1 / 77
01.奪われたものが大きすぎた
しおりを挟む
魔王城は半壊状態だった。勇者一行と戦った青竜がぐらりと倒れる。その巨体は倒れるついでに、勇者率いる軍の半数を道連れにした。死してなお、魔王への貢献を忘れない。
勇者は顔を上げ、頬に流れた涙を乱暴に拭った。壊れた魔王城の一角、玉座の間へ続く瓦礫を駆け上がる。その右手には剣が握られ、左腕は槍を掴んでいた。
「滅びろ、魔王!」
叫ぶ声に悲鳴が上がる。逃げ惑う魔族は、次々と転移した。魔王の魔力を纏い、彼らは安全な地域まで避難させられる。残って魔王の盾になりたいと願った狼獣人も、最期はご一緒したいと願った淫魔の侍女も。
例外なく強制転移させられた。玉座の間で、崩れかけた椅子の前に立つのは、当代の魔王ナベルスのみ。その背後で、小さな魔物が震えていた。黒い鱗を持つ、幼い竜だ。勇者軍を道連れに息絶えた青竜の子だった。唯一の肉親を殺された子竜は、大切な魔王の側を離れない。
魔王ナベルスは一歩も退かなかった。浴びせられる剣戟に傷ついた体で、攻撃魔法に焼け爛れた顔で……ちらりとカーテンの陰を見やる。まだ無事な左半面の口角を持ち上げ、笑みを作った。
ぎこちなくナベルスの唇が動く。そなたは生きろ――それは魔王の最期の言葉だった。
やめて! 殺さないで!! 魔族にとって大切な人なんだ。叫んだ声は届かない。爆音にかき消され、散ってしまった。煙と塵が収まって、そこに立つ黒い人影にほっとする。子竜は柔らかい足裏が傷つくのも気にせず、駆け寄った。
くーん? 鼻を鳴らして呼ぶが返事はない。いつもなら膝をついて子竜を抱き上げる魔王は、一切反応しなかった。
「魔王を倒したぞ!」
勇者の声で、同行した人間達が喜びの声をあげる。何を言っているんだろう。魔王様は倒れてなんかいない。子竜はそっと足に頬を寄せる。ざらりとした黒い粉が付いた。
よく分からない。子竜はその場に伏せた。きっと勇者が帰るまで、魔王様は動かない。だからここで待っていればいい。あいつらが引き上げれば、魔王様はいつも通り抱っこしてくれるはずだ。そう信じて隠れた。
魔王の剣や装飾品が奪われても、瓦礫の陰で我慢する。もっと素敵な装飾品を探そう。こないだ光った石を見つけたっけ。あれをプレゼントしたら、喜んでくれるかも。人が減ってきたタイミングを見計らい、そっと離れる。
振り返れば、魔王の真っ黒な姿があった。大丈夫、すぐ戻るからね。子竜は走り出した。まだ幼く翼は飛ぶ力がない。足がズキズキ痛む。でも止まる気はなかった。血が流れて走れなくなる頃、光る石を発見した場所に辿り着く。ぺたんと座ったら、痛みで動けなくなった。
足の裏に何か刺さっている。それを噛んで抜いた。血が溢れて慌てて舐めとる。発見した石はきらきらと光を放っていた。疲れて、光る石を抱くように丸まる。少しだけ休んだら、また走ろう。ナベルス様の好きなピンクの花も摘まないと。
「魔王様……すぐ帰るからね」
そう声に出して決意を表明し、子竜は眠りについた。幼い体躯はところどころ煤けて、足は血で濡れている。帰って魔王に褒められる夢を見ているのか、幸せそうな顔だった。
――ああ、なんて哀れなのか。嘆く神は、美しい指先を伸ばした。子竜の頬に触れ、最期の一息まで民を守った王の名残りを受け取る。
『そなたに名を与えよう。我が『・・・』、ガブリエル』
その響きは世界に刻まれる。だが、すべて聞き取れた者はいなかった。
数年後、立派に成長した黒竜は復讐を掲げる。大切な人を殺した勇者を滅ぼすために、魔族を率いる立場を得た。圧倒的な強さで魔族の頂点まで駆け上がった竜は、大きな翼を広げて宣言する。
「必ず、仇を取る!」
どんな理由があろうと、誰が悲しもうと関係ない。これはオレの復讐だ! 咆哮をあげる黒竜に呼応するように、彼に従う魔族が高らかに声を張り上げる。
「勇者に死を、新たな魔王に勝利を!!」
勇者は顔を上げ、頬に流れた涙を乱暴に拭った。壊れた魔王城の一角、玉座の間へ続く瓦礫を駆け上がる。その右手には剣が握られ、左腕は槍を掴んでいた。
「滅びろ、魔王!」
叫ぶ声に悲鳴が上がる。逃げ惑う魔族は、次々と転移した。魔王の魔力を纏い、彼らは安全な地域まで避難させられる。残って魔王の盾になりたいと願った狼獣人も、最期はご一緒したいと願った淫魔の侍女も。
例外なく強制転移させられた。玉座の間で、崩れかけた椅子の前に立つのは、当代の魔王ナベルスのみ。その背後で、小さな魔物が震えていた。黒い鱗を持つ、幼い竜だ。勇者軍を道連れに息絶えた青竜の子だった。唯一の肉親を殺された子竜は、大切な魔王の側を離れない。
魔王ナベルスは一歩も退かなかった。浴びせられる剣戟に傷ついた体で、攻撃魔法に焼け爛れた顔で……ちらりとカーテンの陰を見やる。まだ無事な左半面の口角を持ち上げ、笑みを作った。
ぎこちなくナベルスの唇が動く。そなたは生きろ――それは魔王の最期の言葉だった。
やめて! 殺さないで!! 魔族にとって大切な人なんだ。叫んだ声は届かない。爆音にかき消され、散ってしまった。煙と塵が収まって、そこに立つ黒い人影にほっとする。子竜は柔らかい足裏が傷つくのも気にせず、駆け寄った。
くーん? 鼻を鳴らして呼ぶが返事はない。いつもなら膝をついて子竜を抱き上げる魔王は、一切反応しなかった。
「魔王を倒したぞ!」
勇者の声で、同行した人間達が喜びの声をあげる。何を言っているんだろう。魔王様は倒れてなんかいない。子竜はそっと足に頬を寄せる。ざらりとした黒い粉が付いた。
よく分からない。子竜はその場に伏せた。きっと勇者が帰るまで、魔王様は動かない。だからここで待っていればいい。あいつらが引き上げれば、魔王様はいつも通り抱っこしてくれるはずだ。そう信じて隠れた。
魔王の剣や装飾品が奪われても、瓦礫の陰で我慢する。もっと素敵な装飾品を探そう。こないだ光った石を見つけたっけ。あれをプレゼントしたら、喜んでくれるかも。人が減ってきたタイミングを見計らい、そっと離れる。
振り返れば、魔王の真っ黒な姿があった。大丈夫、すぐ戻るからね。子竜は走り出した。まだ幼く翼は飛ぶ力がない。足がズキズキ痛む。でも止まる気はなかった。血が流れて走れなくなる頃、光る石を発見した場所に辿り着く。ぺたんと座ったら、痛みで動けなくなった。
足の裏に何か刺さっている。それを噛んで抜いた。血が溢れて慌てて舐めとる。発見した石はきらきらと光を放っていた。疲れて、光る石を抱くように丸まる。少しだけ休んだら、また走ろう。ナベルス様の好きなピンクの花も摘まないと。
「魔王様……すぐ帰るからね」
そう声に出して決意を表明し、子竜は眠りについた。幼い体躯はところどころ煤けて、足は血で濡れている。帰って魔王に褒められる夢を見ているのか、幸せそうな顔だった。
――ああ、なんて哀れなのか。嘆く神は、美しい指先を伸ばした。子竜の頬に触れ、最期の一息まで民を守った王の名残りを受け取る。
『そなたに名を与えよう。我が『・・・』、ガブリエル』
その響きは世界に刻まれる。だが、すべて聞き取れた者はいなかった。
数年後、立派に成長した黒竜は復讐を掲げる。大切な人を殺した勇者を滅ぼすために、魔族を率いる立場を得た。圧倒的な強さで魔族の頂点まで駆け上がった竜は、大きな翼を広げて宣言する。
「必ず、仇を取る!」
どんな理由があろうと、誰が悲しもうと関係ない。これはオレの復讐だ! 咆哮をあげる黒竜に呼応するように、彼に従う魔族が高らかに声を張り上げる。
「勇者に死を、新たな魔王に勝利を!!」
20
お気に入りに追加
181
あなたにおすすめの小説
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
ダンジョン菌にまみれた、様々なクエストが提示されるこの現実世界で、【クエスト簡略化】スキルを手にした俺は最強のスレイヤーを目指す
名無し
ファンタジー
ダンジョン菌が人間や物をダンジョン化させてしまう世界。ワクチンを打てば誰もがスレイヤーになる権利を与えられ、強化用のクエストを受けられるようになる。
しかし、ワクチン接種で稀に発生する、最初から能力の高いエリート種でなければクエストの攻略は難しく、一般人の佐嶋康介はスレイヤーになることを諦めていたが、仕事の帰りにコンビニエンスストアに立ち寄ったことで運命が変わることになる。
勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた
黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。
その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。
曖昧なのには理由があった。
『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。
どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。
※小説家になろうにも随時転載中。
レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。
それでも皆はレンが勇者だと思っていた。
突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。
はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。
ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。
※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。
異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。
巻き込まれ召喚・途中下車~幼女神の加護でチート?
サクラ近衛将監
ファンタジー
商社勤務の社会人一年生リューマが、偶然、勇者候補のヤンキーな連中の近くに居たことから、一緒に巻き込まれて異世界へ強制的に召喚された。万が一そのまま召喚されれば勇者候補ではないために何の力も与えられず悲惨な結末を迎える恐れが多分にあったのだが、その召喚に気づいた被召喚側世界(地球)の神様と召喚側世界(異世界)の神様である幼女神のお陰で助けられて、一旦狭間の世界に留め置かれ、改めて幼女神の加護等を貰ってから、異世界ではあるものの召喚場所とは異なる場所に無事に転移を果たすことができた。リューマは、幼女神の加護と付与された能力のおかげでチートな成長が促され、紆余曲折はありながらも異世界生活を満喫するために生きて行くことになる。
*この作品は「カクヨム」様にも投稿しています。
**週1(土曜日午後9時)の投稿を予定しています。**
ぽっちゃり女子の異世界人生
猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。
最強主人公はイケメンでハーレム。
脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。
落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。
=主人公は男でも女でも顔が良い。
そして、ハンパなく強い。
そんな常識いりませんっ。
私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。
【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる