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第139話 素直になれない母子
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愛すべきやんちゃ坊主の帰還、そう揶揄する王妃にルイは両手を挙げて降参した。母である彼女に勝てた試しはない。兄アンリの実母である側妃との関係も良好で、五人は穏やかに着座した。ルイが持ち帰った土産話と騒動を確認するためだ。
王城へ帰還する日に大きな地震に見舞われ、魔力の乱れと空を舞うドラゴンを確認した。そのまま追いかけた判断を、ルイは後悔していない。あの場で動けたのは自分だけであり、追いつける可能性があったのも俺だけだろう、と。
見失ってから探すより、格段に手間は省けた。その部分を強調し、仕方なかったと主張する。なるほどと頷く兄や父は簡単だ。淑女の微笑みで本心を悟らせない母親が一番手ごわかった。側妃殿は腹芸が苦手なので、すぐ顔に出る。正妃の息子がそんな危険を冒さなくても……そんな表情だった。
「というわけで、倭国のアイリーン姫と契約した神々のご尽力で丸く収まりました」
きちんと纏めた話に仕上げ、めでたしめでたしで締め括る。説明を終えてほっとした途端、王妃はぱちんと扇を鳴らした。どきっとする。あの扇は淑女の微笑みより怖い。こちらの不手際や不備を指摘する際、必ず音を鳴らすのだ。身についた恐怖がじわりと背筋を這いあがった。
「ご苦労でした。倭国の巫女姫殿と親しい様子ですが……」
最後まで言い切らずに、こちらに振る。嫌な手法で探られ、目が泳いでしまった。チェックされただろうか。舌打ちしたい心境で、隠している部分まで見抜いた母に降参する。結局、王妃である母に勝てた試しがないのだ。
「以前から親交がありまして」
「なんと! 東開大陸で王子を名乗ったのか?」
一応王子として留学するが、特別扱いはしない。そういう約束だった。それが皇族の巫女姫と親しいとなれば、交友関係を疑われる。分かっていたルイは、父の発言に首を横に振った。
「自ら吹聴したことはありません。倭国で騒動があった際、お力になれるかと協力した関係で」
「その話はシン皇太子殿下よりお伺いしましたが、それ以前に交友があったようですね」
今度は確定形で、知っているぞと詰めてくる。逃げ場のないゲーム盤のようだ。冷や汗をかきながら言い訳を探すルイに、思わぬところから助け船が出た。
「皆様、ルイ王子殿下もお疲れなのですわ。ここで一度お開きにしてはいかがでしょう」
まさかの側妃殿による休憩の提案だ。父上は反対できずに頷き、兄アンリも同意した。助けを出せずに済まないと視線で詫びてくる。母上だけは扇を広げたり閉じたり、結論を先送りにした。だが、側妃と視線を合わせて肩の力を抜く。
「ルイ、ゆっくり休みなさい。続きは明日の朝食で、……ね?」
「はい……」
明日の朝食は胃にもたれそうだ。ゆっくりと言われたので、夕食は自室へ運んでもらおう。顔を合わせて、朝食前ですがと蒸し返されるのも嫌だ。出来たら朝食も欠席したい。廊下に出て、両手で顔を覆った。くそっ、ドラゴン相手より母上と対峙する方が勝率が低いぞ。
自室へ引き上げるルイは気付かなかった。見送った兄アンリが室内に引き上げると同時に、王妃が崩れるようにソファに座り込む。咄嗟に支えた国王が彼女を支えた。心底心配し、無事な姿に目が潤んでいたのに。どうしても素直になれず、問い詰めた王妃は落とした扇を手を伸ばした。
「素直でないところも、そっくりな母子ですわ」
ほほほと笑う側妃は、己が出した絶妙なタイミングに満足げ。駆け寄ったアンリは、王妃の扇を拾って手渡しながら、実母に溜め息を吐いた。
王城へ帰還する日に大きな地震に見舞われ、魔力の乱れと空を舞うドラゴンを確認した。そのまま追いかけた判断を、ルイは後悔していない。あの場で動けたのは自分だけであり、追いつける可能性があったのも俺だけだろう、と。
見失ってから探すより、格段に手間は省けた。その部分を強調し、仕方なかったと主張する。なるほどと頷く兄や父は簡単だ。淑女の微笑みで本心を悟らせない母親が一番手ごわかった。側妃殿は腹芸が苦手なので、すぐ顔に出る。正妃の息子がそんな危険を冒さなくても……そんな表情だった。
「というわけで、倭国のアイリーン姫と契約した神々のご尽力で丸く収まりました」
きちんと纏めた話に仕上げ、めでたしめでたしで締め括る。説明を終えてほっとした途端、王妃はぱちんと扇を鳴らした。どきっとする。あの扇は淑女の微笑みより怖い。こちらの不手際や不備を指摘する際、必ず音を鳴らすのだ。身についた恐怖がじわりと背筋を這いあがった。
「ご苦労でした。倭国の巫女姫殿と親しい様子ですが……」
最後まで言い切らずに、こちらに振る。嫌な手法で探られ、目が泳いでしまった。チェックされただろうか。舌打ちしたい心境で、隠している部分まで見抜いた母に降参する。結局、王妃である母に勝てた試しがないのだ。
「以前から親交がありまして」
「なんと! 東開大陸で王子を名乗ったのか?」
一応王子として留学するが、特別扱いはしない。そういう約束だった。それが皇族の巫女姫と親しいとなれば、交友関係を疑われる。分かっていたルイは、父の発言に首を横に振った。
「自ら吹聴したことはありません。倭国で騒動があった際、お力になれるかと協力した関係で」
「その話はシン皇太子殿下よりお伺いしましたが、それ以前に交友があったようですね」
今度は確定形で、知っているぞと詰めてくる。逃げ場のないゲーム盤のようだ。冷や汗をかきながら言い訳を探すルイに、思わぬところから助け船が出た。
「皆様、ルイ王子殿下もお疲れなのですわ。ここで一度お開きにしてはいかがでしょう」
まさかの側妃殿による休憩の提案だ。父上は反対できずに頷き、兄アンリも同意した。助けを出せずに済まないと視線で詫びてくる。母上だけは扇を広げたり閉じたり、結論を先送りにした。だが、側妃と視線を合わせて肩の力を抜く。
「ルイ、ゆっくり休みなさい。続きは明日の朝食で、……ね?」
「はい……」
明日の朝食は胃にもたれそうだ。ゆっくりと言われたので、夕食は自室へ運んでもらおう。顔を合わせて、朝食前ですがと蒸し返されるのも嫌だ。出来たら朝食も欠席したい。廊下に出て、両手で顔を覆った。くそっ、ドラゴン相手より母上と対峙する方が勝率が低いぞ。
自室へ引き上げるルイは気付かなかった。見送った兄アンリが室内に引き上げると同時に、王妃が崩れるようにソファに座り込む。咄嗟に支えた国王が彼女を支えた。心底心配し、無事な姿に目が潤んでいたのに。どうしても素直になれず、問い詰めた王妃は落とした扇を手を伸ばした。
「素直でないところも、そっくりな母子ですわ」
ほほほと笑う側妃は、己が出した絶妙なタイミングに満足げ。駆け寄ったアンリは、王妃の扇を拾って手渡しながら、実母に溜め息を吐いた。
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