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40.貴族の義務を果たすため

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「ダメよ、綺麗な服が汚れちゃう」

 私より二歳ほど年上の少女が、まだ歩き始めたくらいの子を引き寄せた。その子が私のスカートの裾に入った刺繍に触ったみたい。裾を汚さないよう膝裏に挟んでしゃがみ、視線を合わせた。

「こんにちは、刺繍が好き?」

「はい。綺麗だと思います。でも汚すと困るので」

「手を洗ったんでしょう? だったら構わないわ」

 小さな子の手を握り、優しく襟まで導いた。触れると刺繍糸の凹凸が分かる。声を上げて嬉しそうに笑う幼子の後ろから、少女が遠慮がちに話しかけてきた。

「あの……私も、いいですか?」

「もちろんよ」

「ありがとうございます」

 触れる彼女の指は傷だらけだった。水仕事をしているのね。この孤児院を見る限り、世話をする大人の数が足りない。女の子は洗濯や炊事の手伝いを行い、男の子も掃除などを担当しているみたいだった。

「すごく綺麗ですね」

「褒めてくれて嬉しいわ。これは私のねぇねが作ったのよ」

「ねぇね、ですか?」

「ええ、お義姉様なの」

 貴族らしい言い回しに直せば、少女は頷いた。茶色の髪やそばかすのある頬、同じ茶の瞳が可愛い。働き者っぽいし、うちの御屋敷で雇ってあげられたらいいな。その辺は勝手に話して期待を持たせないよう、後で帰り道で相談しよう。全員は雇えないもの。

 ぐるりと見回した建物は古く、あちこちに違う板や布で補修がされていた。ここ数年、満足に食べ物や資材が入って来なかったと想像できる。

「建て直しましょう。修復には限界があるわ」

「ですが」

「思い出の品は回収してもらっていいし、使える物は持っていく。でも建物の柱がこんなに細いのに、天井があんなに高いのは……危険だわ」

 ママは費用の問題はホールズワースが負担すると請け負い、話を纏めてしまった。手際がいいわ。見習わなきゃね。ホールズワースの侍従達がすべて運び終えたのを確認し、ママは敷地の確認を行うため外へ出た。敷地内に建物を増やす余地があるか確かめるみたい。

「グロリア、こっちへ来て」

「はい!」

 メイベルの声に走り出した私は、嫌な音を聞いた。みしっと軋む音、何かが壊れる音、近くにいた少女と幼子を突き飛ばして床に伏せる。走っても間に合わない。そう考えた私の上に大量の瓦礫が降ってきた。

「っ! グロリア!!」

「なんてこと!」

 叫ぶママやメイベルの声に「大丈夫」と返事をする。ここは元教会だった建物で、祈りを捧げるための椅子が大量に並んでいる。その隙間に潜り込んだ形だった。頭を上げるくらいは可能だけど、立ち上がるのは無理。這って移動は出来るかも。

「泣かないで」

 幼子を抱いて慰める少女に手を伸ばした。

「一緒に外へ出よう。こっち」

「は、はい!」

 幼子はしゃがんで移動できるので、先頭を私が進んだ。すぐ後ろを幼子、最後に少女が続く。明るい方角へ進めば、白い手が私を引っ張り出した。
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