりするが、王家や公爵家は彫金の細工物を使ったりする。もちろん馬車にも格があるので、同じ紋章でも彫刻と絵の両方が存在したりするのだけれど。

 薔薇の王冠を被った獅子は、王家を示す紋章だ。その馬車が二台、ひとつは彫刻で荷物が満載になっている。手前の馬車は彫金の細工がついた豪華な馬車で、外装は鏡代わりに使えそうなほど磨かれていた。その後ろに控えるのは、四分割された盾のフィールドに火、水、鳥、蔦が描かれている。

 プルシアイネン侯爵家の紋章だった。世界を構成すると言われる四つの象徴が刻まれた盾は、王家を守り抜く決意の表れだとか。確か聞いたことがある。いつだっけな……。記憶が呼び覚まされていく。

 あ! ルーカス様と初めてお会いした日だ。王宮に初の謁見で顔を出したあの日、王妃様のお庭へ案内してくれたルーカス様のカフスが、紋章だったのだ。会話がなくて、でも美人の声が聴きたくて、話しかけたきっかけが紋章だ。思い出してすっきりした。

 王家の馬車は王女様、後ろは王女様の荷物。侯爵であるルーカス様の馬車が続いて……ああ、この最後の馬車に乗ればいいのね。納得してそちらへ向かう私の腰に、するりと逞しい腕が巻き付いた。

「どこへ行く」

「馬車に乗ろうかと……」

「こっちだ」

 ルーカス様は当たり前のように、三番目の紋章入り馬車を示した。いやいやと遠慮することは許されず、押し込まれるように馬車に入る。いつも王家の馬車で送ってもらう私が言うのもあれだけど、高そうな馬車だった。ふかふかの絨毯とクッション、もちろん椅子も座り心地がよさそうだ。

 うっとりと手を這わせて、布地の良さを確かめた。

「イーリス……いや、リンネア。そこは床だ」

「え? 知っていますよ」

 当たり前じゃないですか、このふかふかは絨毯ですもの。何を指摘されたのかわからず、きょとんとして見上げた。後ろから乗り込もうとしたルーカス様が呻く。

「知っているならどいてくれ」

「お邪魔でしたのね」

 すっと脇に避ける。額を押さえて「そうじゃない」と呟くルーカス様の後ろで、王妃様が体を折って震えていた。体調悪いのかしら。心配になった私を、ひょいっと抱き起して椅子に座らせる。ルーカス様の力業に、王妃様は崩れるように座り込んだ。

「お、王妃様が」

「心配ない」

 あれは笑っているだけだ。ルーカス様がそう仰るなら間違いないと思いますが、本当に大丈夫なのかな。おろおろしている間に椅子に下ろされた。柔らかすぎて落ち着かない。そのまま合図を送り、馬車が走り出した。

 見送る王妃様はようやく顔を上げ、手を振る……が、私の顔を見るなりまた俯せになった。なんだろう、もしかして笑われていたのって私? 変なことしたかしら。向かいのルーカス様は手元の書類を広げたものの、集中できない様子だった。

「さっきのことだが……」

「はい。あ、その前にお聞きしていいですか」

「なんだ?」

「これからどこへ行くんでしょう」

 やっと聞けた。にっこり笑う私に、ルーカス様は黙り込む。その手から書類が落ち、拾って差し出す。受け取ったルーカス様は呟いた。

「まさか……聞いていなかったとは」

 すみません。こういう女なんです、私。
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