48 / 77
48.価値観の壊れる音
しおりを挟む
毒気を抜かれた、とはこのことか。尻尾をだらりと垂らした親狼は、我が子をじっと見つめた。それから器用に人の言葉を操る。
「何をもらった?」
「硬いお肉」
間違っていないのだが、表現が悪い。粗悪品を渡したように聞こえてしまい、ブレンダは肩を落とした。ゆっくりした動きで警戒させないよう、干し肉を取り出す。
「これを与えた。親の許可なく悪かったな」
人族は敵と見做すであろう魔族に、勝手に食べ物を与える。幼いブエルが叱られないよう、自分が勝手に食べさせたと告げた。言葉が通じない相手ならともかく、いきなり喉を噛み切られる心配はしない。
干し肉を置いて二歩下がった。くんくんと匂う姿は、ブエルそっくりだ。狼の姿なのだから当然だが、親子だなと頬が緩む。親狼は食べず、干し肉を鼻先でぐいと押しやった。
「口に合わないか?」
尋ねるブレンダの質問を無視し、狼は唸るように返した。
「名を告げたようだが、我が子の名は?」
「魔王様より賜ったという立派な名を聞いた」
鼻に皺を寄せ、親狼は不満そうな顔をした。威嚇するのとは違い、ただ気に入らない様子だ。黙したブレンダは、相手の出方を待った。
すっと人化した親狼は、振り返ると我が子の頭にゴツンと拳を落とす。ブレンダを振り返り、じろじろと眺めた。人族の中では大きいブレンダより、頭ひとつ背が高い。久しぶりに見下ろされたブレンダは、上目遣いに狼だった男性を観察した。
鎧を着たようにがっちりした体は鍛えられているが、無駄な筋肉はない。生活する間に必要な場所に、必要なだけ付いた美しい筋肉だった。体を覆う衣服は兵士の服に似ている。鎧の下に着込む綿の服を思い出させた。色も薄茶で似ている。
髪色や瞳はブエルにそっくりで、顔立ちはややキツい。
「お父さん、痛い」
「痛いように罰を与えた。勝手に名乗るなと教えただろ」
人族は相手を知るために名乗るが、魔族は違うようだ。軽く聞いたブレンダは、申し訳ない気持ちになった。
「聞かなかったことにしようか」
「いや、気遣いは無用。お前は人族にしては、まともなようだ」
何とも同意も否定もしづらい。ブレンダ自身、規格外の自覚があるので苦笑いした。
「なるほど、ブエルの嗅覚もバカにできん」
ブレンダにはわからない部分で納得した様子で、親狼はあっさりと名乗った。
「ブエルの父、バラムだ。何かあれば一度だけ助けよう」
何かが起きると確定した言い方をされ、ブレンダはごくりと喉を鳴らした。そうだ、幼い狼に絆されたが、人族と魔族は戦っている。魔王を殺した勇者、勇者の村を襲った魔族……幼い頃にあたしを助けた森の住人。全員が手を取り合って暮らすことはない。
「教えてくれないか? 森に住む魔族に、こんな人はいないだろうか」
幼い頃の体験を丁寧に語る。腕を組んでじっと聞いた後、バラムは断言した。
「それは森人族だ」
ブレンダの頬に涙が伝う。誰も信じてくれなかった恩人は、やはり魔族だった。幼い狼であるブエルをブレンダが攻撃しなかったように、あの頃の無害なブレンダを助けた森人族がいる。価値観の壊れる音がした。
「何をもらった?」
「硬いお肉」
間違っていないのだが、表現が悪い。粗悪品を渡したように聞こえてしまい、ブレンダは肩を落とした。ゆっくりした動きで警戒させないよう、干し肉を取り出す。
「これを与えた。親の許可なく悪かったな」
人族は敵と見做すであろう魔族に、勝手に食べ物を与える。幼いブエルが叱られないよう、自分が勝手に食べさせたと告げた。言葉が通じない相手ならともかく、いきなり喉を噛み切られる心配はしない。
干し肉を置いて二歩下がった。くんくんと匂う姿は、ブエルそっくりだ。狼の姿なのだから当然だが、親子だなと頬が緩む。親狼は食べず、干し肉を鼻先でぐいと押しやった。
「口に合わないか?」
尋ねるブレンダの質問を無視し、狼は唸るように返した。
「名を告げたようだが、我が子の名は?」
「魔王様より賜ったという立派な名を聞いた」
鼻に皺を寄せ、親狼は不満そうな顔をした。威嚇するのとは違い、ただ気に入らない様子だ。黙したブレンダは、相手の出方を待った。
すっと人化した親狼は、振り返ると我が子の頭にゴツンと拳を落とす。ブレンダを振り返り、じろじろと眺めた。人族の中では大きいブレンダより、頭ひとつ背が高い。久しぶりに見下ろされたブレンダは、上目遣いに狼だった男性を観察した。
鎧を着たようにがっちりした体は鍛えられているが、無駄な筋肉はない。生活する間に必要な場所に、必要なだけ付いた美しい筋肉だった。体を覆う衣服は兵士の服に似ている。鎧の下に着込む綿の服を思い出させた。色も薄茶で似ている。
髪色や瞳はブエルにそっくりで、顔立ちはややキツい。
「お父さん、痛い」
「痛いように罰を与えた。勝手に名乗るなと教えただろ」
人族は相手を知るために名乗るが、魔族は違うようだ。軽く聞いたブレンダは、申し訳ない気持ちになった。
「聞かなかったことにしようか」
「いや、気遣いは無用。お前は人族にしては、まともなようだ」
何とも同意も否定もしづらい。ブレンダ自身、規格外の自覚があるので苦笑いした。
「なるほど、ブエルの嗅覚もバカにできん」
ブレンダにはわからない部分で納得した様子で、親狼はあっさりと名乗った。
「ブエルの父、バラムだ。何かあれば一度だけ助けよう」
何かが起きると確定した言い方をされ、ブレンダはごくりと喉を鳴らした。そうだ、幼い狼に絆されたが、人族と魔族は戦っている。魔王を殺した勇者、勇者の村を襲った魔族……幼い頃にあたしを助けた森の住人。全員が手を取り合って暮らすことはない。
「教えてくれないか? 森に住む魔族に、こんな人はいないだろうか」
幼い頃の体験を丁寧に語る。腕を組んでじっと聞いた後、バラムは断言した。
「それは森人族だ」
ブレンダの頬に涙が伝う。誰も信じてくれなかった恩人は、やはり魔族だった。幼い狼であるブエルをブレンダが攻撃しなかったように、あの頃の無害なブレンダを助けた森人族がいる。価値観の壊れる音がした。
21
お気に入りに追加
189
あなたにおすすめの小説
女神様の使い、5歳からやってます
めのめむし
ファンタジー
小桜美羽は5歳の幼女。辛い境遇の中でも、最愛の母親と妹と共に明るく生きていたが、ある日母を事故で失い、父親に放置されてしまう。絶望の淵で餓死寸前だった美羽は、異世界の女神レスフィーナに救われる。
「あなたには私の世界で生きる力を身につけやすくするから、それを使って楽しく生きなさい。それで……私のお友達になってちょうだい」
女神から神気の力を授かった美羽は、女神と同じ色の桜色の髪と瞳を手に入れ、魔法生物のきんちゃんと共に新たな世界での冒険に旅立つ。しかし、転移先で男性が襲われているのを目の当たりにし、街がゴブリンの集団に襲われていることに気づく。「大人の男……怖い」と呟きながらも、ゴブリンと戦うか、逃げるか——。いきなり厳しい世界に送られた美羽の運命はいかに?
優しさと試練が待ち受ける、幼い少女の異世界ファンタジー、開幕!
基本、ほのぼの系ですので進行は遅いですが、着実に進んでいきます。
戦闘描写ばかり望む方はご注意ください。

病弱少年が怪我した小鳥を偶然テイムして、冒険者ギルドの採取系クエストをやらせていたら、知らないうちにLV99になってました。
もう書かないって言ったよね?
ファンタジー
ベッドで寝たきりだった少年が、ある日、家の外で怪我している青い小鳥『ピーちゃん』を助けたことから二人の大冒険の日々が始まった。

伝説の魔術師の弟子になれたけど、収納魔法だけで満足です
カタナヅキ
ファンタジー
※弟子「究極魔法とかいいので収納魔法だけ教えて」師匠「Σ(゚Д゚)エー」
数十年前に異世界から召喚された人間が存在した。その人間は世界中のあらゆる魔法を習得し、伝説の魔術師と謳われた。だが、彼は全ての魔法を覚えた途端に人々の前から姿を消す。
ある日に一人の少年が山奥に暮らす老人の元に尋ねた。この老人こそが伝説の魔術師その人であり、少年は彼に弟子入りを志願する。老人は寿命を終える前に自分が覚えた魔法を少年に託し、伝説の魔術師の称号を彼に受け継いでほしいと思った。
「よし、収納魔法はちゃんと覚えたな?では、次の魔法を……」
「あ、そういうのいいんで」
「えっ!?」
異空間に物体を取り込む「収納魔法」を覚えると、魔術師の弟子は師の元から離れて旅立つ――
――後にこの少年は「収納魔導士」なる渾名を付けられることになる。
老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜
二階堂吉乃
ファンタジー
瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。
白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。
後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。
人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話8話。

異世界転生ファミリー
くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?!
辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。
アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。
アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。
長男のナイトはクールで賢い美少年。
ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。
何の不思議もない家族と思われたが……
彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。

神々に見捨てられし者、自力で最強へ
九頭七尾
ファンタジー
三大貴族の一角、アルベール家の長子として生まれた少年、ライズ。だが「祝福の儀」で何の天職も授かることができなかった彼は、『神々に見捨てられた者』と蔑まれ、一族を追放されてしまう。
「天職なし。最高じゃないか」
しかし彼は逆にこの状況を喜んだ。というのも、実はこの世界は、前世で彼がやり込んでいたゲーム【グランドワールド】にそっくりだったのだ。
天職を取得せずにゲームを始める「超ハードモード」こそが最強になれる道だと知るライズは、前世の知識を活かして成り上がっていく。

僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた
黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。
その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。
曖昧なのには理由があった。
『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。
どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。
※小説家になろうにも随時転載中。
レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。
それでも皆はレンが勇者だと思っていた。
突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。
はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。
ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。
※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。

授かったスキルが【草】だったので家を勘当されたから悲しくてスキルに不満をぶつけたら国に恐怖が訪れて草
ラララキヲ
ファンタジー
(※[両性向け]と言いたい...)
10歳のグランは家族の見守る中でスキル鑑定を行った。グランのスキルは【草】。草一本だけを生やすスキルに親は失望しグランの為だと言ってグランを捨てた。
親を恨んだグランはどこにもぶつける事の出来ない気持ちを全て自分のスキルにぶつけた。
同時刻、グランを捨てた家族の居る王都では『謎の笑い声』が響き渡った。その笑い声に人々は恐怖し、グランを捨てた家族は……──
※確認していないので二番煎じだったらごめんなさい。急に思いついたので書きました!
※「妻」に対する暴言があります。嫌な方は御注意下さい※
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇なろうにも上げています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる