上 下
102 / 159

第101話 契約後は名を貰いたい

しおりを挟む
 毛を逆立てて怒る狐の向かいで、蛇は愛らしく首を傾けた。

『どういうつもりなのさ』

『呪いを解いただけだが?』

 端的に返事をする白蛇神は、ちろちろと赤い舌を覗かせた。そわそわしながら、我も名前を貰わねばと呟く。

『人の身に、三柱は重過ぎる』

 だからお前は排除すると脅すが、白蛇神は長い体でとぐろを巻いて小狐を見下ろした。睨む視線を平然と受け流す。

『であれば、そなたが抜けても構わぬぞ』

『なんで僕なのさっ!』

『あの子は恨みを買いやすい。強さに見合う嫌な性格ならよかったが、純粋過ぎて闇にも人にも羨ましがられる。呪いを弾くなら、我の得意分野だ』

 蛇は呪いを強める。常にそう言われ続け、いつの間にか備わった能力だった。呪いを解いたりかけたり、どちらも自由に行うのは蛇神の特殊能力だ。後から備わった霊力を使用しない能力であるため、霊力が高くとも逃げられない。

『まさか、外戚連中を呪ったの?』

『いいや? そんな必要はあるまい。人を呪わば穴二つと申すであろう。呪った力は消滅しない』

 呪いを返されれば、それは呪った人が被る。当然のルールであり、霊力を持つ者が最初に教わる教訓だった。無意識とはいえ、強い霊力を持つ者がアイリーンを呪ったのだ。幼かったため、呪いを背負ったまま成長したが……ネネと契約した時点で、限界寸前だった。

 大きく膨らんだ霊力がミシミシと音を立てる中、最後の楔を打ち込んだのが白蛇神だ。強い霊力と呪いを操る力が、アイリーンの制御下に入った。契約した主人は、契約獣と同じ能力を保有する。

 神狐の青い炎は浄化を、狗神の燃えるような赤い霊力は攻撃を、最後の蛇神が呪いを。

『最悪だ』

『何を申すか、皇族初の最強巫女であるぞ。もっと喜ばぬか』

 むすっとした顔で言い聞かされ、ココは顔を両手で抱えて蹲った。契約が成立している以上、戦っても結果は変わらない。神と人の契約は魂で行われるため、解除も難しかった。不可能ではないが、魂を傷つけるので諦める方が正解だ。

「白蛇神様、ありがとうございました」

 帝セイランが丁寧に頭を下げる。倭国の王であろうと、神の前では一人の人間であり父親だった。娘にかけられた呪いが重く黒く見えるのに、解いてやれない。もどかしく苛立つ日々が、ようやく終わる。

『よい、それより……あの場に飛び込んだ炎の魔力を持つ若者、面白い相をしておった』

 白蛇神は赤く丸い目で帝を見つめる。気に入ったと言葉の端に滲ませ、牽制した。鈍いネネ辺りは気づかぬだろうが、アイリーンはルイと名乗った男に惚れている。ルイもまた然り。

 定期的に捧げられた賽銭の分だけ、ルイに味方しても許されるはず。企む白蛇神はとぐろを解いて移動を始めた。

「どちらへ?」

『主人に名を貰わねばならん』

 しゅるしゅると建物の隙間を利用して移動する蛇を追って、狐も走り出した。騒々しい神々に苦笑し、セイランは溜め息を吐く。圧倒する霊力が消え、ほっとした。あの霊圧で平然としているのは、末娘くらいだろう。

「とんでもない娘に育ったものだ。そなたにも見せたかったぞ、燐華りんか

 アイリーンを産んで身罷った妻の名を口にし、セイランは懐かしさに口元を緩めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

拝啓、私を追い出した皆様 いかがお過ごしですか?私はとても幸せです。

香木あかり
恋愛
拝啓、懐かしのお父様、お母様、妹のアニー 私を追い出してから、一年が経ちましたね。いかがお過ごしでしょうか。私は元気です。 治癒の能力を持つローザは、家業に全く役に立たないという理由で家族に疎まれていた。妹アニーの占いで、ローザを追い出せば家業が上手くいくという結果が出たため、家族に家から追い出されてしまう。 隣国で暮らし始めたローザは、実家の商売敵であるフランツの病気を治癒し、それがきっかけで結婚する。フランツに溺愛されながら幸せに暮らすローザは、実家にある手紙を送るのだった。 ※複数サイトにて掲載中です

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

私の手からこぼれ落ちるもの

アズやっこ
恋愛
5歳の時、お父様が亡くなった。 優しくて私やお母様を愛してくれたお父様。私達は仲の良い家族だった。 でもそれは偽りだった。 お父様の書斎にあった手記を見た時、お父様の優しさも愛も、それはただの罪滅ぼしだった。 お父様が亡くなり侯爵家は叔父様に奪われた。侯爵家を追い出されたお母様は心を病んだ。 心を病んだお母様を助けたのは私ではなかった。 私の手からこぼれていくもの、そして最後は私もこぼれていく。 こぼれた私を救ってくれる人はいるのかしら… ❈ 作者独自の世界観です。 ❈ 作者独自の設定です。 ❈ ざまぁはありません。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

別れてくれない夫は、私を愛していない

abang
恋愛
「私と別れて下さい」 「嫌だ、君と別れる気はない」 誕生パーティー、結婚記念日、大切な約束の日まで…… 彼の大切な幼馴染の「セレン」はいつも彼を連れ去ってしまう。 「ごめん、セレンが怪我をしたらしい」 「セレンが熱が出たと……」 そんなに大切ならば、彼女を妻にすれば良かったのでは? ふと過ぎったその考えに私の妻としての限界に気付いた。 その日から始まる、私を愛さない夫と愛してるからこそ限界な妻の離婚攻防戦。 「あなた、お願いだから別れて頂戴」 「絶対に、別れない」

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

処理中です...