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22.チョコレートではなく器だった

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 遠近法を無視した大きさ、立派な尻尾、肌に艶々と残る鱗……どう見ても人外だ。その姿のまま屋根を壊して侵入したら……当然、護衛の騎士や侍従などの使用人が立ちはだかる。

 どすんと音を立てて飛び降りたアザゼルは、目を爛々と輝かせて近づいた。幼い頃、よくこうやって飛びついて来たっけ。懐かしく思いながら、心話で話しかける。

『アザゼル、待て』

『待てません! せっかく運んだコレが腐ります』

 大きな包みは、チョコレートか? あんな大きさのチョコレート、この幼い体では食べきれん。勿体ない。元の姿に戻れば、一口なのだが。

 うずうずしながら数歩歩くと、母レイラに後ろから抱きしめられた。

「ダメよ、危険だわ」

 椅子からずり落ちた彼女を、父モーリスが抱き起こす。一緒に後ろへ引き摺られた直後、アザゼルが動いた。ぴょんと人族の上を飛び越え、着地で数人を踏み潰す。なんとも運の悪い人だ。治癒が使えたら、お詫びに治すのだが。

 うぬぅと唸るシエルの体を抱き上げ、アザゼルは包みごと守るように前屈みになった。部屋の壁を突き破り、そのまま走り去る。きょとんとしている間に、抱っこされたアクラシエルは連れ出された。

 人族には到底追いつけないスピードで走る養い子の腕を、ぽんぽんと叩く。

「なんですか?」

 器用に尻尾を揺らし、息も切らさずアザゼルは首を傾げた。その間もぐんぐん街から離れていく。

「この体を返さねばならん。あまり遠くへ行くな」

「ですが、すでに魂は限界と思われますよ」

「殺すのはダメだ」

 きっぱり言い切られ、アザゼルは速度を緩めた。それでも人族が追いつける速さではない。森の中に飛び込むと、ようやく足を止めた。鋭い爪で傷つけないよう、丁寧に下される。抱っこの時も折れた腕を内側に抱えてくれたので、かなり助かった。

 その点はきちんと礼を伝える。アクラシエルを見下ろす身長差が気になり、アザゼルは尻をつけて座った。視線を合わせようと無理に屈む。

「それくらいなら、俺の下を持ち上げたほうが楽だぞ」

 自分は霊力を使えないので、地面を指差した。指示を出されたアザゼルは頷き、台座を作る。地面を持ち上げるだけでいいのに、なぜか玉座のような椅子を作られた。

 素直に座った幼子の前に、鱗つき巨人が膝をつく。何とも不思議な光景だった。目撃者が森の動物くらいしかいなかったのが、幸いである。

「我が君、こちらをどうぞ。待望の器にございます」

「器」

 繰り返すアクラシエルは、ここでようやく包みの中身に気づいた。チョコレートではない。そういえば、甘い香りは一度もしなかった。半分ガッカリしながらも、竜の体を取り戻すのが優先だ。溜め息を呑み込んだ。

「誰の卵だ?」

「ビアトリスです」

 ドラゴンの中で一番年若い女性だ。今年で三千歳くらいか。人族に換算して十歳前後の少女だった。

「三千歳で卵は早いだろう。誰だ? 不埒な真似をしたのは……」

 軽く首を捻ってやろう。そんな不快さを滲ませた竜王へ、アザゼルは淡々と告げた。

「無精卵です」

「……つまり、アレか」

「そうです。おめでたいアレです」

 竜族には「アレ」で通じる。体が子を身籠る準備が出来た証拠に、無精卵を産む。それは数回繰り返され、やがて体は成熟していくのだ。早熟に分類される早さだが、ビアトリスの周囲には数万年を生きた大人ばかり。大人になろうと急いだ結果だろう。

「早すぎる気もしますが、正直、助かりました」

「ああ、後できちんとお礼をしよう」

 捧げられた無精卵は、アザゼルが温め続けていた。ほんのり温かい卵を、アクラシエルは両手で抱きしめる。じわりと霊力で包み、ゆっくりと魂を流していく。神聖な瞬間だ。竜王が生まれ直すための、大切な儀式だった。

 人族の気配が近づくのを感じ、アザゼルは同族を呼び寄せる。ここで邪魔されるわけにいかない。緊急の呼び出しは、竜族全体に届いた。ベレトとナベルス以外の竜も反応し、大地は鳴動する。ドラゴン達は一斉に動き出した。
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