【完結】魔王を殺された黒竜は勇者を許さない

綾雅(要らない悪役令嬢1巻重版)

文字の大きさ
上 下
12 / 77

12.熱しやすく冷めやすい人心

しおりを挟む
 勇者は魔王を倒していない――そんな噂が広まった。地方から徐々に中央へ伝わり、王侯貴族の耳に入る。倒したと吹聴したのは、勇者一行だ。証拠品だと言って様々な宝飾品を持ち帰ったが、魔王の首はなかった。

 魔王城が半壊したのは事実だが、実際は両ツノの魔王は生きて力を蓄えている。負った傷を癒しているのではないか。そのため魔族の結束は乱れず、今も戦いは終わらないのだ。力説する吟遊詩人に、人々はゆっくり洗脳され始めた。

 こういった潜入は危険だが、複数の種族が特技を組み合わせれば可能だ。夢魔が事前に不安を増大させ、セイレーンの血を引く青年が人々の思考を誘導する。吟遊詩人として広めた旋律は、禍歌まがうたと呼ばれる秘技だった。

 心を揺らして誘い出す。それ以外に大きな能力のないセイレーン一族だが、今回は最大限活用できた。彼らは先代魔王ナベルスに庇護された恩を忘れていない。当代の魔王ガブリエルが先代に傾倒していたこと、セイレーン一族を保護し続けていること。それは何より確かな絆となった。

 魔族の存亡を懸けた戦いに参加できると聞き、彼や彼女らは己の能力に感謝した。足りない、もっと強く。求め続けた魔力がなくとも、役に立てるのだと。誇らしく思った。だから危険を冒しても人族の間で歌を広める。

 やがて、人族の吟遊詩人が歌を継承した。そっくり教えて覚えさせ、自分達は撤退する。人族の情報伝達手段は、魔族に比べて遅れていた。英雄の活躍は吟遊詩人が伝え、王侯貴族への報告ですら早馬が精々だ。鳥や魔法を使う魔族の伝達に比べたら、数倍の時間が必要だった。

 情報は鮮度が重要だ。新しく正しい情報をどれだけ集められるか。国家の命運や戦いの勝敗に影響する。外堀を埋めるガブリエルの作戦に、当初は反対意見もあった。だが今になれば、誰も反対しない。

 目に見える形で結果が出ているからだ。ささやかな能力であっても、弱い種族であっても、復讐に参加できた。その上、強い種族も見せ場がある。魔族が一丸となって団結するなど、何世代ぶりだろうか。

「魔王様は恐ろしい人だ」

「ああ、魔力なんかじゃなく……先を読んで動くのがすげぇ」

「あの人に従っていれば、負けねえよ」

 今度こそ人族を押し退け、奪われた領地と誇りを取り戻そう。魔族の間に広がる希望以上の早さで、噂は勇者達の評判を蝕んだ。過去の栄光は嘘だと断定され、疑いの眼差しが鋭く突き刺さる。

 人々の気持ちが離反した状況を、国王が見逃すはずはなかった。ずっと待っていた。己の地位を揺るがしかねない勇者という存在、彼への信頼が民から消えたいま……王の暴挙を阻む者はいなかった。

「国を騙した詐欺師を排除せよ」

 捕獲ではない、直接殺害を命じもしない。王はただ「排除」と告げた。人により言葉の捉え方は違う。罪人として牢へぶちこめと受け取った兵士もいれば、存在自体を抹消せよと感じた領主もいる。

 眠るたびに増大する不安、街で奏でられる禍歌、勇者に裏切られたという怒り。熱しやすく冷めやすい国民は、国王の無慈悲な判断を支持した。考えることをやめた民は、ただの暴力の塊となって救世主へ牙を剥く。暗闇でにたりと笑う魔王は、静かに時を数えた。

 自分達を救った英雄の首を刎ね、献上するがいい。
しおりを挟む
感想 111

あなたにおすすめの小説

【前編完結】50のおっさん 精霊の使い魔になったけど 死んで自分の子供に生まれ変わる!?

眼鏡の似合う女性の眼鏡が好きなんです
ファンタジー
リストラされ、再就職先を見つけた帰りに、迷子の子供たちを見つけたので声をかけた。  これが全ての始まりだった。 声をかけた子供たち。実は、覚醒する前の精霊の王と女王。  なぜか真名を教えられ、知らない内に精霊王と精霊女王の加護を受けてしまう。 加護を受けたせいで、精霊の使い魔《エレメンタルファミリア》と為った50のおっさんこと芳乃《よしの》。  平凡な表の人間社会から、国から最重要危険人物に認定されてしまう。 果たして、芳乃の運命は如何に?

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

悪役令嬢エリザベート物語

kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ 公爵令嬢である。 前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。 ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。 父はアフレイド・ノイズ公爵。 ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。 魔法騎士団の総団長でもある。 母はマーガレット。 隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。 兄の名前はリアム。  前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。 そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。 王太子と婚約なんてするものか。 国外追放になどなるものか。 乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。 私は人生をあきらめない。 エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。 ⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです

ブラックギルドマスターへ、社畜以下の道具として扱ってくれてあざーす!お陰で転職した俺は初日にSランクハンターに成り上がりました!

仁徳
ファンタジー
あらすじ リュシアン・プライムはブラックハンターギルドの一員だった。 彼はギルドマスターやギルド仲間から、常人ではこなせない量の依頼を押し付けられていたが、夜遅くまで働くことで全ての依頼を一日で終わらせていた。 ある日、リュシアンは仲間の罠に嵌められ、依頼を終わらせることができなかった。その一度の失敗をきっかけに、ギルドマスターから無能ハンターの烙印を押され、クビになる。 途方に暮れていると、モンスターに襲われている女性を彼は見つけてしまう。 ハンターとして襲われている人を見過ごせないリュシアンは、モンスターから女性を守った。 彼は助けた女性が、隣町にあるハンターギルドのギルドマスターであることを知る。 リュシアンの才能に目をつけたギルドマスターは、彼をスカウトした。 一方ブラックギルドでは、リュシアンがいないことで依頼達成の効率が悪くなり、依頼は溜まっていく一方だった。ついにブラックギルドは町の住民たちからのクレームなどが殺到して町民たちから見放されることになる。 そんな彼らに反してリュシアンは新しい職場、新しい仲間と出会い、ブッラックギルドの経験を活かして最速でギルドランキング一位を獲得し、ギルドマスターや町の住民たちから一目置かれるようになった。 これはブラックな環境で働いていた主人公が一人の女性を助けたことがきっかけで人生が一変し、ホワイトなギルド環境で最強、無双、ときどきスローライフをしていく物語!

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

真訳・アレンシアの魔女 上巻 マールの旅

かずさ ともひろ
ファンタジー
 アレンシアで、一人の少女が目を覚ます。  少女は人間にしては珍しい紅い髪と瞳を持ち、記憶を失っていた。  しかも十日間滞在した町を滅ぼし、外で五日間行動をともにした相手を不幸にする。  呪われた少女の名は、マール。  アレンシアで唯一、魔法を使う事ができる存在。  これは後に神として崇められる“魔女”の人生を綴った叙事詩である。

処理中です...