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第91話 蟠りは溶けて消える
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お土産を見せると、ココの機嫌は上向いた。隣から覗いたネネに、一つ分けてあげるほど上機嫌だ。まあ、多めに購入したんだけどね。
アイリーンは自室の畳に横たわり、行儀悪くごろごろと体を転がした。運悪くキエが顔を見せ、慌てて飛び起きたが間に合わない。だらしない姿を注意されてしまった。
「姫君なんですから、もっとお行儀よく」
「ねえ、キエ。私はお嫁に行く予定がないから、お行儀悪くても許されると思うの」
さきほど、うっかりルイに漏らした言葉が、自分の中で尾を引いていた。私だって皇族の一員だけれど、ただそれだけ。
アオイ姉様のようにシン兄様の補佐は出来ないし、難しい話は付いていけない。ヒスイ姉様みたいに舞いの名手でもなかった。ココと契約したのは、私が暴走したから。その際に家族を殺しかけたと聞いている。母の実家はさっさと逃げ出し、私を守る貴族はいなかった。
兄や姉が私を許し、父が条件付きで認めなければ……座敷牢で一生を過ごすはずだった。その話は嫌というほど聞いている。貴族はことあるごとに過去の話を持ち出した。殺されかけたと厳しい口調で責められたこともある。
巫女としての能力が高くとも、神々と契約していても、私は「皇族の端くれ」に過ぎない。俯いたアイリーンに、キエは厳しい声でぴしゃりと言い放った。
「一人の女性として、後輩になる女の子を指導する。それではいけませんか? 私はあなた様をどこへ出しても恥ずかしくない、立派な姫君に育てているつもりです。だから厳しいことも言う」
どきりとした。真っ直ぐに見ているのに、どうして横を向くのか。目を逸らさず正面から受け止めろ、と糾弾された気がした。
「私が何も言わなくなったなら、それは見捨てる時ですよ。そんなつもりはありませんけれどね……手が掛かる子ほど、可愛いと言うでしょう?」
ふふっと笑い、キエはアイリーンを抱き寄せた。むしゃむしゃと稲荷寿司を食い散らかすネネが、じっと二人を見つめる。が、野暮なことをするもんじゃないとココが鼻先を叩いた。
半泣きで鼻を抱える姿に、ちょっとやり過ぎたかとココが稲荷寿司を差し出す。詫びのつもりだろうか。痛いと涙を浮かべながらも、ネネは二つ目の稲荷寿司に齧り付いた。
「キエは私を嫌いじゃないの?」
「嫌いなら、とっくに見限っています。関わったりしませんよ」
キエの胸に顔を押し付けたまま、アイリーンは嗚咽を漏らした。母が亡くなってから、ずっと我慢してきた涙が止まらない。喜怒哀楽豊かに振る舞ってきた彼女だが、泣くことだけは我慢してきた。自分が可哀想になるからだ。
こうして泣いてしまえば楽になるのに、ぐっと堪えて痛みを内に抱え込む。不器用なアイリーンを、キエは母親のように愛してきた。厳しく言い聞かせ、周囲につけいられないように。揚げ足を取られないために、我慢も強いた。
ぽんぽんと背中を叩いてあやしながら、キエはアイリーンが眠るまで付き合う。嫌っていると誤解されても守りたかった子は、ようやく分厚い殻から出てこようとしていた。
アイリーンは自室の畳に横たわり、行儀悪くごろごろと体を転がした。運悪くキエが顔を見せ、慌てて飛び起きたが間に合わない。だらしない姿を注意されてしまった。
「姫君なんですから、もっとお行儀よく」
「ねえ、キエ。私はお嫁に行く予定がないから、お行儀悪くても許されると思うの」
さきほど、うっかりルイに漏らした言葉が、自分の中で尾を引いていた。私だって皇族の一員だけれど、ただそれだけ。
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どきりとした。真っ直ぐに見ているのに、どうして横を向くのか。目を逸らさず正面から受け止めろ、と糾弾された気がした。
「私が何も言わなくなったなら、それは見捨てる時ですよ。そんなつもりはありませんけれどね……手が掛かる子ほど、可愛いと言うでしょう?」
ふふっと笑い、キエはアイリーンを抱き寄せた。むしゃむしゃと稲荷寿司を食い散らかすネネが、じっと二人を見つめる。が、野暮なことをするもんじゃないとココが鼻先を叩いた。
半泣きで鼻を抱える姿に、ちょっとやり過ぎたかとココが稲荷寿司を差し出す。詫びのつもりだろうか。痛いと涙を浮かべながらも、ネネは二つ目の稲荷寿司に齧り付いた。
「キエは私を嫌いじゃないの?」
「嫌いなら、とっくに見限っています。関わったりしませんよ」
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こうして泣いてしまえば楽になるのに、ぐっと堪えて痛みを内に抱え込む。不器用なアイリーンを、キエは母親のように愛してきた。厳しく言い聞かせ、周囲につけいられないように。揚げ足を取られないために、我慢も強いた。
ぽんぽんと背中を叩いてあやしながら、キエはアイリーンが眠るまで付き合う。嫌っていると誤解されても守りたかった子は、ようやく分厚い殻から出てこようとしていた。
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