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第148話 これって例え話なんだけど
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ココは足元に寝そべり、戯れ付くネネを尻尾であしらう。慣れた光景を見つめる契約主は、顔が真っ赤だった。あれから時間が経ち、王城から屋敷に戻ったのにまだ赤い。
『リン、そろそろ帰ろうよ』
今日はお稲荷さんに柚子を入れてもらう約束だ。キエの用意するお稲荷さんは、あれこれ工夫が凝らされておりお気に入りだった。出来立てを食べたいので、帰ろうと促す。
「うん」
さっきも同じ会話をして、同じ返事をもらった。だが動こうとしないアイリーンに、ネネが飛びつく。子犬が脛にガブリ……。
「きゃっ!」
『帰ろう? 僕、お腹すいた』
直球の攻撃と口撃を食らい、アイリーンは我に返った。よくやったと毛繕いしてもらい、ネネはご機嫌だ。ココが優しい、と嬉しそうに尻尾を振った。敵同士で戦った過去があるとは思えない姿だ。
「そうね、帰らなくちゃ」
ふらりと立ち上がり、ココとネネを抱き上げた。屋敷の部屋に用意した式紙に霊力を流し、倭国へ転移する。この術は神々の力を必要とするため、巫女でも使える者が限られていた。三柱もの神と契約するアイリーンは、かなり私的に活用しているが、本来は特殊な術なのだ。
「おかえりなさいませ、姫様」
出迎えたキエに頷き、二匹を抱いたまま歩く。と、突然足を止めて振り返った。
「ねえ、例えば……唇が触れるのって、接吻かしら。事故みたいな状況で、その……いえ、例え話なんだけれど」
真っ赤な顔でそんなことを尋ねられ、本心から「例え話ですね」と納得する人はいない。だが、キエは穏やかに頷きながら聞いた。母親を亡くし、実家に見限られた末姫を娘のように愛してきた。その子が、真っ先に相談してくれたのだ。
嬉しさと、離れていく寂しさを同時に味わう。アイリーンの照れた表情に見え隠れする、喜びを感じ取って頬が緩んだ。アイリーンが幸せになれるよう祈りながら、穏やかに口を開いた。
「そうですね。私の考えになりますが、触れたお相手次第なのでは? 嫌な相手ならば事故、好意を持つ方なら接吻で良いと思いますよ。もちろん、例え話でございます」
「そ、そう」
挙動不審なアイリーンは、ぎこちない歩き方で自室へ引き上げた。部屋の前を離れようとしたキエの耳に甲高い嬌声が聞こえた。
「きゃぁああ! どうしよう、あれって接吻よね。ココやネネはどう思う?」
興奮して契約獣に詰め寄る姿が浮かんで、ふふっと笑みが浮かんだ。口元を引き締めて、なんでもない顔で足音を忍ばせる。キエから話を聞いたアオイは、妹ヒスイと盛り上がった。
接吻まで済ませたなら、もう婚約成立だ。父と兄に畳み掛ける準備を整え、当事者が知らぬ間に話は急激に進展する。久しぶりに家族が揃う夕食の場で、本当に婚約するのかと問われるアイリーンは、開き直って頷いた。
その際に頬を赤らめ、唇に触れる仕草を見せたため……兄と父は撃沈した。長男で皇太子のシン、二人の姉を差し置いて、末っ子の婚約が確定する。倭国から正式な受理の手紙が送られるまで、あと数日。
『リン、そろそろ帰ろうよ』
今日はお稲荷さんに柚子を入れてもらう約束だ。キエの用意するお稲荷さんは、あれこれ工夫が凝らされておりお気に入りだった。出来立てを食べたいので、帰ろうと促す。
「うん」
さっきも同じ会話をして、同じ返事をもらった。だが動こうとしないアイリーンに、ネネが飛びつく。子犬が脛にガブリ……。
「きゃっ!」
『帰ろう? 僕、お腹すいた』
直球の攻撃と口撃を食らい、アイリーンは我に返った。よくやったと毛繕いしてもらい、ネネはご機嫌だ。ココが優しい、と嬉しそうに尻尾を振った。敵同士で戦った過去があるとは思えない姿だ。
「そうね、帰らなくちゃ」
ふらりと立ち上がり、ココとネネを抱き上げた。屋敷の部屋に用意した式紙に霊力を流し、倭国へ転移する。この術は神々の力を必要とするため、巫女でも使える者が限られていた。三柱もの神と契約するアイリーンは、かなり私的に活用しているが、本来は特殊な術なのだ。
「おかえりなさいませ、姫様」
出迎えたキエに頷き、二匹を抱いたまま歩く。と、突然足を止めて振り返った。
「ねえ、例えば……唇が触れるのって、接吻かしら。事故みたいな状況で、その……いえ、例え話なんだけれど」
真っ赤な顔でそんなことを尋ねられ、本心から「例え話ですね」と納得する人はいない。だが、キエは穏やかに頷きながら聞いた。母親を亡くし、実家に見限られた末姫を娘のように愛してきた。その子が、真っ先に相談してくれたのだ。
嬉しさと、離れていく寂しさを同時に味わう。アイリーンの照れた表情に見え隠れする、喜びを感じ取って頬が緩んだ。アイリーンが幸せになれるよう祈りながら、穏やかに口を開いた。
「そうですね。私の考えになりますが、触れたお相手次第なのでは? 嫌な相手ならば事故、好意を持つ方なら接吻で良いと思いますよ。もちろん、例え話でございます」
「そ、そう」
挙動不審なアイリーンは、ぎこちない歩き方で自室へ引き上げた。部屋の前を離れようとしたキエの耳に甲高い嬌声が聞こえた。
「きゃぁああ! どうしよう、あれって接吻よね。ココやネネはどう思う?」
興奮して契約獣に詰め寄る姿が浮かんで、ふふっと笑みが浮かんだ。口元を引き締めて、なんでもない顔で足音を忍ばせる。キエから話を聞いたアオイは、妹ヒスイと盛り上がった。
接吻まで済ませたなら、もう婚約成立だ。父と兄に畳み掛ける準備を整え、当事者が知らぬ間に話は急激に進展する。久しぶりに家族が揃う夕食の場で、本当に婚約するのかと問われるアイリーンは、開き直って頷いた。
その際に頬を赤らめ、唇に触れる仕草を見せたため……兄と父は撃沈した。長男で皇太子のシン、二人の姉を差し置いて、末っ子の婚約が確定する。倭国から正式な受理の手紙が送られるまで、あと数日。
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