21 / 82
21.早く大きくなれ(ベルSIDE)
しおりを挟む
あれはわざとなのか。煽っているのか? 完全な無自覚だとしたら……それはそれで恐ろしい。
魔族の誰もが恐れ敬い距離を置いた。ウェパルだけだったのだ。恐れずに笑いかけ、ベル様と幼い声で愛称を呼び、俺の気持ちを揺らした。
向こうの世界で魔王の一人に数えられ、実力者として名を馳せた。その俺が、生まれて五十年の若いドラゴンに翻弄されるとは……。グッと堪えて蹲る。暴発しないだけ褒めてほしい。
ウェパルはまだ幼子だ。長寿の竜種においても、成長が遅い部類に入るだろう。俺を呼び出してこの世界に固定した。考えてみれば、それ自体がおかしい。強者が弱者を召喚するのはわかるが、逆はあり得ない。世界の法則に反していた。
他の世界同士を繋ぐ召喚など、俺でも難しいだろう。自分を助けてくれる者を選び、その声を届けて招く。複雑な手順を、ウェパルが行えるとは思えなかった。まだ何も知らない赤子のような子なのだ。
「ベル様、こっちも」
蜂蜜を舐め終わったと訴えるウェパルは、次の箱が気になるらしい。だが俺は彼を抱き上げた。やはり……鱗がベタベタしている。
「先に体を洗おう」
「冷たいお水で?」
尋ねられて気付いた。そうか、ウェパルは水竜ではない。父親と同じ火竜でもないが、両方とも耐性があると聞いた。ならば風呂を沸かしてやろう。
「いいや、温かいお湯だ」
「お湯……」
不思議そうな顔をする。準備をする間、詳しく聞いた。マグマの中を泳いだことはあるらしい。冷たい氷水も泳いだそうだが、やはり平気だったと。祖父のラウムによれば、全属性を持っているようだ。明らかに変異種だった。
成長が遅くても末っ子という先入観が手伝い、誰も気にしていない。ウェパルは恵まれているな。
湧水に近い一角の土を盛り上げて焼き固め、そこへ水を流し込む。熱を流し入れて、一瞬で沸かした。沸騰した湯に、ウェパルは尻尾の先を入れる。止める間もない行動に、安全だとわかっていてもドキッとした。幼子は突拍子もない行動をすると聞いたが、確かにこれは心臓に悪い。
ぐるぐると回し、ウェパルはにっこり笑った。
「あったかい!」
「入るか?」
「うん!」
足からゆっくり入れて、手を離せば沈んでしまう。沸騰は止まったが、熱い湯の中でウェパルは瞬いた。ぱちんと指を鳴らして服を脱ぎ、俺も中に入った。温度は問題ない。ウェパルを引っ張り上げ、膝の上に座らせる。
「ぷはっ、お湯って気持ちいいね」
まったく恐怖を感じていない。怖いもの知らずで片付けていいものか。迷うところではあるが、こんな姿も愛らしい。丁寧に鱗のべたつきを落とし、しっかり温まった。
「ベル様、箱開け……あふっ」
温まって眠くなったらしい。子どもは、何かと変化が多くて忙しい生き物だ。ウェパルの体に温風を吹きかけ、乾かしてから寝床へ運んだ。上手にできたと胸を張る姿が可愛くて、当初予定したベッドを設置しなかった。
柔らかな干し草の上に敷いた絨毯に寝かせると、くるりと丸くなる。風呂はそのままでいい、俺も休むか。
魔王の肩書きを得た日から、常に忙しくしてきた。この世界に来てのんびり過ごしているが、こんなのも悪くない。いや、ウェパルがいなかった日々と比べられなかった。
「早く大きくなってくれ」
ぽんぽんと背中を叩けば、ウェパルの手足が緩む。俺に腹を押しつけ、がっちりしがみ付いた。この愛らしいドラゴンが、いつか俺の妻になる。出来たら、成長するまで俺が我慢できるように……これ以上煽らないでくれ。返答なのか、ウェパルはへらりと笑った。
魔族の誰もが恐れ敬い距離を置いた。ウェパルだけだったのだ。恐れずに笑いかけ、ベル様と幼い声で愛称を呼び、俺の気持ちを揺らした。
向こうの世界で魔王の一人に数えられ、実力者として名を馳せた。その俺が、生まれて五十年の若いドラゴンに翻弄されるとは……。グッと堪えて蹲る。暴発しないだけ褒めてほしい。
ウェパルはまだ幼子だ。長寿の竜種においても、成長が遅い部類に入るだろう。俺を呼び出してこの世界に固定した。考えてみれば、それ自体がおかしい。強者が弱者を召喚するのはわかるが、逆はあり得ない。世界の法則に反していた。
他の世界同士を繋ぐ召喚など、俺でも難しいだろう。自分を助けてくれる者を選び、その声を届けて招く。複雑な手順を、ウェパルが行えるとは思えなかった。まだ何も知らない赤子のような子なのだ。
「ベル様、こっちも」
蜂蜜を舐め終わったと訴えるウェパルは、次の箱が気になるらしい。だが俺は彼を抱き上げた。やはり……鱗がベタベタしている。
「先に体を洗おう」
「冷たいお水で?」
尋ねられて気付いた。そうか、ウェパルは水竜ではない。父親と同じ火竜でもないが、両方とも耐性があると聞いた。ならば風呂を沸かしてやろう。
「いいや、温かいお湯だ」
「お湯……」
不思議そうな顔をする。準備をする間、詳しく聞いた。マグマの中を泳いだことはあるらしい。冷たい氷水も泳いだそうだが、やはり平気だったと。祖父のラウムによれば、全属性を持っているようだ。明らかに変異種だった。
成長が遅くても末っ子という先入観が手伝い、誰も気にしていない。ウェパルは恵まれているな。
湧水に近い一角の土を盛り上げて焼き固め、そこへ水を流し込む。熱を流し入れて、一瞬で沸かした。沸騰した湯に、ウェパルは尻尾の先を入れる。止める間もない行動に、安全だとわかっていてもドキッとした。幼子は突拍子もない行動をすると聞いたが、確かにこれは心臓に悪い。
ぐるぐると回し、ウェパルはにっこり笑った。
「あったかい!」
「入るか?」
「うん!」
足からゆっくり入れて、手を離せば沈んでしまう。沸騰は止まったが、熱い湯の中でウェパルは瞬いた。ぱちんと指を鳴らして服を脱ぎ、俺も中に入った。温度は問題ない。ウェパルを引っ張り上げ、膝の上に座らせる。
「ぷはっ、お湯って気持ちいいね」
まったく恐怖を感じていない。怖いもの知らずで片付けていいものか。迷うところではあるが、こんな姿も愛らしい。丁寧に鱗のべたつきを落とし、しっかり温まった。
「ベル様、箱開け……あふっ」
温まって眠くなったらしい。子どもは、何かと変化が多くて忙しい生き物だ。ウェパルの体に温風を吹きかけ、乾かしてから寝床へ運んだ。上手にできたと胸を張る姿が可愛くて、当初予定したベッドを設置しなかった。
柔らかな干し草の上に敷いた絨毯に寝かせると、くるりと丸くなる。風呂はそのままでいい、俺も休むか。
魔王の肩書きを得た日から、常に忙しくしてきた。この世界に来てのんびり過ごしているが、こんなのも悪くない。いや、ウェパルがいなかった日々と比べられなかった。
「早く大きくなってくれ」
ぽんぽんと背中を叩けば、ウェパルの手足が緩む。俺に腹を押しつけ、がっちりしがみ付いた。この愛らしいドラゴンが、いつか俺の妻になる。出来たら、成長するまで俺が我慢できるように……これ以上煽らないでくれ。返答なのか、ウェパルはへらりと笑った。
21
お気に入りに追加
475
あなたにおすすめの小説
目覚めたそこはBLゲームの中だった。
慎
BL
ーーパッパー!!
キキーッ! …ドンッ!!
鳴り響くトラックのクラクションと闇夜を一点だけ照らすヘッドライト‥
身体が曲線を描いて宙に浮く…
全ての景色がスローモーションで… 全身を襲う痛みと共に訪れた闇は変に心地よくて、目を開けたらそこは――‥
『ぇ゙ッ・・・ ここ、どこ!?』
異世界だった。
否、
腐女子だった姉ちゃんが愛用していた『ファンタジア王国と精霊の愛し子』とかいう… なんとも最悪なことに乙女ゲームは乙女ゲームでも… BLゲームの世界だった。
嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!
棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。
ブレスレットが運んできたもの
mahiro
BL
第一王子が15歳を迎える日、お祝いとは別に未来の妃を探すことを目的としたパーティーが開催することが発表された。
そのパーティーには身分関係なく未婚である女性や歳の近い女性全員に招待状が配られたのだという。
血の繋がりはないが訳あって一緒に住むことになった妹ーーーミシェルも例外ではなく招待されていた。
これまた俺ーーーアレットとは血の繋がりのない兄ーーーベルナールは妹大好きなだけあって大いに喜んでいたのだと思う。
俺はといえば会場のウェイターが足りないため人材募集が貼り出されていたので応募してみたらたまたま通った。
そして迎えた当日、グラスを片付けるため会場から出た所、廊下のすみに光輝く何かを発見し………?
平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。
しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。
基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。
一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。
それでも宜しければどうぞ。
【完結】うたかたの夢
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
BL
ホストとして生計を立てるサリエルは、女を手玉に取る高嶺の花。どれだけ金を積まれても、美女として名高い女性相手であろうと落ちないことで有名だった。冷たく残酷な男は、ある夜1人の青年と再会を果たす。運命の歯車が軋んだ音で回り始めた。
ホスト×拾われた青年、R-15表現あり、BL、残酷描写・流血あり
※印は性的表現あり
【重複投稿】エブリスタ、アルファポリス、小説家になろう
全33話、2019/11/27完
今夜のご飯も一緒に食べよう~ある日突然やってきたヒゲの熊男はまさかのスパダリでした~
松本尚生
BL
瞬は失恋して職と住み処を失い、小さなワンルームから弁当屋のバイトに通っている。
ある日瞬が帰ると、「誠~~~!」と背後からヒゲの熊男が襲いかかる。「誠って誰!?」上がりこんだ熊は大量の食材を持っていた。瞬は困り果てながら調理する。瞬が「『誠さん』って恋人?」と尋ねると、彼はふふっと笑って瞬を抱きしめ――。
恋なんてコリゴリの瞬と、正体不明のスパダリ熊男=伸幸のお部屋グルメの顛末。
伸幸の持ちこむ謎の食材と、それらをテキパキとさばいていく瞬のかけ合いもお楽しみください。
【完結】ここで会ったが、十年目。
N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化)
我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。
(追記5/14 : お互いぶん回してますね。)
Special thanks
illustration by おのつく 様
X(旧Twitter) @__oc_t
※ご都合主義です。あしからず。
※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。
※◎は視点が変わります。
【完結】浮薄な文官は嘘をつく
七咲陸
BL
『薄幸文官志望は嘘をつく』 続編。
イヴ=スタームは王立騎士団の経理部の文官であった。
父に「スターム家再興のため、カシミール=グランティーノに近づき、篭絡し、金を引き出せ」と命令を受ける。
イヴはスターム家特有の治癒の力を使って、頭痛に悩んでいたカシミールに近づくことに成功してしまう。
カシミールに、「どうして俺の治癒をするのか教えてくれ」と言われ、焦ったイヴは『カシミールを好きだから』と嘘をついてしまった。
そう、これは───
浮薄で、浅はかな文官が、嘘をついたせいで全てを失った物語。
□『薄幸文官志望は嘘をつく』を読まなくても出来る限り大丈夫なようにしています。
□全17話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる