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第88話 マナーも遠慮も不要
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裏も裏、誰も通らなそうな細い路地だ。店は営業しているのか、休んでいるのか。倭国の飲食店は営業していると暖簾を出す。ここまでは理解しているルイでも、判断に迷った。
まず、店は一軒家の玄関に見える。一般の家庭なのでは? と感じた。当然ながら暖簾は見当たらず、代わりに小さな四角い旗が出ていた。旗なのにポールがなくて、上からぶら下げてある。三つの丸に棒が刺さった絵が描かれていた。
「ここ?」
「そうよ、団子の看板が出てるでしょ」
言われて、あの小さな旗は看板なのかと頷いた。もっときちんとした看板を出せばいいのに。フルール大陸では考えられないが、海を渡った異国なら普通なのかも。深く考えず、そういうものだと受け入れた。
倭国と自国の違いは大き過ぎて、悩むより受け入れるほうが早い。ニコラも丸暗記で授業に対応したので、ルイも真似しようと決めた。とにかく大量の知識を詰め込んで、持ち帰らなくてはならないのだから。
「おじさん、いる?」
「おお、リンちゃんかい。お団子あるよ、ほら……隣はお友達かな?」
「うん、ルイっていうの。彼の分もお願い」
年老いた店主は、にこにこと笑顔を振り撒きながら準備を始めた。店内には小さなテーブル席が三つだけ。その一つは先客で埋まっていた。
「リンちゃん、久しぶりね」
「オウメさん、忙しかったのよ。隣大陸まで行ったんだから」
ルイはぎょっとしてアイリーンを見つめる。繋いだ手をそのままに、アイリーンは長椅子に座った。引っ張られる形で隣に腰掛けるルイに、オウメと呼ばれた女性の大笑いが届く。
「やっだ、隣大陸とか……リンちゃんったら」
冗談だと思ったらしい。一般的にはそうか。ホッとしながら、彼女達を眺めた。ルイの母親くらいの年代と思われるオウメは、民族衣装だった。倭国は着物と呼ぶガウンに似た民族衣装があり、とても華やかだ。
普段着はさすがに金銀や刺繍こそ少ないものの、綺麗な柄や絵が広がっていた。立ち上がって、すっすと指先で襟元や袖を直し、オウメは会釈して出て行った。
「支払いは?」
「あそこに置いてあるわ」
確かにオウメが座っていた場所に、白い紙と金属製の貨幣が置かれている。というか、手渡しでないのか? 支払い確認もなしに客を見送るとか、考えられない。自国と違い過ぎる文化に、ルイは目を見開いた。
治安がいいとは思っていたが、お金を誰も盗まない。店主も食い逃げの心配をせず、客も当たり前のように置いていく。こんな国は初めてだ。まったく新しい世界に来たような、不思議な感覚でルイは大きく息を吐き出した。
「お待たせしたね」
トレイに載せたお茶の横に、入り口の旗と同じ形のお菓子が並ぶ。どうやって食べるのか。尋ねる前に、アイリーンは目の前で大きな口を開けた。ぱくりと上の一つを食べて、頬を緩める。
「おいひぃはひょ?」
口の中に物が入っているのに話すアイリーンは、どうぞと勧めてくる。行儀の良さもマナーも不要だな。そう判断して、ルイは真似をして齧り付いた。
まず、店は一軒家の玄関に見える。一般の家庭なのでは? と感じた。当然ながら暖簾は見当たらず、代わりに小さな四角い旗が出ていた。旗なのにポールがなくて、上からぶら下げてある。三つの丸に棒が刺さった絵が描かれていた。
「ここ?」
「そうよ、団子の看板が出てるでしょ」
言われて、あの小さな旗は看板なのかと頷いた。もっときちんとした看板を出せばいいのに。フルール大陸では考えられないが、海を渡った異国なら普通なのかも。深く考えず、そういうものだと受け入れた。
倭国と自国の違いは大き過ぎて、悩むより受け入れるほうが早い。ニコラも丸暗記で授業に対応したので、ルイも真似しようと決めた。とにかく大量の知識を詰め込んで、持ち帰らなくてはならないのだから。
「おじさん、いる?」
「おお、リンちゃんかい。お団子あるよ、ほら……隣はお友達かな?」
「うん、ルイっていうの。彼の分もお願い」
年老いた店主は、にこにこと笑顔を振り撒きながら準備を始めた。店内には小さなテーブル席が三つだけ。その一つは先客で埋まっていた。
「リンちゃん、久しぶりね」
「オウメさん、忙しかったのよ。隣大陸まで行ったんだから」
ルイはぎょっとしてアイリーンを見つめる。繋いだ手をそのままに、アイリーンは長椅子に座った。引っ張られる形で隣に腰掛けるルイに、オウメと呼ばれた女性の大笑いが届く。
「やっだ、隣大陸とか……リンちゃんったら」
冗談だと思ったらしい。一般的にはそうか。ホッとしながら、彼女達を眺めた。ルイの母親くらいの年代と思われるオウメは、民族衣装だった。倭国は着物と呼ぶガウンに似た民族衣装があり、とても華やかだ。
普段着はさすがに金銀や刺繍こそ少ないものの、綺麗な柄や絵が広がっていた。立ち上がって、すっすと指先で襟元や袖を直し、オウメは会釈して出て行った。
「支払いは?」
「あそこに置いてあるわ」
確かにオウメが座っていた場所に、白い紙と金属製の貨幣が置かれている。というか、手渡しでないのか? 支払い確認もなしに客を見送るとか、考えられない。自国と違い過ぎる文化に、ルイは目を見開いた。
治安がいいとは思っていたが、お金を誰も盗まない。店主も食い逃げの心配をせず、客も当たり前のように置いていく。こんな国は初めてだ。まったく新しい世界に来たような、不思議な感覚でルイは大きく息を吐き出した。
「お待たせしたね」
トレイに載せたお茶の横に、入り口の旗と同じ形のお菓子が並ぶ。どうやって食べるのか。尋ねる前に、アイリーンは目の前で大きな口を開けた。ぱくりと上の一つを食べて、頬を緩める。
「おいひぃはひょ?」
口の中に物が入っているのに話すアイリーンは、どうぞと勧めてくる。行儀の良さもマナーも不要だな。そう判断して、ルイは真似をして齧り付いた。
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