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66.復讐しても心は晴れない

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 明るい空を横切る姿は、流星のようだった。隕石と表現するより数が多く、だが空を埋め尽くす程ではない。

 黒い翼を広げた魔王ガブリエルの背に、小さなピンクの養い子がいたなんて些細な出来事だ。地上を走る獣人や巨人族が、魔物を追い立てた。魔族より能力や知能が劣る魔物は、追い立てられて都へ飛び込む。目の前に広がる光景に、追われた事実を忘れて蹂躙を始めた。

 逃げ惑う人を襲い、剣を向ける騎士や兵士を避けて獲物を捕まえる。その補佐をする形で、上空から石や炎が降り注いだ。武器を持つ者を倒す魔族の攻撃が、都の機能を麻痺させていく。

 人族が信仰する神は動けない。神々の制約に縛られ、名を呼び助けを乞う民を見殺しにした。魔神も同様に動かない。だが彼を信仰する魔族は、その能力を遺憾なく発揮した。圧倒的な火力と、統率する有能な指揮官。驕り高ぶり欲に目の眩んだ人族など、敵ではない。

「こんなに……虚しいものか」

 復讐を糧に前を向いた。仇を討とうと立ち上がった。策を弄したとはいえ、こんなに容易に滅ぼせる相手だったなど。信じたくない。この程度の種族に、敬愛する先代魔王と父を討たれたなんて。

 人質をとられた話は聞いている。魔族の女子供を蹂躙し、容赦なく殺された。命だけでなく、皮やツノ、爪、骨、牙に至るまで。すべてを奪われた。残酷に、生きたまま皮を剥がれた竜がいる。我が子を目の前で殺された獣人がいた。

 人族と魔族を入れ替えて、同じ光景を作り出した魔王は唸った。何も得るものがない。楽しくも嬉しくもなかった。ただ虚しくて、胸に空いた穴に冷たい風が吹くだけ。

「きゅ?」

 心配そうにシュトリが鳴く。ガブリエルの心境を察したように、幼子は手を伸ばした。ぺたりと冷えた手が鱗に触れる。

 あの日と同じなのか。両ツノの魔王ナベルス陛下が、あの場で退かなかった理由も……最期まで微笑んで心を守ってくれた気持ちも。ようやく実感として胸に沁みる。シュトリの心配そうな声と、やや潤んだ瞳に微笑みを向けた。

 成長しても、何も変えられなかった。復讐しても、欲しいものは得られない。それでも……人族を野放しにする未来は来ない。高い声でひと鳴きし、ガブリエルはゆっくり旋回した。
 
 眼下には、滅びゆく愚か者の都がある。王城の塔は竜族が倒し、吐いた炎が王宮を赤赤と照らした。魔物が食い散らかす人族の血臭は上空まで巻き上げられ、巨人族が壁を叩き壊す音もする。縦横無尽に駆ける獣人の足音が、勝利を呼び寄せた。

 今頃、海に近い都市も壊滅しているだろう。あちらは海風によって噴火の灰を被らなかった。代わりに海に棲む魔族が交互に攻撃を加える。大量の海水を降らせ、糧となる魚や海藻を奪い、海へ出た船を沈めた。

 海では人魚が、陸はセイレーンが甲高い歌を奏でる。この声が届く一部の人族を選別し、種族として残すために。その美しくも哀しい歌は、限られた人々の心に届いた。
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