【完結】魔王を殺された黒竜は勇者を許さない

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)

文字の大きさ
上 下
29 / 77

29.不気味な静けさに膨らむ不安

しおりを挟む
 あの夜は異常に静かだった。森の動物の声や気配が遠く、何も感じられない。魔王城へ向かう旅で野宿を繰り返したゼルクは、その不気味な静けさに眉を寄せた。

 嫌な予感がする。だが戻って何もなければ、嘲笑されるだろう。そっと近くで確認したら戻ればいい。相手に見つからずに帰れば、大丈夫なはず。膨らむ不安に勝てず、ゼルクはゆっくり歩き出した。

 夜明けの時間は、見張りも眠気に襲われる。発見されにくい時間に到着するため、時間を掛けて歩いた。木々の間を抜け、ふと漂う異臭に顔をしかめる。何度も嗅いだ臭いだ。間違うはずがない。

 音も気にせず走った。こちらが風下なのか、臭いはどんどん強くなる。大きな茂みの手前で、飛び出した魔獣を避けた。転がりながら距離をとるが、周囲にまだいる。焚き火の焦げる臭いはなく、代わりに血と臓物の生臭さが鼻をついた。

「っ、魔物の襲撃か」

 だがこの程度の魔獣なら、エイベル一人で跳ね除けられる。なぜ血の臭いが? 嫌な予感を思い出し、身を震わせた。群れの頂点に立つ魔獣なのか、大きな一頭が咆哮を上げる。その声に呼応するように鳴いた魔獣は、身を翻して走り出した。森の奥へ駆ける魔獣を避け、近くの木の枝にしがみつく。

 想像より多くの魔獣を見送り、静かになった地上に降りた。近づく足取りは重い。助けを求める声も叫びも聞こえなかった。静まり返った野営地は、真っ赤な血に染まっている。

 腕や足など人の一部が転がる現場は凄惨だった。後ずさるゼルクの足に、ことりと何かが触れる。目を見開いて息絶えた頭部だった。顔の半分は齧られ、足りない。吐きそうになって手で口を押さえた。

 生存者がいないか確認して歩き、テントの中や馬車も調べる。女子どもが少ないのは、逃げたのか。ほっとしながら、ひとつの馬車を覗いて勘違いに気づいた。違う、女や子どもは柔らかいから……最初に捕食されたのだ。だから落ちている体が少ない。

 硬い男や筋っぽい年寄りを残し、魔獣は馬車の中で捕食した。逃げ込んだ女は子どもを守ろうと覆い被さり、それでも子どもが犠牲になった。まだ、ぬらぬらと鮮やかな血が馬車から溢れる。

 我慢しきれずに嘔吐したゼルクは、あの恐ろしい日を思い出していた。家族や顔見知りの死に様が浮かぶ。戦おうとして食い殺された父、幼かったゼルクを庇おうと身を投げ出す母。近所のおばさんも、おじいさんも、すべて魔族に殺された。

 あの日と同じだ。生き残りが見つからぬまま、日が昇る。大きな街道沿いでこれだけの惨状が発見されれば、すぐ騒ぎになるはずだ。ここにいてはマズイ。

 そうだ、エイベル! あいつも死んだのか? 裏切られたが、同郷の友だった。慌てて周囲を探すも、どれが彼の手足か区別がつかない。無理だと諦め、血に汚れた体を引きずって森へ足を向けた。その後ろ姿は疲れ切っている。




 少しして、倒れた馬車の陰から三人の若者が顔を覗かせた。街を移動するため早朝から歩いて、この惨劇の跡を見つける。息を潜めて隠れた彼らは、顔を見合わせた。

「顔を見たか?」

「ああ、次の街で手配を掛けてもらおう」

 頷き合い、大急ぎで隣の大きな街へ向かった。彼らが目撃したのは、血塗れの現場と剣を持った不審な男だけ。それは誤解を生み、勇者をさらに追い詰める証言となった。
しおりを挟む
感想 111

あなたにおすすめの小説

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?

はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、 強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。 母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、 その少年に、突然の困難が立ちはだかる。 理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。 一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。 それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。 そんな少年の物語。

追放されたら無能スキルで無双する

ゆる弥
ファンタジー
無能スキルを持っていた僕は、荷物持ちとしてあるパーティーについて行っていたんだ。 見つけた宝箱にみんなで駆け寄ったら、そこはモンスタールームで。 僕はモンスターの中に蹴り飛ばされて置き去りにされた。 咄嗟に使ったスキルでスキルレベルが上がって覚醒したんだ。 僕は憧れのトップ探索者《シーカー》になる!

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

はずれスキル『本日一粒万倍日』で金も魔法も作物もなんでも一万倍 ~はぐれサラリーマンのスキル頼みな異世界満喫日記~

緋色優希
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて異世界へやってきたサラリーマン麦野一穂(むぎのかずほ)。得たスキルは屑(ランクレス)スキルの『本日一粒万倍日』。あまりの内容に爆笑され、同じように召喚に巻き込まれてきた連中にも馬鹿にされ、一人だけ何一つ持たされず荒城にそのまま置き去りにされた。ある物と言えば、水の樽といくらかの焼き締めパン。どうする事もできずに途方に暮れたが、スキルを唱えたら水樽が一万個に増えてしまった。また城で見つけた、たった一枚の銀貨も、なんと銀貨一万枚になった。どうやら、あれこれと一万倍にしてくれる不思議なスキルらしい。こんな世界で王様の助けもなく、たった一人どうやって生きたらいいのか。だが開き直った彼は『住めば都』とばかりに、スキル頼みでこの異世界での生活を思いっきり楽しむ事に決めたのだった。

僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた

黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。 その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。 曖昧なのには理由があった。 『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。 どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。 ※小説家になろうにも随時転載中。 レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。 それでも皆はレンが勇者だと思っていた。 突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。 はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。 ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。 ※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。

魔力ゼロの忌み子に転生してしまった最強の元剣聖は実家を追放されたのち、魔法の杖を「改造」して成り上がります

月ノ@最強付与術師の成長革命/発売中
ファンタジー
小説家になろうでジャンル別日間ランキング入り!  世界最強の剣聖――エルフォ・エルドエルは戦場で死に、なんと赤子に転生してしまう。  美少女のように見える少年――アル・バーナモントに転生した彼の身体には、一切の魔力が宿っていなかった。  忌み子として家族からも見捨てられ、地元の有力貴族へ売られるアル。  そこでひどい仕打ちを受けることになる。  しかし自力で貴族の屋敷を脱出し、なんとか森へ逃れることに成功する。  魔力ゼロのアルであったが、剣聖として磨いた剣の腕だけは、転生しても健在であった。  彼はその剣の技術を駆使して、ゴブリンや盗賊を次々にやっつけ、とある村を救うことになる。  感謝されたアルは、ミュレットという少女とその母ミレーユと共に、新たな生活を手に入れる。  深く愛され、本当の家族を知ることになるのだ。  一方で、アルを追いだした実家の面々は、だんだんと歯車が狂い始める。  さらに、アルを捕えていた貴族、カイベルヘルト家も例外ではなかった。  彼らはどん底へと沈んでいく……。 フルタイトル《文字数の関係でアルファポリスでは略してます》 魔力ゼロの忌み子に転生してしまった最強の元剣聖は実家を追放されたのち、魔法の杖を「改造」して成り上がります~父が老弱して家が潰れそうなので戻ってこいと言われてももう遅い~新しい家族と幸せに暮らしてます こちらの作品は「小説家になろう」にて先行して公開された内容を転載したものです。 こちらの作品は「小説家になろう」さま「カクヨム」さま「アルファポリス」さまに同時掲載させていただいております。

異世界に落ちたら若返りました。

アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。 夫との2人暮らし。 何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。 そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー 気がついたら知らない場所!? しかもなんかやたらと若返ってない!? なんで!? そんなおばあちゃんのお話です。 更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。

伝説の魔術師の弟子になれたけど、収納魔法だけで満足です

カタナヅキ
ファンタジー
※弟子「究極魔法とかいいので収納魔法だけ教えて」師匠「Σ(゚Д゚)エー」 数十年前に異世界から召喚された人間が存在した。その人間は世界中のあらゆる魔法を習得し、伝説の魔術師と謳われた。だが、彼は全ての魔法を覚えた途端に人々の前から姿を消す。 ある日に一人の少年が山奥に暮らす老人の元に尋ねた。この老人こそが伝説の魔術師その人であり、少年は彼に弟子入りを志願する。老人は寿命を終える前に自分が覚えた魔法を少年に託し、伝説の魔術師の称号を彼に受け継いでほしいと思った。 「よし、収納魔法はちゃんと覚えたな?では、次の魔法を……」 「あ、そういうのいいんで」 「えっ!?」 異空間に物体を取り込む「収納魔法」を覚えると、魔術師の弟子は師の元から離れて旅立つ―― ――後にこの少年は「収納魔導士」なる渾名を付けられることになる。

処理中です...