3 / 48
03.目覚めたら憑依していたが
しおりを挟む
死んだら生まれ直すものだと思っていた。当然、卵からだろう、と。
「……まさか、憑依するとは」
竜王アクラシエルは、困惑顔で周囲を見回す。谷底らしい。両側は切り立った崖、馬や人の死骸が転がっていた。上から落下したのか。
自らの手足を確認すれば、人族か魔族の幼子のようだ。馬と比較しても小さかった。困ったと溜め息をつき、アクラシエルはゆっくり身を起こす。手は無事だが、足は明らかにおかしな方角に曲がっていた。立てずに転がる。
強さの欠片も感じられぬ体だが、霊力は無事だ。人族や魔族は「魔力」と表現するが、神力も霊力も元を正せば、ただのエネルギーだった。使用する者がそれっぽい名前をつけるだけ。竜族は霊力と称してきた。魂に紐づく力なので、消滅しないかぎり体が変わろうと使用可能だ。
じわりと霊力を巡らせれば、痛みが止まった。治癒させるには大きな力を動かす必要がある。しかし、この小さな体には毒だろう。そういえば、本来の魂はどこへ行ったのか。もし弾き出してしまったなら、回収しなくては。
きょろきょろと周囲を探せば、壊れて瓦礫になった木材を見つけた。元の形を推測するに、おそらく馬車だろう。人族が移動によく使う乗り物だ。その瓦礫の中へ、細い魂の尾が繋がっていた。辿りながら歩くが、折れて曲がった足では不自由だ。
「許せよ」
多少変質してしまうが、動けないよりマシと思ってくれ。体の持ち主に謝罪し、強引に霊力を巡らせる。ぶわっと大きな力が流れ、足は青紫の痣が残るものの、元の形に戻った。歩いて馬車に近づき、指先でひょいっと瓦礫をどかす。
霊力を使うたび、非力な体は悲鳴を上げた。あまり使わぬ方がいいが、使わねば瓦礫の一つもどけられない。ぎりぎりを見極めながら、アクラシエルは壊れた馬車に隙間を作った。中を覗くと……顔立ちの整った女性が血塗れで倒れている。魂はぎりぎり繋がっており、心配そうに漂う幼子の魂が寄り添っていた。
このままなら二人とも死んでしまう。迷ったのは一瞬だけ。アクラシエルは霊力で、細い魂の尾を引き寄せる。体から離れないよう縛りつけた。本来は禁忌に属する術だが、まあ、緊急事態なので仕方ない。何しろ、首を落とされてしまったからな。
自分でそう呟き、からりと笑う。と、上から声が聞こえた。
「シエル! レイラ!」
男性の声だ。反応する魂の状態を見て、倒れている女性がレイラで、この体がシエルだと判断した。母と子の乗る馬車が落ちたのなら、上の声は父親か。漂う不安げな幼子シエルを引き寄せ、体に固定する。ひとつの体に二つの魂は負荷が大きいが、霊力で器を作って安定させよう。
アクラシエルが試行錯誤する間に、降りられる場所を見つけたらしい声が近づいてきた。人の足音や気配は十人ほどか。
「っ! 無事か? ああ、痛かっただろう、怖かっただろう。もう大丈夫だ、お父様が来たぞ」
涙声で抱きしめる腕に身を任せる。生きていることを確かめると、すぐに馬車に近づいた。覗き込むのを躊躇うのは、それだけ馬車の破損が激しいからだ。シエルの父親に、アクラシエルは声をかけた。
「生きて、る」
魂を繋いだから、生きている。そう伝えようとしたのに、言葉が制限された。面倒だな、女神との盟約の一部が作用している。人族が知る必要のない情報に関しては、発言が制限されてしまうようだ。
短くなった言葉をそのまま捉え、慌てた父親は瓦礫を慎重に退ける。下から現れた傷だらけの妻を抱き寄せ、何度も「レイラ」と名を呼ぶ。応えて指先が動くのを確認し、周囲は慌ただしくなった。シエルの体も騎士らしき男性に抱えられ、レイラは急拵えのベッドを担架にして運ばれる。
アザゼルを呼ぶのはもう少し後にしよう。この幼子が安全な場所に移ったら、体を返して生まれ変わればいい。お人好しの竜王は、のんびりとそう考えた。何しろ、魂が滅びるまで数千万年の寿命があるのだから。急ぐ必要は感じなかった。
「……まさか、憑依するとは」
竜王アクラシエルは、困惑顔で周囲を見回す。谷底らしい。両側は切り立った崖、馬や人の死骸が転がっていた。上から落下したのか。
自らの手足を確認すれば、人族か魔族の幼子のようだ。馬と比較しても小さかった。困ったと溜め息をつき、アクラシエルはゆっくり身を起こす。手は無事だが、足は明らかにおかしな方角に曲がっていた。立てずに転がる。
強さの欠片も感じられぬ体だが、霊力は無事だ。人族や魔族は「魔力」と表現するが、神力も霊力も元を正せば、ただのエネルギーだった。使用する者がそれっぽい名前をつけるだけ。竜族は霊力と称してきた。魂に紐づく力なので、消滅しないかぎり体が変わろうと使用可能だ。
じわりと霊力を巡らせれば、痛みが止まった。治癒させるには大きな力を動かす必要がある。しかし、この小さな体には毒だろう。そういえば、本来の魂はどこへ行ったのか。もし弾き出してしまったなら、回収しなくては。
きょろきょろと周囲を探せば、壊れて瓦礫になった木材を見つけた。元の形を推測するに、おそらく馬車だろう。人族が移動によく使う乗り物だ。その瓦礫の中へ、細い魂の尾が繋がっていた。辿りながら歩くが、折れて曲がった足では不自由だ。
「許せよ」
多少変質してしまうが、動けないよりマシと思ってくれ。体の持ち主に謝罪し、強引に霊力を巡らせる。ぶわっと大きな力が流れ、足は青紫の痣が残るものの、元の形に戻った。歩いて馬車に近づき、指先でひょいっと瓦礫をどかす。
霊力を使うたび、非力な体は悲鳴を上げた。あまり使わぬ方がいいが、使わねば瓦礫の一つもどけられない。ぎりぎりを見極めながら、アクラシエルは壊れた馬車に隙間を作った。中を覗くと……顔立ちの整った女性が血塗れで倒れている。魂はぎりぎり繋がっており、心配そうに漂う幼子の魂が寄り添っていた。
このままなら二人とも死んでしまう。迷ったのは一瞬だけ。アクラシエルは霊力で、細い魂の尾を引き寄せる。体から離れないよう縛りつけた。本来は禁忌に属する術だが、まあ、緊急事態なので仕方ない。何しろ、首を落とされてしまったからな。
自分でそう呟き、からりと笑う。と、上から声が聞こえた。
「シエル! レイラ!」
男性の声だ。反応する魂の状態を見て、倒れている女性がレイラで、この体がシエルだと判断した。母と子の乗る馬車が落ちたのなら、上の声は父親か。漂う不安げな幼子シエルを引き寄せ、体に固定する。ひとつの体に二つの魂は負荷が大きいが、霊力で器を作って安定させよう。
アクラシエルが試行錯誤する間に、降りられる場所を見つけたらしい声が近づいてきた。人の足音や気配は十人ほどか。
「っ! 無事か? ああ、痛かっただろう、怖かっただろう。もう大丈夫だ、お父様が来たぞ」
涙声で抱きしめる腕に身を任せる。生きていることを確かめると、すぐに馬車に近づいた。覗き込むのを躊躇うのは、それだけ馬車の破損が激しいからだ。シエルの父親に、アクラシエルは声をかけた。
「生きて、る」
魂を繋いだから、生きている。そう伝えようとしたのに、言葉が制限された。面倒だな、女神との盟約の一部が作用している。人族が知る必要のない情報に関しては、発言が制限されてしまうようだ。
短くなった言葉をそのまま捉え、慌てた父親は瓦礫を慎重に退ける。下から現れた傷だらけの妻を抱き寄せ、何度も「レイラ」と名を呼ぶ。応えて指先が動くのを確認し、周囲は慌ただしくなった。シエルの体も騎士らしき男性に抱えられ、レイラは急拵えのベッドを担架にして運ばれる。
アザゼルを呼ぶのはもう少し後にしよう。この幼子が安全な場所に移ったら、体を返して生まれ変わればいい。お人好しの竜王は、のんびりとそう考えた。何しろ、魂が滅びるまで数千万年の寿命があるのだから。急ぐ必要は感じなかった。
29
お気に入りに追加
450
あなたにおすすめの小説
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?
はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、
強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。
母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、
その少年に、突然の困難が立ちはだかる。
理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。
一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。
それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。
そんな少年の物語。

異世界に召喚されたが勇者ではなかったために放り出された夫婦は拾った赤ちゃんを守り育てる。そして3人の孤児を弟子にする。
お小遣い月3万
ファンタジー
異世界に召喚された夫婦。だけど2人は勇者の資質を持っていなかった。ステータス画面を出現させることはできなかったのだ。ステータス画面が出現できない2人はレベルが上がらなかった。
夫の淳は初級魔法は使えるけど、それ以上の魔法は使えなかった。
妻の美子は魔法すら使えなかった。だけど、のちにユニークスキルを持っていることがわかる。彼女が作った料理を食べるとHPが回復するというユニークスキルである。
勇者になれなかった夫婦は城から放り出され、見知らぬ土地である異世界で暮らし始めた。
ある日、妻は川に洗濯に、夫はゴブリンの討伐に森に出かけた。
夫は竹のような植物が光っているのを見つける。光の正体を確認するために植物を切ると、そこに現れたのは赤ちゃんだった。
夫婦は赤ちゃんを育てることになった。赤ちゃんは女の子だった。
その子を大切に育てる。
女の子が5歳の時に、彼女がステータス画面を発現させることができるのに気づいてしまう。
2人は王様に子どもが奪われないようにステータス画面が発現することを隠した。
だけど子どもはどんどんと強くなって行く。
大切な我が子が魔王討伐に向かうまでの物語。世界で一番大切なモノを守るために夫婦は奮闘する。世界で一番愛しているモノの幸せのために夫婦は奮闘する。

はずれスキル『本日一粒万倍日』で金も魔法も作物もなんでも一万倍 ~はぐれサラリーマンのスキル頼みな異世界満喫日記~
緋色優希
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて異世界へやってきたサラリーマン麦野一穂(むぎのかずほ)。得たスキルは屑(ランクレス)スキルの『本日一粒万倍日』。あまりの内容に爆笑され、同じように召喚に巻き込まれてきた連中にも馬鹿にされ、一人だけ何一つ持たされず荒城にそのまま置き去りにされた。ある物と言えば、水の樽といくらかの焼き締めパン。どうする事もできずに途方に暮れたが、スキルを唱えたら水樽が一万個に増えてしまった。また城で見つけた、たった一枚の銀貨も、なんと銀貨一万枚になった。どうやら、あれこれと一万倍にしてくれる不思議なスキルらしい。こんな世界で王様の助けもなく、たった一人どうやって生きたらいいのか。だが開き直った彼は『住めば都』とばかりに、スキル頼みでこの異世界での生活を思いっきり楽しむ事に決めたのだった。

おっさんなのに異世界召喚されたらしいので適当に生きてみることにした
高鉢 健太
ファンタジー
ふと気づけば見知らぬ石造りの建物の中に居た。どうやら召喚によって異世界転移させられたらしかった。
ラノベでよくある展開に、俺は呆れたね。
もし、あと20年早ければ喜んだかもしれん。だが、アラフォーだぞ?こんなおっさんを召喚させて何をやらせる気だ。
とは思ったが、召喚した連中は俺に生贄の美少女を差し出してくれるらしいじゃないか、その役得を存分に味わいながら異世界の冒険を楽しんでやろう!
解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る
早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」
解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。
そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。
彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。
(1話2500字程度、1章まで完結保証です)
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる