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第95話 穢れを解き放つ
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皇族が住まう屋敷の奥、座敷牢より深い闇の中に安置された壺や茶器。どれも美しいのに、宝と呼ぶにはおどろおどろしさを纏う。人々の畏怖や恐怖を集めて形にしたら、このような気配を得るのか。
どろりと沈んだ闇の中、セイランは手にした巻物に記された花瓶を探す。穢れである災厄を封じたとされる花瓶は、間違えて水を入れることがないよう片付けられた。美しい花の絵付けと華やかな彩色の花瓶は、白磁の縁に金をあしらった豪華な作りだ。
「これか」
娘のため、白蛇神の望み、そう言い聞かせても背筋がぞくりと冷たい。触れるだけで凍りつきそうな痛みを感じた。明らかに呪いに近い感触だが、ぐっと堪えて地下から持ち出す。あの場に封印された危険な呪物の中で、一番穢れの少ない品だった。
明るい場所へ持ち出しても、まだ薄気味悪さが消えない。この花瓶の封印を解く方法は、水を入れること。花を生ける時のように、たっぷりと。それが鍵となっていた。
近習に命じて、水差しを用意させる。同時に、不自然でないよう花も運ばせた。何も知らなければ、帝が美しい花瓶に花を生けただけに見えるはず。謁見に利用する部屋をぐるりと見回し、セイランはにやりと笑った。
「この部屋に飽きてきたところだ。盛大に吹き飛ばしてくれ」
花を差し、水を流し込む。半分を少し超えたところで、手を止めた。花瓶を台の上に置いて数歩下がる。足下には、白い蛇がその体を横たえていた。
『ふむ、程よい穢れだ』
「お任せいたします」
『任されよう』
白蛇の牙の間から、長い舌がちらちらと覗く。ぐんと大きくなった白蛇が、大人の胴体ほどの太さを取り戻す頃、部屋の花瓶にヒビが入った。ぴしっ、不吉な音が複数回鳴り……突然破裂する。
派手な音で割れた花瓶に、廊下の護衛が駆け込むも、白蛇と対峙する黒い靄に怯えて下がった。部屋を満たす蛇の尻尾が、庭へ続く障子を倒す。転がるように逃げたセイランが、声を張り上げた。
「穢れだ、巫女を呼べ」
慌てる屋敷内は騒がしくなり、走り回る足音がする。巫女を指定する必要はなかった。この屋敷内なら、祓えるのはアイリーンかアオイだ。ヒスイの除霊や祓えの力は弱すぎた。
先に駆けつけたのは、屋敷内で書類を手伝っていたアオイだ。書き物をする際に袖を汚さぬよう、タスキを掛けたままの姿で走ってくる。穢れがぶわっと膨らんだ。人々の負の感情を吸い込んだのだろう。
恐怖や嫌悪が、穢れを育てていく。焦ったアオイに、キエが札を差し出した。霊力を高めて向かい合いながら、アオイは侍女長に指示を出す。
「リンを呼んで。私だけでは無理だわ」
謁見の間がぐしゃりと崩れる。穢れの闇に侵食された柱や屋根が腐り、ぼろぼろと落ちた。その間で、白蛇はにたりと笑う。
『はよう参れ、我らが最愛の巫女よ』
どろりと沈んだ闇の中、セイランは手にした巻物に記された花瓶を探す。穢れである災厄を封じたとされる花瓶は、間違えて水を入れることがないよう片付けられた。美しい花の絵付けと華やかな彩色の花瓶は、白磁の縁に金をあしらった豪華な作りだ。
「これか」
娘のため、白蛇神の望み、そう言い聞かせても背筋がぞくりと冷たい。触れるだけで凍りつきそうな痛みを感じた。明らかに呪いに近い感触だが、ぐっと堪えて地下から持ち出す。あの場に封印された危険な呪物の中で、一番穢れの少ない品だった。
明るい場所へ持ち出しても、まだ薄気味悪さが消えない。この花瓶の封印を解く方法は、水を入れること。花を生ける時のように、たっぷりと。それが鍵となっていた。
近習に命じて、水差しを用意させる。同時に、不自然でないよう花も運ばせた。何も知らなければ、帝が美しい花瓶に花を生けただけに見えるはず。謁見に利用する部屋をぐるりと見回し、セイランはにやりと笑った。
「この部屋に飽きてきたところだ。盛大に吹き飛ばしてくれ」
花を差し、水を流し込む。半分を少し超えたところで、手を止めた。花瓶を台の上に置いて数歩下がる。足下には、白い蛇がその体を横たえていた。
『ふむ、程よい穢れだ』
「お任せいたします」
『任されよう』
白蛇の牙の間から、長い舌がちらちらと覗く。ぐんと大きくなった白蛇が、大人の胴体ほどの太さを取り戻す頃、部屋の花瓶にヒビが入った。ぴしっ、不吉な音が複数回鳴り……突然破裂する。
派手な音で割れた花瓶に、廊下の護衛が駆け込むも、白蛇と対峙する黒い靄に怯えて下がった。部屋を満たす蛇の尻尾が、庭へ続く障子を倒す。転がるように逃げたセイランが、声を張り上げた。
「穢れだ、巫女を呼べ」
慌てる屋敷内は騒がしくなり、走り回る足音がする。巫女を指定する必要はなかった。この屋敷内なら、祓えるのはアイリーンかアオイだ。ヒスイの除霊や祓えの力は弱すぎた。
先に駆けつけたのは、屋敷内で書類を手伝っていたアオイだ。書き物をする際に袖を汚さぬよう、タスキを掛けたままの姿で走ってくる。穢れがぶわっと膨らんだ。人々の負の感情を吸い込んだのだろう。
恐怖や嫌悪が、穢れを育てていく。焦ったアオイに、キエが札を差し出した。霊力を高めて向かい合いながら、アオイは侍女長に指示を出す。
「リンを呼んで。私だけでは無理だわ」
謁見の間がぐしゃりと崩れる。穢れの闇に侵食された柱や屋根が腐り、ぼろぼろと落ちた。その間で、白蛇はにたりと笑う。
『はよう参れ、我らが最愛の巫女よ』
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