上 下
38 / 72

38.にぃにと私の秘密だね

しおりを挟む
 話を聞いてしばらく、私は動けなかった。にぃにの抱っこに甘え、涙が止まるまでそのまま過ごす。ただの逃げだけど、にぃには許した。

 いつもそう。とても大切にされてきたし、愛されていると感じた。ママもパパも、にぃにや親友のメイベルも、誰もが優しい。今なら乳母のエイミーや侍女のローナもいる。首を落とされたりしたけど、私は恵まれていたのね。

「失礼します。眠いようでしたら、お嬢様をベッドにお運びしましょうか」

 エイミーの声かけに、にぃにはゆっくり首を横に振った。その動きで、私はようやく顔を上げる。視線が絡んで、大丈夫だと笑顔を浮かべた。無理してないよ、心配しないで。

「あらやだ、出かけるんじゃなかったわ。私の小さなお姫様の目元が腫れてるじゃない」

「え? 本当だわ。キース様ったらグロリアを泣かせたのですか」

 帰宅したママとメイベルに責められ、慌てるにぃに。くすくす笑いながら、私は大事な兄を庇った。

「違うの。昔の話をしたら笑いすぎて、涙出ちゃったの。お腹も痛いのよ」

 疲れるほど笑った。そう誤魔化して、抱き上げるママにしがみ付く。後ろからメイベルが私の旋毛にキスをした。擽ったい。

「美味しいお菓子を買ってきたわ。食べましょう」

「そうそう、グロリアのリボンも買ったのよ」

 暗くなりかけた雰囲気を救った二人と両手を繋ぎ、短い足でてくてくと進む。後ろでにぃにが苦笑いした。ごめんね、悪役にしちゃった。振り返った私に、にぃには唇を人差し指で押さえる。この仕草は「内緒」や「秘密」の合図だ。

 久しぶりに見たな、その合図。ママに内緒でおやつを食べた時や、パパの花瓶を壊して隠した時に使ったっけ。懐かしさに頬が緩んだ。全員で居間へ移動し、床の上にトレイを並べてお茶を飲み始める。もちろん靴は脱いで、楽な姿勢で絨毯に座った。

「このスタイル、この国でもやっと広まってきましたね」

 流行に敏感なメイベルは、以前から羨ましいと口にしていたけど、屋敷で行う勇気はなかったという。それがブラッドリー国の領地となり、併合されたことで文化も融合し始めたとか。一緒にくつろぐママは、ドレスのベルトやリボンも緩めていた。

「聞きたい話は聞けた?」

「うん」

「ならば、明日は外へ出かけましょう」

 ママはまだお買い物が足りないのかと首を傾げる。もう私の服は届くのを待つばかりだし、特に夜会もないから買わなくていいよね。そう思ったけど、口にしなかった。金持ちや貴族が散財するのは、民への施しのひとつなの。蓄財に夢中になったら、平民の暮らしは苦しくなるから。

 適正に支払って、技術の育成や……何だっけ。とにかく職人さんやその周辺の人々が暮らしていけるように、手助けするのも貴族の義務だと聞いていた。前世は実践もしていたわ。絵描きさんが綺麗な絵を描いても、一般の人は買わない。だから貴族が買い上げて、彼らの生活を支えるのよね。

「そろそろ孤児院や学校への寄付も始めようと思うの」

 国の根幹である王宮の執政が止まったことで、隣国からさまざまな支援が入った。まずは衣食住から始まり、ようやく教育や福祉に手が回るようになったのかな。そういう外出なら、私も手伝いたい。

 買ってきてもらったミニケーキを、フォークで半分にして口に放り込む。ちょっと大きかったかも。パンパンになった頬を両手で包んで、食べ終わるまで押さえた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢は所詮悪役令嬢

白雪の雫
ファンタジー
「アネット=アンダーソン!貴女の私に対する仕打ちは到底許されるものではありません!殿下、どうかあの平民の女に頭を下げるように言って下さいませ!」 魔力に秀でているという理由で聖女に選ばれてしまったアネットは、平民であるにも関わらず公爵令嬢にして王太子殿下の婚約者である自分を階段から突き落とそうとしただの、冬の池に突き落として凍死させようとしただの、魔物を操って殺そうとしただの──・・・。 リリスが言っている事は全て彼女達による自作自演だ。というより、ゲームの中でリリスがヒロインであるアネットに対して行っていた所業である。 愛しいリリスに縋られたものだから男としての株を上げたい王太子は、アネットが無実だと分かった上で彼女を断罪しようとするのだが、そこに父親である国王と教皇、そして聖女の夫がやって来る──・・・。 悪役令嬢がいい子ちゃん、ヒロインが脳内お花畑のビッチヒドインで『ざまぁ』されるのが多いので、逆にしたらどうなるのか?という思い付きで浮かんだ話です。

悪役令嬢を陥れようとして失敗したヒロインのその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
女伯グリゼルダはもう不惑の歳だが、過去に起こしたスキャンダルが原因で異性から敬遠され未だに独身だった。 二十二年前、グリゼルダは恋仲になった王太子と結託して彼の婚約者である公爵令嬢を陥れようとした。 けれど、返り討ちに遭ってしまい、結局恋人である王太子とも破局してしまったのだ。 ある時、グリゼルダは王都で開かれた仮面舞踏会に参加する。そこで、トラヴィスという年下の青年と知り合ったグリゼルダは彼と恋仲になった。そして、どんどん彼に夢中になっていく。 だが、ある日。トラヴィスは、突然グリゼルダの前から姿を消してしまう。グリゼルダはショックのあまり倒れてしまい、気づいた時には病院のベッドの上にいた。 グリゼルダは、心配そうに自分の顔を覗き込む執事にトラヴィスと連絡が取れなくなってしまったことを伝える。すると、執事は首を傾げた。 そして、困惑した様子でグリゼルダに尋ねたのだ。「トラヴィスって、一体誰ですか? そんな方、この世に存在しませんよね?」と──。

悪役令嬢によればこの世界は乙女ゲームの世界らしい

斯波
ファンタジー
ブラック企業を辞退した私が卒業後に手に入れたのは無職の称号だった。不服そうな親の目から逃れるべく、喫茶店でパート情報を探そうとしたが暴走トラックに轢かれて人生を終えた――かと思ったら村人達に恐れられ、軟禁されている10歳の少女に転生していた。どうやら少女の強大すぎる魔法は村人達の恐怖の対象となったらしい。村人の気持ちも分からなくはないが、二度目の人生を小屋での軟禁生活で終わらせるつもりは毛頭ないので、逃げることにした。だが私には強すぎるステータスと『ポイント交換システム』がある!拠点をテントに決め、日々魔物を狩りながら自由気ままな冒険者を続けてたのだが……。 ※1.恋愛要素を含みますが、出てくるのが遅いのでご注意ください。 ※2.『悪役令嬢に転生したので断罪エンドまでぐーたら過ごしたい 王子がスパルタとか聞いてないんですけど!?』と同じ世界観・時間軸のお話ですが、こちらだけでもお楽しみいただけます。

【完結】名ばかりの妻を押しつけられた公女は、人生のやり直しを求めます。2度目は絶対に飼殺し妃ルートの回避に全力をつくします。

yukiwa (旧PN 雪花)
恋愛
*タイトル変更しました。(旧題 黄金竜の花嫁~飼殺し妃は遡る~) パウラ・ヘルムダールは、竜の血を継ぐ名門大公家の跡継ぎ公女。 この世を支配する黄金竜オーディに望まれて側室にされるが、その実態は正室の仕事を丸投げされてこなすだけの、名のみの妻だった。 しかもその名のみの妻、側室なのに選抜試験などと御大層なものがあって。生真面目パウラは手を抜くことを知らず、ついつい頑張ってなりたくもなかった側室に見事当選。 もう一人の側室候補エリーヌは、イケメン試験官と恋をしてさっさと選抜試験から引き揚げていた。 「やられた!」と後悔しても、後の祭り。仕方ないからパウラは丸投げされた仕事をこなし、こなして一生を終える。そしてご褒美にやり直しの転生を願った。 「二度と絶対、飼殺しの妃はごめんです」 そうして始まった2度目の人生、なんだか周りが騒がしい。 竜の血を継ぐ4人の青年(後に試験官になる)たちは、なぜだかみんなパウラに甘い。 後半、シリアス風味のハピエン。 3章からルート分岐します。 小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。 表紙画像はwaifulabsで作成していただきました。 https://waifulabs.com/

乙女ゲームの断罪イベントが終わった世界で転生したモブは何を思う

ひなクラゲ
ファンタジー
 ここは乙女ゲームの世界  悪役令嬢の断罪イベントも終わり、無事にエンディングを迎えたのだろう…  主人公と王子の幸せそうな笑顔で…  でも転生者であるモブは思う  きっとこのまま幸福なまま終わる筈がないと…

公爵令嬢は薬師を目指す~悪役令嬢ってなんですの?~【短編版】

ゆうの
ファンタジー
 公爵令嬢、ミネルヴァ・メディシスは時折夢に見る。「治癒の神力を授かることができなかった落ちこぼれのミネルヴァ・メディシス」が、婚約者である第一王子殿下と恋に落ちた男爵令嬢に毒を盛り、断罪される夢を。  ――しかし、夢から覚めたミネルヴァは、そのたびに、思うのだ。「医者の家系《メディシス》に生まれた自分がよりによって誰かに毒を盛るなんて真似をするはずがないのに」と。  これは、「治癒の神力」を授かれなかったミネルヴァが、それでもメディシスの人間たろうと努力した、その先の話。 ※ 様子見で(一応)短編として投稿します。反響次第では長編化しようかと(「その後」を含めて書きたいエピソードは山ほどある)。

乙女ゲームの悪役令嬢は生れかわる

レラン
恋愛
 前世でプレーした。乙女ゲーム内に召喚転生させられた主人公。  すでに危機的状況の悪役令嬢に転生してしまい、ゲームに関わらないようにしていると、まさかのチート発覚!?  私は平穏な暮らしを求めただけだっだのに‥‥ふふふ‥‥‥チートがあるなら最大限活用してやる!!  そう意気込みのやりたい放題の、元悪役令嬢の日常。 ⚠︎語彙力崩壊してます⚠︎ ⚠︎誤字多発です⚠︎ ⚠︎話の内容が薄っぺらです⚠︎ ⚠︎ざまぁは、結構後になってしまいます⚠︎

悪役令嬢エリザベート物語

kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ 公爵令嬢である。 前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。 ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。 父はアフレイド・ノイズ公爵。 ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。 魔法騎士団の総団長でもある。 母はマーガレット。 隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。 兄の名前はリアム。  前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。 そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。 王太子と婚約なんてするものか。 国外追放になどなるものか。 乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。 私は人生をあきらめない。 エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。 ⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです

処理中です...