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第96話 灰色にくすむ景色の中で
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何かが弾けるような感覚に、アイリーンは屋敷の方角を振り返った。何か良くないことが起きている。そう確信し、急いで走り出した。
風がおかしい、空も暗い。不安が膨らんで、何かに吸い込まれるような。周囲の人々も、なんとなく落ち着きがなかった。敏感な人は体調不良を訴えて蹲り、霊感が薄い人も気分が悪そうだ。
走り抜けるアイリーンの肩に、小狐が飛び乗った。
『リン、穢れだ』
「なぜ屋敷なのかしら」
封印された呪物は大量に保管しているが、厳重に管理され隔離されていた。誰が解き放ったのか、禍狗の時よりマシだけど。ぼやきながら、走るアイリーンは駆け寄った子犬に足を止めた。白い子犬は尻尾を振って一緒に行くと主張する。
「ネネはダメよ、ここに残って」
『やだ、僕も行く!』
『まだ穢れに近付けるほど、時間が経ってないのに』
呆れたと溜め息を吐くココ同様、アイリーンも子犬ネネが心配だった。禍狗になった原因が穢れなら、近づくことで影響を受けるのではないか。完全に浄化が定着して、神に戻っていればいい。アイリーンと契約したことで、神格は取り戻せていなかった。
「今度穢れたら、祓うしかなくなるでしょう? そんなの嫌よ」
ぴしゃんと厳しく言い聞かせ、しょんぼりと耳を垂らすネネを抱き上げる。足を動かし走ったアイリーンは、屋敷を覆う姉の結界の手前で下ろした。
「ここまで。絶対に結界の中へ入ったらダメよ? 約束だからね、ネネ」
『……うん』
仕方なさそうに約束する子犬へ、神狐のココがふぅと息を被せた。神域となって結界に成長する。
『これでよし、行くよ! リン』
「ええ。早くしないと影響が大きいわ」
じわじわと結界を侵食する黒い靄の手前で、アイリーンは呼吸を整える。水に飛び込む時のように大きく息を吸って、勢いよく走り出した。結界を抜けた先は、景色が灰色に見える。
霊力が強い者ほど影響を受けるだろう。数人の侍女が倒れているが、救護している場合ではない。ごめんねと手を合わせて、飛び越えた。
「リン? お願い! 手伝って」
姉のアオイが叫ぶ。アイリーンの肩から滑り降りたココが、ぶわっと毛を逆立てた。
『我が息は域となり、生となる。白き神狐の巫女が、ここに宣言する――散れ!』
霊力を一気に放ち、穢れを押しやる。と同時に、履いていた靴を脱ぎ捨てた。転がる靴が乾いた音を立てる。最短距離の庭を抜けた巫女は、深く息を吐いた。
大きくこぼれ落ちそうな目を半分ほど伏せて、アイリーンはふわりと爪先を差し出す。右手がふわりと上がり、左手が受けるように髪飾りを引き抜いた。
「姫様、こちらを」
キエがさっと膝をついて、神楽鈴を手渡す。流れる動きで掴み、しゃんと音を鳴らした。靄がざわりと粟立つ。逃げるように、アイリーンから離れた。
「アオイ姉様!」
呼ばれたアオイが、反対側で同じように神楽鈴を鳴らす。舞いは苦手でも霊力は高いアオイは、滑るような足取りで距離を詰めた。両側から浄化の鈴に追われる靄は圧縮され、ぶるりと震えた後、一気に弾けた。
風がおかしい、空も暗い。不安が膨らんで、何かに吸い込まれるような。周囲の人々も、なんとなく落ち着きがなかった。敏感な人は体調不良を訴えて蹲り、霊感が薄い人も気分が悪そうだ。
走り抜けるアイリーンの肩に、小狐が飛び乗った。
『リン、穢れだ』
「なぜ屋敷なのかしら」
封印された呪物は大量に保管しているが、厳重に管理され隔離されていた。誰が解き放ったのか、禍狗の時よりマシだけど。ぼやきながら、走るアイリーンは駆け寄った子犬に足を止めた。白い子犬は尻尾を振って一緒に行くと主張する。
「ネネはダメよ、ここに残って」
『やだ、僕も行く!』
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「今度穢れたら、祓うしかなくなるでしょう? そんなの嫌よ」
ぴしゃんと厳しく言い聞かせ、しょんぼりと耳を垂らすネネを抱き上げる。足を動かし走ったアイリーンは、屋敷を覆う姉の結界の手前で下ろした。
「ここまで。絶対に結界の中へ入ったらダメよ? 約束だからね、ネネ」
『……うん』
仕方なさそうに約束する子犬へ、神狐のココがふぅと息を被せた。神域となって結界に成長する。
『これでよし、行くよ! リン』
「ええ。早くしないと影響が大きいわ」
じわじわと結界を侵食する黒い靄の手前で、アイリーンは呼吸を整える。水に飛び込む時のように大きく息を吸って、勢いよく走り出した。結界を抜けた先は、景色が灰色に見える。
霊力が強い者ほど影響を受けるだろう。数人の侍女が倒れているが、救護している場合ではない。ごめんねと手を合わせて、飛び越えた。
「リン? お願い! 手伝って」
姉のアオイが叫ぶ。アイリーンの肩から滑り降りたココが、ぶわっと毛を逆立てた。
『我が息は域となり、生となる。白き神狐の巫女が、ここに宣言する――散れ!』
霊力を一気に放ち、穢れを押しやる。と同時に、履いていた靴を脱ぎ捨てた。転がる靴が乾いた音を立てる。最短距離の庭を抜けた巫女は、深く息を吐いた。
大きくこぼれ落ちそうな目を半分ほど伏せて、アイリーンはふわりと爪先を差し出す。右手がふわりと上がり、左手が受けるように髪飾りを引き抜いた。
「姫様、こちらを」
キエがさっと膝をついて、神楽鈴を手渡す。流れる動きで掴み、しゃんと音を鳴らした。靄がざわりと粟立つ。逃げるように、アイリーンから離れた。
「アオイ姉様!」
呼ばれたアオイが、反対側で同じように神楽鈴を鳴らす。舞いは苦手でも霊力は高いアオイは、滑るような足取りで距離を詰めた。両側から浄化の鈴に追われる靄は圧縮され、ぶるりと震えた後、一気に弾けた。
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