上 下
41 / 48

41.竜王による魔王緊急招集

しおりを挟む
「バアル! ゲーデでもいい! 大至急ここへ来い」

 世界中に響き渡る心話で呼び出され、二人は顔を見合わせた。魔王城の一部を、勇者対策バージョンに改築中だ。竜王陛下のお呼び出しとあれば、そんな作業は後回しだった。魔王城の部下達に「後を任せる」と言い残して転移する。

 洞窟の入り口で深呼吸した。中には大量のドラゴンの気配があり、そこへ転移する勇気はない。歩いてこそこそと入った。

「失礼します」

「お呼びと伺い参上いたしました」

 低姿勢で竜王アクラシエルの前に立つ。腰に手を当てて偉そうに立つ……殻付きの幼体。鱗と殻が銀色なので、かろうじて「竜王様なんだな」と判断された。やはり威厳は皆無だった。

「これは……偽物なのか?」

 両手にべっとりと焦茶色の液体を付けたアクラシエルに問われ、二人は顔を見合わせた。近付くと匂いが強くなる。甘ったるい香りは間違いなく、チョコレートだった。

「ナベルスの術を解いたら、この通りだ」

 怒っているのかもしれないが、なんとも迫力に欠ける。それでも神妙な顔を作り、バアルが先に口を開いた。

「恐れながら……チョコレートは熱に弱いのです。以前、アザゼル様の洞窟でも溶けてしまったのですが」

 覚えておられないのですか? 問われて、アザゼルは「ああ、そういえば」と頷く。すっかり忘れていたらしい。足に殻を付けた主君を抱き寄せているのは、慰めていたのか。アクラシエルは驚いた顔で、両手のチョコレートの残骸を眺めた。

「溶けるのか」

「はい。おそらくナベルス様の氷から出したこと、この部屋が暖かいことが原因です」

 ゲーデも丁寧に説明する。心臓に悪いので、こんな呼び出しはしないでほしい、遠回しに付け加えた。そこまで聞いて、アクラシエルはにっこり笑った。幼竜姿なので、なんとも愛らしい。

 ただ洞窟に充満した甘い香りは、ちょっと辛い。風を操り、換気を始めるドラゴンが現れた。外のやや冷えた風が掠めると、一度溶けたチョコの表面が固まる。

「おお! 元に戻るぞ」

 これなら食べられると喜ぶアクラシエルは、ゲーデが止めるより早く口に入れた。それから微妙な味に、なんとも言えない表情を見せる。泣きそうな、悲しそうな……。

「凍らせたり溶かしたりを繰り返したチョコレートは、美味しくありません。冷やしたならそのまま召し上がる方がよろしいかと」

 進言するゲーデに「物知りだな」と褒めるアクラシエルは、アザゼルの抱っこから抜け出そうともがく。が諦めて頼んだ。

「外でチョコレートが食べたい」

「承知いたしました、我が君。何でも私にお申し付けください」

 満面の笑みで抱き上げ、母竜のように甲斐甲斐しく竜王の面倒を見るアザゼル。暖かな洞窟を出て、外でナベルスにチョコレートを出すよう指示した。並べられた氷をゆっくり溶かし、チョコレートが外気に触れる手前で止める。

 熱の調整が得意な火竜らしい繊細な作業だった。まだうっすら氷に包まれたチョコレートを、爪で突き刺してアクラシエルへ差し出す。

「さあ、アクラシエル様。あーん」

 真っ赤な顔で「屈辱だ」と言いながらも、素直に口を開く竜王。それを見守るドラゴンのほのぼのした光景……。

「何を見せられているんだと思う?」

「ゲーデ様、お口を閉じてください」

 魔王とその側近は、チョコレートの甘さに目を細めて身悶える竜王を見守る。ここから逃げ出す術はなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

【第一部完結】魔王暗殺から始まった僕の異世界生活は、思ってたよりブラックでした

水母すい
ファンタジー
 やりたいことがない空っぽの高校生の僕がトラックに轢かれて転移したのは、なんと魔王城だった。  貴重な役職の《暗殺者》である僕はチートスキルを駆使して、魔王を倒して囚われの姫を救い出すことに。  ⋯⋯ただし使えるのは短剣一本。  英雄なのに英雄になれない、そんな報われない僕の異世界生活は魔王討伐から始まる── ・一話の分量にバラつきがありますが気分の問題なのでご容赦を⋯⋯ 【第一部完結】 第二部以降も時間とネタができ次第執筆するつもりでいます。

【完結】魔王を殺された黒竜は勇者を許さない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
幼い竜は何もかも奪われた。勇者を名乗る人族に、ただ一人の肉親である父を殺される。慈しみ大切にしてくれた魔王も……すべてを奪われた黒竜は次の魔王となった。神の名づけにより力を得た彼は、魔族を従えて人間への復讐を始める。奪われた痛みを乗り越えるために。 だが、人族にも魔族を攻撃した理由があった。滅ぼされた村や町、殺された家族、奪われる数多の命。復讐は連鎖する。 互いの譲れない正義と復讐がぶつかり合う世界で、神は何を望み、幼竜に力と名を与えたのか。復讐を終えるとき、ガブリエルは何を思うだろうか。 ハッピーエンド 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/03/02……完結 2023/12/21……エブリスタ、トレンド#ファンタジー 1位 2023/12/20……アルファポリス、男性向けHOT 20位 2023/12/19……連載開始

【完結】異世界で小料理屋さんを自由気ままに営業する〜おっかなびっくり魔物ジビエ料理の数々〜

櫛田こころ
ファンタジー
料理人の人生を絶たれた。 和食料理人である女性の秋吉宏香(あきよしひろか)は、ひき逃げ事故に遭ったのだ。 命には関わらなかったが、生き甲斐となっていた料理人にとって大事な利き腕の神経が切れてしまい、不随までの重傷を負う。 さすがに勤め先を続けるわけにもいかず、辞めて公園で途方に暮れていると……女神に請われ、異世界転移をすることに。 腕の障害をリセットされたため、新たな料理人としての人生をスタートさせようとした時に、尾が二又に別れた猫が……ジビエに似た魔物を狩っていたところに遭遇。 料理人としての再スタートの機会を得た女性と、猟りの腕前はプロ級の猫又ぽい魔物との飯テロスローライフが始まる!! おっかなびっくり料理の小料理屋さんの料理を召し上がれ?

異世界に召喚されたが勇者ではなかったために放り出された夫婦は拾った赤ちゃんを守り育てる。そして3人の孤児を弟子にする。

お小遣い月3万
ファンタジー
 異世界に召喚された夫婦。だけど2人は勇者の資質を持っていなかった。ステータス画面を出現させることはできなかったのだ。ステータス画面が出現できない2人はレベルが上がらなかった。  夫の淳は初級魔法は使えるけど、それ以上の魔法は使えなかった。  妻の美子は魔法すら使えなかった。だけど、のちにユニークスキルを持っていることがわかる。彼女が作った料理を食べるとHPが回復するというユニークスキルである。  勇者になれなかった夫婦は城から放り出され、見知らぬ土地である異世界で暮らし始めた。  ある日、妻は川に洗濯に、夫はゴブリンの討伐に森に出かけた。  夫は竹のような植物が光っているのを見つける。光の正体を確認するために植物を切ると、そこに現れたのは赤ちゃんだった。  夫婦は赤ちゃんを育てることになった。赤ちゃんは女の子だった。  その子を大切に育てる。  女の子が5歳の時に、彼女がステータス画面を発現させることができるのに気づいてしまう。  2人は王様に子どもが奪われないようにステータス画面が発現することを隠した。  だけど子どもはどんどんと強くなって行く。    大切な我が子が魔王討伐に向かうまでの物語。世界で一番大切なモノを守るために夫婦は奮闘する。世界で一番愛しているモノの幸せのために夫婦は奮闘する。

異世界あるある 転生物語  たった一つのスキルで無双する!え?【土魔法】じゃなくって【土】スキル?

よっしぃ
ファンタジー
農民が土魔法を使って何が悪い?異世界あるある?前世の謎知識で無双する! 土砂 剛史(どしゃ つよし)24歳、独身。自宅のパソコンでネットをしていた所、突然轟音がしたと思うと窓が破壊され何かがぶつかってきた。 自宅付近で高所作業車が電線付近を作業中、トラックが高所作業車に突っ込み運悪く剛史の部屋に高所作業車のアームの先端がぶつかり、そのまま窓から剛史に一直線。 『あ、やべ!』 そして・・・・ 【あれ?ここは何処だ?】 気が付けば真っ白な世界。 気を失ったのか?だがなんか聞こえた気がしたんだが何だったんだ? ・・・・ ・・・ ・・ ・ 【ふう・・・・何とか間に合ったか。たった一つのスキルか・・・・しかもあ奴の元の名からすれば土関連になりそうじゃが。済まぬが異世界あるあるのチートはない。】 こうして剛史は新た生を異世界で受けた。 そして何も思い出す事なく10歳に。 そしてこの世界は10歳でスキルを確認する。 スキルによって一生が決まるからだ。 最低1、最高でも10。平均すると概ね5。 そんな中剛史はたった1しかスキルがなかった。 しかも土木魔法と揶揄される【土魔法】のみ、と思い込んでいたが【土魔法】ですらない【土】スキルと言う謎スキルだった。 そんな中頑張って開拓を手伝っていたらどうやら領主の意に添わなかったようで ゴウツク領主によって領地を追放されてしまう。 追放先でも土魔法は土木魔法とバカにされる。 だがここで剛史は前世の記憶を徐々に取り戻す。 『土魔法を土木魔法ってバカにすんなよ?異世界あるあるな前世の謎知識で無双する!』 不屈の精神で土魔法を極めていく剛史。 そしてそんな剛史に同じような境遇の人々が集い、やがて大きなうねりとなってこの世界を席巻していく。 その中には同じく一つスキルしか得られず、公爵家や侯爵家を追放された令嬢も。 前世の記憶を活用しつつ、やがて土木魔法と揶揄されていた土魔法を世界一のスキルに押し上げていく。 但し剛史のスキルは【土魔法】ですらない【土】スキル。 転生時にチートはなかったと思われたが、努力の末にチートと言われるほどスキルを活用していく事になる。 これは所持スキルの少なさから世間から見放された人々が集い、ギルド『ワンチャンス』を結成、努力の末に世界一と言われる事となる物語・・・・だよな? 何故か追放された公爵令嬢や他の貴族の令嬢が集まってくるんだが? 俺は農家の4男だぞ?

貞操逆転世界の温泉で、三助やることに成りました

峯松めだか(旧かぐつち)
ファンタジー
貞操逆転で1/100な異世界に迷い込みました 不意に迷い込んだ貞操逆転世界、男女比は1/100、色々違うけど、それなりに楽しくやらせていただきます。 カクヨムで11万文字ほど書けたので、こちらにも置かせていただきます。 ストック切れるまでは毎日投稿予定です ジャンルは割と謎、現実では無いから異世界だけど、剣と魔法では無いし、現代と言うにも若干微妙、恋愛と言うには雑音多め? デストピア文学ぽくも見えるしと言う感じに、ラブコメっぽいという事で良いですか?

【完結】獅子の威を借る子猫は爪を研ぐ

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
 魔族の住むゲヘナ国の幼女エウリュアレは、魔力もほぼゼロの無能な皇帝だった。だが彼女が持つ価値は、唯一無二のもの。故に強者が集まり、彼女を守り支える。揺らぐことのない玉座の上で、幼女は最弱でありながら一番愛される存在だった。 「私ね、皆を守りたいの」  幼い彼女の望みは優しく柔らかく、他国を含む世界を包んでいく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2022/06/20……完結 2022/02/14……小説家になろう ハイファンタジー日間 81位 2022/02/14……アルファポリスHOT 62位 2022/02/14……連載開始

処理中です...