21 / 72
21.二人の馴れ初め……ではなかった
しおりを挟む
「では、今からよ」
しっかり時間を指定されて頷く。せーので、名前呼びが始まった。様の敬称を省略するの。でも義姉になるのに問題かな? と迷ったけど、家の中では「ねぇね」になるからいいんですって。
「メイベル」
照れてしまった。両手で顔を隠した私に「グロリア……呼んでみると恥ずかしいわね」と笑う。親友の明るい表情に、私はほっとしていた。目の前で友人の首が落ちる状況なんて、普通の貴族令嬢はないわ。だからトラウマになっていたら、申し訳ないと思ったの。
「トラウマ……そうね、一ヶ月くらいは食べ物が喉を通らなくて。がりがりに痩せたわ」
「え……なんか、ごめんなさい」
私が謝るのも違うけど、他に言葉が見つからなかった。元から細い腰なのに、ガリガリって言われたら怖い。ほとんど固形物を食べられず、すり下ろした果物や卵入りのスープを流し込まれたとメイベルは語った。
「この髪も結構抜けてしまって、ここ二年ほどでようやく戻ったの」
言われなければ気づかなかった。私が殺されて五年、皆が忘れて楽しく過ごせば良かったと思わない。でもこんなに苦しめてしまったのなら、いっそ忘れてくれてもいいのに。
唇を噛んだ私の髪を、にぃにが優しく撫でる。
「実は婚約の打診は三年前なんだ。復讐が一段落して、こちらに戻ってすぐ声を掛けた」
「まだ髪が薄いから嫌だと答えたのよ」
くすくす笑うメイベルだが、今は柔らかく波打つ髪は豊かだった。自慢の髪が抜けた時、すごく悩んだだろうし悲しかっただろう。同じ女性なので想像できた。
「髪が整うまで待ってと言われたから、君がつるっ禿げでも平気だと再打診したら、返事が来なかった。必死で通ったが無視されてね」
「それはにぃにが悪いわ」
髪が抜け落ちて嘆いている女性に「つるっ禿げ」なんて単語を使ったら、ダメよ。文官で就職したのに、言葉で失敗するなんて。それじゃ脳筋じゃない! あ、今は脳筋になってたわね。もしかしてお祖父様の教育のせいで、にぃには壊れたのかしら。
「今は絶対に言わないし、言っても笑い飛ばされるな」
「当然よ、もし同じ発言をしたら……そうね。グロリアを連れて逃げます」
「それは気をつけないと」
私をダシにして楽しそうな二人の会話に、行儀悪く肘をついて口元を緩める。足を揺らしてぶらぶらさせ、こてりと首を傾げた。
「仲が良すぎて、私が寂しい」
冗談のつもりの一言に、二人は驚くほど反応した。互いを押し除けるようにして私を奪い合い、両側から腕を掴まれる経験をする。初めてだけど、これ……結構痛いわね。涙が滲んだら二人して手を離され、落ちる直前にエイミーにキャッチされた。
「お二人とも! お嬢様はまだ幼いのですよ? 腕が抜けたらどうするのですか。これは奥様に報告させていただきます」
「すまない」
「ごめんなさい」
二人はママに報告しないよう頼んだが、エイミーは断固として首を横に振った。そうなのよ、育ての母であるエイミーは頑固よ。二人とも反省して頂戴ね。
しっかり時間を指定されて頷く。せーので、名前呼びが始まった。様の敬称を省略するの。でも義姉になるのに問題かな? と迷ったけど、家の中では「ねぇね」になるからいいんですって。
「メイベル」
照れてしまった。両手で顔を隠した私に「グロリア……呼んでみると恥ずかしいわね」と笑う。親友の明るい表情に、私はほっとしていた。目の前で友人の首が落ちる状況なんて、普通の貴族令嬢はないわ。だからトラウマになっていたら、申し訳ないと思ったの。
「トラウマ……そうね、一ヶ月くらいは食べ物が喉を通らなくて。がりがりに痩せたわ」
「え……なんか、ごめんなさい」
私が謝るのも違うけど、他に言葉が見つからなかった。元から細い腰なのに、ガリガリって言われたら怖い。ほとんど固形物を食べられず、すり下ろした果物や卵入りのスープを流し込まれたとメイベルは語った。
「この髪も結構抜けてしまって、ここ二年ほどでようやく戻ったの」
言われなければ気づかなかった。私が殺されて五年、皆が忘れて楽しく過ごせば良かったと思わない。でもこんなに苦しめてしまったのなら、いっそ忘れてくれてもいいのに。
唇を噛んだ私の髪を、にぃにが優しく撫でる。
「実は婚約の打診は三年前なんだ。復讐が一段落して、こちらに戻ってすぐ声を掛けた」
「まだ髪が薄いから嫌だと答えたのよ」
くすくす笑うメイベルだが、今は柔らかく波打つ髪は豊かだった。自慢の髪が抜けた時、すごく悩んだだろうし悲しかっただろう。同じ女性なので想像できた。
「髪が整うまで待ってと言われたから、君がつるっ禿げでも平気だと再打診したら、返事が来なかった。必死で通ったが無視されてね」
「それはにぃにが悪いわ」
髪が抜け落ちて嘆いている女性に「つるっ禿げ」なんて単語を使ったら、ダメよ。文官で就職したのに、言葉で失敗するなんて。それじゃ脳筋じゃない! あ、今は脳筋になってたわね。もしかしてお祖父様の教育のせいで、にぃには壊れたのかしら。
「今は絶対に言わないし、言っても笑い飛ばされるな」
「当然よ、もし同じ発言をしたら……そうね。グロリアを連れて逃げます」
「それは気をつけないと」
私をダシにして楽しそうな二人の会話に、行儀悪く肘をついて口元を緩める。足を揺らしてぶらぶらさせ、こてりと首を傾げた。
「仲が良すぎて、私が寂しい」
冗談のつもりの一言に、二人は驚くほど反応した。互いを押し除けるようにして私を奪い合い、両側から腕を掴まれる経験をする。初めてだけど、これ……結構痛いわね。涙が滲んだら二人して手を離され、落ちる直前にエイミーにキャッチされた。
「お二人とも! お嬢様はまだ幼いのですよ? 腕が抜けたらどうするのですか。これは奥様に報告させていただきます」
「すまない」
「ごめんなさい」
二人はママに報告しないよう頼んだが、エイミーは断固として首を横に振った。そうなのよ、育ての母であるエイミーは頑固よ。二人とも反省して頂戴ね。
13
お気に入りに追加
596
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢は所詮悪役令嬢
白雪の雫
ファンタジー
「アネット=アンダーソン!貴女の私に対する仕打ちは到底許されるものではありません!殿下、どうかあの平民の女に頭を下げるように言って下さいませ!」
魔力に秀でているという理由で聖女に選ばれてしまったアネットは、平民であるにも関わらず公爵令嬢にして王太子殿下の婚約者である自分を階段から突き落とそうとしただの、冬の池に突き落として凍死させようとしただの、魔物を操って殺そうとしただの──・・・。
リリスが言っている事は全て彼女達による自作自演だ。というより、ゲームの中でリリスがヒロインであるアネットに対して行っていた所業である。
愛しいリリスに縋られたものだから男としての株を上げたい王太子は、アネットが無実だと分かった上で彼女を断罪しようとするのだが、そこに父親である国王と教皇、そして聖女の夫がやって来る──・・・。
悪役令嬢がいい子ちゃん、ヒロインが脳内お花畑のビッチヒドインで『ざまぁ』されるのが多いので、逆にしたらどうなるのか?という思い付きで浮かんだ話です。
悪役令嬢を陥れようとして失敗したヒロインのその後
柚木崎 史乃
ファンタジー
女伯グリゼルダはもう不惑の歳だが、過去に起こしたスキャンダルが原因で異性から敬遠され未だに独身だった。
二十二年前、グリゼルダは恋仲になった王太子と結託して彼の婚約者である公爵令嬢を陥れようとした。
けれど、返り討ちに遭ってしまい、結局恋人である王太子とも破局してしまったのだ。
ある時、グリゼルダは王都で開かれた仮面舞踏会に参加する。そこで、トラヴィスという年下の青年と知り合ったグリゼルダは彼と恋仲になった。そして、どんどん彼に夢中になっていく。
だが、ある日。トラヴィスは、突然グリゼルダの前から姿を消してしまう。グリゼルダはショックのあまり倒れてしまい、気づいた時には病院のベッドの上にいた。
グリゼルダは、心配そうに自分の顔を覗き込む執事にトラヴィスと連絡が取れなくなってしまったことを伝える。すると、執事は首を傾げた。
そして、困惑した様子でグリゼルダに尋ねたのだ。「トラヴィスって、一体誰ですか? そんな方、この世に存在しませんよね?」と──。
悪役令嬢エリザベート物語
kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ
公爵令嬢である。
前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。
ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。
父はアフレイド・ノイズ公爵。
ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。
魔法騎士団の総団長でもある。
母はマーガレット。
隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。
兄の名前はリアム。
前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。
そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。
王太子と婚約なんてするものか。
国外追放になどなるものか。
乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。
私は人生をあきらめない。
エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。
⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです
悪役令嬢によればこの世界は乙女ゲームの世界らしい
斯波
ファンタジー
ブラック企業を辞退した私が卒業後に手に入れたのは無職の称号だった。不服そうな親の目から逃れるべく、喫茶店でパート情報を探そうとしたが暴走トラックに轢かれて人生を終えた――かと思ったら村人達に恐れられ、軟禁されている10歳の少女に転生していた。どうやら少女の強大すぎる魔法は村人達の恐怖の対象となったらしい。村人の気持ちも分からなくはないが、二度目の人生を小屋での軟禁生活で終わらせるつもりは毛頭ないので、逃げることにした。だが私には強すぎるステータスと『ポイント交換システム』がある!拠点をテントに決め、日々魔物を狩りながら自由気ままな冒険者を続けてたのだが……。
※1.恋愛要素を含みますが、出てくるのが遅いのでご注意ください。
※2.『悪役令嬢に転生したので断罪エンドまでぐーたら過ごしたい 王子がスパルタとか聞いてないんですけど!?』と同じ世界観・時間軸のお話ですが、こちらだけでもお楽しみいただけます。
どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~
涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!
【完結】その令嬢は号泣しただけ~泣き虫令嬢に悪役は無理でした~
春風由実
恋愛
お城の庭園で大泣きしてしまった十二歳の私。
かつての記憶を取り戻し、自分が物語の序盤で早々に退場する悪しき公爵令嬢であることを思い出します。
私は目立たず密やかに穏やかに、そして出来るだけ長く生きたいのです。
それにこんなに泣き虫だから、王太子殿下の婚約者だなんて重たい役目は無理、無理、無理。
だから早々に逃げ出そうと決めていたのに。
どうして目の前にこの方が座っているのでしょうか?
※本編十七話、番外編四話の短いお話です。
※こちらはさっと完結します。(2022.11.8完結)
※カクヨムにも掲載しています。
公爵令嬢は薬師を目指す~悪役令嬢ってなんですの?~【短編版】
ゆうの
ファンタジー
公爵令嬢、ミネルヴァ・メディシスは時折夢に見る。「治癒の神力を授かることができなかった落ちこぼれのミネルヴァ・メディシス」が、婚約者である第一王子殿下と恋に落ちた男爵令嬢に毒を盛り、断罪される夢を。
――しかし、夢から覚めたミネルヴァは、そのたびに、思うのだ。「医者の家系《メディシス》に生まれた自分がよりによって誰かに毒を盛るなんて真似をするはずがないのに」と。
これは、「治癒の神力」を授かれなかったミネルヴァが、それでもメディシスの人間たろうと努力した、その先の話。
※ 様子見で(一応)短編として投稿します。反響次第では長編化しようかと(「その後」を含めて書きたいエピソードは山ほどある)。
【完結】名ばかりの妻を押しつけられた公女は、人生のやり直しを求めます。2度目は絶対に飼殺し妃ルートの回避に全力をつくします。
yukiwa (旧PN 雪花)
恋愛
*タイトル変更しました。(旧題 黄金竜の花嫁~飼殺し妃は遡る~)
パウラ・ヘルムダールは、竜の血を継ぐ名門大公家の跡継ぎ公女。
この世を支配する黄金竜オーディに望まれて側室にされるが、その実態は正室の仕事を丸投げされてこなすだけの、名のみの妻だった。
しかもその名のみの妻、側室なのに選抜試験などと御大層なものがあって。生真面目パウラは手を抜くことを知らず、ついつい頑張ってなりたくもなかった側室に見事当選。
もう一人の側室候補エリーヌは、イケメン試験官と恋をしてさっさと選抜試験から引き揚げていた。
「やられた!」と後悔しても、後の祭り。仕方ないからパウラは丸投げされた仕事をこなし、こなして一生を終える。そしてご褒美にやり直しの転生を願った。
「二度と絶対、飼殺しの妃はごめんです」
そうして始まった2度目の人生、なんだか周りが騒がしい。
竜の血を継ぐ4人の青年(後に試験官になる)たちは、なぜだかみんなパウラに甘い。
後半、シリアス風味のハピエン。
3章からルート分岐します。
小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。
表紙画像はwaifulabsで作成していただきました。
https://waifulabs.com/
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる