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39.慈善事業は貴族の義務です

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 王子妃教育の一環として、よく孤児院へ出かけた。たくさんの焼き菓子を用意し、パンを抱えて。王族からの施しと言う名目だったけど、実際は我が家が支払ってたのよね。懐かしく思い出しながら、ママやメイベルと馬車に乗り込んだ。にぃにが護衛で付いて来るので、騎士団も一緒だ。

 馬車の窓から後ろを見れば、荷馬車が三台も付いて来る。食料だけでなく、衣服や布団も積み込まれていた。ごとごと揺れる荷馬車を見ていると、こつんと頭に衝撃があった。馬に乗ったにぃにだ。

「こら、落ちるぞ」

「大丈夫だもん」

 子どもの口調で反論したが、内側からメイベルに回収されてしまった。引きずり込まれた座席の上で、クッションに下ろされる。

「危ないわ。キース様が注意しなければ、私が注意したわよ」

 ママも「子どもは頭が大きいから、バランスを崩しやすいの」と援護する。孤立無援状態なので、早々に降参を決めた。ここで言い争って雰囲気悪くなるのも嫌だし。今日は幼い子がたくさんいる孤児院だから、汚れてもいい恰好をしてきた。といっても、貴族令嬢としての面子は保たれている。

 絹だけど、艶が少なめの織り方をした普段着なの。色も派手じゃなく、柔らかなブラウンだった。裾や襟に緑の刺繍が入っている。これだけで、平民じゃないと判断されるはず。刺繍は手間がかかるから値段が高い。貴族令嬢が刺繍を習うのは、この値段が影響していた。

 もし未亡人になっても食べていく手段を身に着け、なおかつ最低限の生活が担保される収入源となる技術。さらに見目がよく、刺繍したハンカチやクラバット、リボンなどを家族に渡す習慣があった。その刺繍を姉妹や娘が手掛けた場合、その腕前を見て婚約話が舞い込むこともあるほど。

 刺繍は時間がかかる上、修練に時間がかかる。平民はもっと手っ取り早くお金になる仕事を選んだ。刺繍を施した服は、地味に見えてもお金がかかっている証拠なのだ。

「この刺繍、私が刺したの。どうかしら」

 黄色い小花に緑の蔦が這うデザインは、バランスも腕前も申し分ない。

「すごく綺麗。私よりずっと上手」

 今はもちろん手が動かないけど、前世の私と比べても全然腕が上だった。綺麗だなと思っていた刺繍が友人の作品と聞いて、さらに綺麗に見える。嬉しそうなメイベルがぎゅっと抱っこするのを、ママが「可愛いが二人ね」と笑った。

 馬車が停まり、降りた私達を子ども達が出迎える。精一杯お洒落をしたのだろう。清潔感のある服装で、髪も梳かしていた。挨拶をしてすぐ、侍従達が物資を運び込む。お礼を言って受け取る男の子が、新しい布団に顔を埋めた。女の子達は洋服に夢中で、もっと幼い子はお菓子の籠に目を輝かせる。

「これからは頻繁に顔を出すわ。足りない物は言ってちょうだい。次の訪問までに用意させるから」

 孤児院を管理する神父様は喜び、屋根の修繕についてママに相談し始めた。言われて見上げると、なぜか空が見える。二階がない高い天井のどこかに穴があるんだわ。見上げていると、裾をつんと引っ張られた。視線を降ろしても、光を見た所為かよく見えない。

 どこかへ引っ掛けたかしら?
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