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72.優しい色をした未来を求めて
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閉じ込められた塔で、訪れる男達に黙って従う。若いうちはいいが、いずれ処分されるのだろう。諦め半分だった聖女アイシラは、塔の一部が崩れるのを見た。
がらがらと瓦礫が音を立てて落下し、上から光が差し込む。女神の神託など興味がない。ただ……救いが訪れたのだと察した。それは神という曖昧な存在ではなく、実体を持つ強い生き物だ。鮮やかな赤い鱗の竜が、その立派な尻尾を振るった。
王宮の塔が崩れ、神殿の塔も同様に壊される。アイシラは満面の笑みで、圧倒的な破壊者を歓迎した。
「早く、ここも壊して! 私を解放してちょうだい」
願いを聞き届けたかのように、竜の尾が塔を叩き、爪が引き倒した。傾いた塔の中で、アイシラは涙を流す。やっと自由になれる。もう死んでも許されるのだ。自殺を禁じる神殿の掟も関係なかった。落ちてきた瓦礫が左半身を潰す。痛みに顔を顰めたところへ、棚が倒れ、滑る形で地面に落下した。
勇者一行を癒し、戦いの場で治癒能力を発揮し続けた聖女は、ここで終わり。旅をしていた頃を懐かしむ余裕がないまま、消費された聖女……いや、一人の少女の人生は幕を下ろした。
黒竜ガブリエルが嘆く寂しい光景は、すべて森に飲み込まれた。様々な人の嘆きや痛みを飲み込んで、木々は風に枝葉を揺らす。一度焼き払われた大地は、そこで失われた命を糧に芽吹いた。緑に覆われる森は、魔族が振り撒いた魔力の影響を受け、通常より早く成長して実を付ける。
かつて人族によって奪われた領地を取り戻し、主不在となった世界の半分は森になる。魔神に告げられた通り、魔族が住まうのは半分だけ。残りは大地の望むまま、豊かな実りを動物に与える空白地となった。
「オレの復讐が終わってしまった」
魔王として民を守り、率いて、奪われた地を取り戻す。そう誓ったガブリエルは、目的を失ったと俯いた。その視界に小さなピンク色が滑り込む。遊んでほしいと訴えるシュトリは、寝転がって腹を見せた。
「そうだったな、お前がいた……シュトリ」
大切な魔王と父竜を奪われ、何も掴めなかった手は、小さな命を拾い上げた。魔族の寿命や成長速度はまちまちだが、成人するまで責任を持つのが養親の義務だ。
「きゅ!」
その通り! 同意するように鳴いた幼子を手で掬い、顔を近づけた。ぺたりと触れるピンクの手は、吸い付くように鱗に馴染む。何も恐れず笑うシュトリがペロリと鱗を舐めた。
「くーん」
鼻を鳴らして両手でしがみ付くシュトリに、心が傾いていく。ナベルス様も、同じように思ったのだろうか。父竜について魔王城へ顔を出したオレが、両手を伸ばして抱っこをせがんだ時。あの人もオレを愛おしいと、守りたいと思ってくれたのだ。
ガブリエルの大きな目が潤み、一粒の涙を落とす。それを両手で抱えるように受けたシュトリが、濡れたと訴えた。その仕草に笑って、舐めてやれば塩の味がした。
魔王の座を誰かに譲ろう。新しい世界に相応しい者を探して、地位を譲ったらシュトリと二人でのんびり暮らす。たまに側近だった彼らと顔を合わせ、一緒に食事をしてもいい。思い描く数年後の未来は、擽ったいほど優しい色をしていた。
がらがらと瓦礫が音を立てて落下し、上から光が差し込む。女神の神託など興味がない。ただ……救いが訪れたのだと察した。それは神という曖昧な存在ではなく、実体を持つ強い生き物だ。鮮やかな赤い鱗の竜が、その立派な尻尾を振るった。
王宮の塔が崩れ、神殿の塔も同様に壊される。アイシラは満面の笑みで、圧倒的な破壊者を歓迎した。
「早く、ここも壊して! 私を解放してちょうだい」
願いを聞き届けたかのように、竜の尾が塔を叩き、爪が引き倒した。傾いた塔の中で、アイシラは涙を流す。やっと自由になれる。もう死んでも許されるのだ。自殺を禁じる神殿の掟も関係なかった。落ちてきた瓦礫が左半身を潰す。痛みに顔を顰めたところへ、棚が倒れ、滑る形で地面に落下した。
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黒竜ガブリエルが嘆く寂しい光景は、すべて森に飲み込まれた。様々な人の嘆きや痛みを飲み込んで、木々は風に枝葉を揺らす。一度焼き払われた大地は、そこで失われた命を糧に芽吹いた。緑に覆われる森は、魔族が振り撒いた魔力の影響を受け、通常より早く成長して実を付ける。
かつて人族によって奪われた領地を取り戻し、主不在となった世界の半分は森になる。魔神に告げられた通り、魔族が住まうのは半分だけ。残りは大地の望むまま、豊かな実りを動物に与える空白地となった。
「オレの復讐が終わってしまった」
魔王として民を守り、率いて、奪われた地を取り戻す。そう誓ったガブリエルは、目的を失ったと俯いた。その視界に小さなピンク色が滑り込む。遊んでほしいと訴えるシュトリは、寝転がって腹を見せた。
「そうだったな、お前がいた……シュトリ」
大切な魔王と父竜を奪われ、何も掴めなかった手は、小さな命を拾い上げた。魔族の寿命や成長速度はまちまちだが、成人するまで責任を持つのが養親の義務だ。
「きゅ!」
その通り! 同意するように鳴いた幼子を手で掬い、顔を近づけた。ぺたりと触れるピンクの手は、吸い付くように鱗に馴染む。何も恐れず笑うシュトリがペロリと鱗を舐めた。
「くーん」
鼻を鳴らして両手でしがみ付くシュトリに、心が傾いていく。ナベルス様も、同じように思ったのだろうか。父竜について魔王城へ顔を出したオレが、両手を伸ばして抱っこをせがんだ時。あの人もオレを愛おしいと、守りたいと思ってくれたのだ。
ガブリエルの大きな目が潤み、一粒の涙を落とす。それを両手で抱えるように受けたシュトリが、濡れたと訴えた。その仕草に笑って、舐めてやれば塩の味がした。
魔王の座を誰かに譲ろう。新しい世界に相応しい者を探して、地位を譲ったらシュトリと二人でのんびり暮らす。たまに側近だった彼らと顔を合わせ、一緒に食事をしてもいい。思い描く数年後の未来は、擽ったいほど優しい色をしていた。
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