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25.残された宿題をベレトに押し付ける
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近づく人族の存在に、アザゼルはすぐ気づいた。だが、相手がモーリスであるため、黙って動かない。危害を加えることはないだろう。我が子を取り返しにきただけなのだ。
そっとシエルを抱き上げ、眠ったままの幼子を己の外套に包む。抜き足差し足、離れていく人族を見送った。アザゼルは、主君の言葉を思い返す。きちんと父親に引き渡したし、魂が抜けないよう二重リボンで縛った。
あとは……確か、母親だった人族の女性レイラの治癒でしたか? そちらはベレトに任せましょう。アザゼルはぐるぐると喉を鳴らしながら、大切な卵を抱きしめた。数日は絶対に動かせない。中が安定したら、霊力が卵を保護するため、簡単に割れなくなるのだ。
このまま、ここで時間を潰しましょう。尻尾を引き寄せて鼻先を突っ込もうとしたところで、嫌な臭いに気づいた。山火事の際の煙だ。のそりと振り返った先は、炎が押し寄せていた。
人族が火を放ったのか、焚き火が飛び火したのか。どちらにしろ、火竜であるアザゼルには関係ない。ふんと鼻を鳴らして、丸くなった。
「死ねっ、ドラゴン!」
「邪竜め、滅びよ」
口々に好き勝手な言葉を吐く人族が襲いかかるも、その刃は鱗に阻まれる。火山の溶岩に耐える黒鱗が、多少尖らせた程度の金属を通すはずがなかった。
「うるさいですね」
集る虫を払う感覚で尻尾を振る。だが立ち上がって応戦はしない。卵を狙われる可能性があった。ベレト達はのんびりし過ぎなのでは? イラっとして尻尾を大きく叩きつけた。
「遅れた、悪い」
「まったくです」
ベレトがふわりと舞い降りる。一匹でも大変なのに二匹に増えた。人族は大騒ぎになった。幼子はすでに救出しているのだから、逃げ帰ればいいものを。なぜか手柄に固執して剣を叩きつける。
「邪魔なので、処分してください。ああ、我が君にバレないようにお願いします」
「うわっ、難易度高いな」
ベレトはうーんと唸る。この時点で卵の中で眠るアクラシエルに、どのくらい情報が伝わっているのか。悲鳴が聞こえないうちに潰せば、間に合うかもしれない。そうだ、それにしよう。
一瞬でベレトは最悪の手法を選んだ。ナベルスなら凍らせて終わりだが、地竜であるベレトは地を割った。ドラゴンへ挑む偉業に夢中の人族は、大地に飲まれる。大量の兵士が飲まれたが、馬はほぼ無事だった。
「うまく行った!」
馬だけに……そんなツッコミがよぎるが、アザゼルは口を噤む。絶対にベレトは喜ぶだろうから。そう思って飲み込んだ言葉を、当の本人が口に出す。
「馬だけに! 大成功!!」
自画自賛するベレトは、のそりとアザゼルに近づいた。丸まった中央に大切に保管された卵を眺め、うっとり目を細める。舐めようとして、アザゼルの尻尾に横っ面を叩かれた。
「安定期に入る前です。触れないでください」
「アザゼルは触れているじゃないか」
「当たり前です、私が孵すのですから」
いや、孵らないだろ。勝手に母竜の気分を味わう火竜に、文句を言おうとして仕事を押し付けられた。アクラシエルの器であった幼子の母親を治癒させる。
「それが終わる頃には、安定期に入ります」
触れさせてあげますよ。にやりと笑うアザゼルに、ベレトはやれやれと首を横に振った。これは逆らわない方がいい。本能に近い部分でそう判断し、彼は鳥に姿を変えて飛び去った。
「我が君、大切にします」
ベレトを止めたくせに、自分はべろりと表面を舐める。アザゼルは嬉しそうに笑った。
そっとシエルを抱き上げ、眠ったままの幼子を己の外套に包む。抜き足差し足、離れていく人族を見送った。アザゼルは、主君の言葉を思い返す。きちんと父親に引き渡したし、魂が抜けないよう二重リボンで縛った。
あとは……確か、母親だった人族の女性レイラの治癒でしたか? そちらはベレトに任せましょう。アザゼルはぐるぐると喉を鳴らしながら、大切な卵を抱きしめた。数日は絶対に動かせない。中が安定したら、霊力が卵を保護するため、簡単に割れなくなるのだ。
このまま、ここで時間を潰しましょう。尻尾を引き寄せて鼻先を突っ込もうとしたところで、嫌な臭いに気づいた。山火事の際の煙だ。のそりと振り返った先は、炎が押し寄せていた。
人族が火を放ったのか、焚き火が飛び火したのか。どちらにしろ、火竜であるアザゼルには関係ない。ふんと鼻を鳴らして、丸くなった。
「死ねっ、ドラゴン!」
「邪竜め、滅びよ」
口々に好き勝手な言葉を吐く人族が襲いかかるも、その刃は鱗に阻まれる。火山の溶岩に耐える黒鱗が、多少尖らせた程度の金属を通すはずがなかった。
「うるさいですね」
集る虫を払う感覚で尻尾を振る。だが立ち上がって応戦はしない。卵を狙われる可能性があった。ベレト達はのんびりし過ぎなのでは? イラっとして尻尾を大きく叩きつけた。
「遅れた、悪い」
「まったくです」
ベレトがふわりと舞い降りる。一匹でも大変なのに二匹に増えた。人族は大騒ぎになった。幼子はすでに救出しているのだから、逃げ帰ればいいものを。なぜか手柄に固執して剣を叩きつける。
「邪魔なので、処分してください。ああ、我が君にバレないようにお願いします」
「うわっ、難易度高いな」
ベレトはうーんと唸る。この時点で卵の中で眠るアクラシエルに、どのくらい情報が伝わっているのか。悲鳴が聞こえないうちに潰せば、間に合うかもしれない。そうだ、それにしよう。
一瞬でベレトは最悪の手法を選んだ。ナベルスなら凍らせて終わりだが、地竜であるベレトは地を割った。ドラゴンへ挑む偉業に夢中の人族は、大地に飲まれる。大量の兵士が飲まれたが、馬はほぼ無事だった。
「うまく行った!」
馬だけに……そんなツッコミがよぎるが、アザゼルは口を噤む。絶対にベレトは喜ぶだろうから。そう思って飲み込んだ言葉を、当の本人が口に出す。
「馬だけに! 大成功!!」
自画自賛するベレトは、のそりとアザゼルに近づいた。丸まった中央に大切に保管された卵を眺め、うっとり目を細める。舐めようとして、アザゼルの尻尾に横っ面を叩かれた。
「安定期に入る前です。触れないでください」
「アザゼルは触れているじゃないか」
「当たり前です、私が孵すのですから」
いや、孵らないだろ。勝手に母竜の気分を味わう火竜に、文句を言おうとして仕事を押し付けられた。アクラシエルの器であった幼子の母親を治癒させる。
「それが終わる頃には、安定期に入ります」
触れさせてあげますよ。にやりと笑うアザゼルに、ベレトはやれやれと首を横に振った。これは逆らわない方がいい。本能に近い部分でそう判断し、彼は鳥に姿を変えて飛び去った。
「我が君、大切にします」
ベレトを止めたくせに、自分はべろりと表面を舐める。アザゼルは嬉しそうに笑った。
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