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51.傷つけた痛みすら知らない

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 ブレンダの姿がない。慌てて聞き回るも、誰も答えてくれなかった。それどころか、彼女がいないことで風当たりが変わる。多少の疎外感はあっても受け入れられていたはず。

 態度が冷たくなり、情報が回ってこなくなる。彼らの視線は暗に責めているようだった。お前のせいで、ブレンダが離脱した――と。

 実際、そうなのだ。彼女が打ち明けた話は、ゼルクが思う以上に大切な思い出だった。あり得ないと言い切ったことで、ブレンダ自身を否定したのだ。人族と同じように、悪い奴といい奴がいる。その可能性すら残さず、完全に拒絶した。

 手を伸ばして救い上げた恩人を、ゼルクは突き飛ばしたのだ。本人に自覚はないが、ブレンダが人族に背を向けるのに、十分すぎる所業だった。信じても裏切られ、助けても恩を仇で返される。何度も繰り返され擦り切れた細い糸を、最後に断ち切ったのが彼だった。

 詳細を聞いていなくても、傭兵達はなんとなく察している。彼女がゼルと呼んだ男は勇者ゼルクで、彼らの戦女神であったブレンダを傷つけた。傭兵団の方向性次第で分かれる可能性はあったが、こんな形で彼女が消える理由はない。

 ブレンダが抜けたことで、皮肉にも傭兵団は命拾いをした。ゼルクへの反発から、魔族との戦いを忌避する動きに転じたのだ。どうせ助けてやっても、貴族は手のひらを返す。老兵達の諫言が、ようやっと耳に届いた。

 傭兵は傭兵らしく、最後まで好き勝手に生きて死ぬ。それでいいじゃないか。お上品な騎士にはなれず、上司の言うまま命を捨てる兵士にもなれず。中途半端だからここにいるのだ。一部が金目当てに離脱したが、ほんの数人に留まった。

 その離脱者の中に……勇者が混じる。居場所をなくした彼は、ブレンダを追うことを決めた。友人エイベルは生死不明、家族も故郷もない。かつての仲間であった神官や戦士も、訪ねていけば迷惑がるだろう。

 彼女に会って謝ろう。もう一度話がしたい。真摯に謝れば、きっと許してもらえるはずだ。心からそう思って踏み出した。

「愚か者は傷つけた痛みすら知ろうとしない」

 ぽつりと呟いた老兵は空を見上げる。少し先の木の枝に留まる鳥に目を細め、深呼吸して笑った。

「わしはもう引退だ」

 ゼルクの蛮勇を見届ける気はないし、娘のようなブレンダが幸せになる姿を見届けることもない。かつてブレンダの剣技の癖を直した老兵は、仲間に引退を告げた。

 一割ほど脱落したものの、傭兵団はその存在と名を維持した。
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