88 / 159
第87話 アイリーン御用達のお団子
しおりを挟む
「ルイったら、本当に学生なのね」
侍女長キエに許可をもらったアイリーンは、学校と寮を繋ぐ道で声を掛けた。紺色から毛先へ淡くなる不思議なツインテールと、青紫の瞳。巫女とバレないよう、シンプルなワンピース姿だ。生地も一部は絹だが、全体に綿を多用していた。
身分を隠してのお忍びは、結構慣れている。あまり褒められたことではないが、よく抜け出したからだ。禁足地だった池で遊んだ時も、街でこっそり買い食いをした時も。いつも彼女は護衛を連れていなかった。今回も護衛なしである。
「……リン、護衛は?」
「そんなの、連れて歩かないわ」
高貴な身分だとバレるでしょ。もっともな指摘だ。ルイ自身も街に下りる時は変装して、護衛なしだった。だが男性と女性では違うだろう。叱りたいような、納得してしまうような、不思議な気持ちで肩を竦めた。この国は治安がいいから、まあ……言わないでおくか。
会いに来てくれたのに文句を言って、二度と来ないと泣かれるよりマシだ。気の利くニコラはそっと距離を置いた。だが、気の利かない男もいた。ドナルドが大声で「なんだ? 惚れた子か?! やるなぁ」と叫んだ。
ぽかっと頭を叩いて黙らせるルイの本気の睨みに、彼は命の危険を感じて口を閉ざした。生存本能は発達している。これ以上余計な発言をする前に、とニコラが手を引いて寮へ一直線だった。
「あの人、体が大きいのね」
アイリーンが不快に思っていないか心配になるルイだが、彼女はまったく気にしていなかった。ドナルド達を見送り、満面の笑みで振り返る。
「ねえ、一緒に街へ遊びに行きましょうよ」
「ああ、行こう」
ありがとう、は少し違う。光栄ですお姫様、と言ったら殴られそうだ。今まで出会ったどのご令嬢とも違っていた。お姫様なのに、驕り高ぶったところがない。アイリーンといると、気持ちが楽になった。王子という肩書きも放り出せそうだ。
「こっち! すごく美味しいお団子があるの」
「ダンゴ?」
知らないと素直に口にすれば、アイリーンは手を掴んで走り出した。隣を走りながら、ちらちらと彼女の顔を盗み見る。これって男として意識されてないのか? それとも俺だから信じてくれているのか。対応を間違わないようにしないと。
鋭い目つきの皇太子や美人なのに怖い姉姫達に、叩きのめされそうだ。箱入り娘のように扱われているのに、自由奔放で隣大陸まで飛び出してしまう。そこがアイリーンの魅力であり、危うい部分だ。兄姉達が心配するのも無理はない。
絶対に明るいうちに送り届けよう。彼女に合わせて走りながら、屋根の上の気配を確認した。あれは護衛か? 連れて歩かないが、ついてきている。この辺はやはり皇族ならでは、か。
気づいていない様子の彼女は、髪を揺らして元気いっぱいだ。ふと何かが足りない気がして、首を傾げた。すぐに思いつく。ああ、あの白いペットがいないんだ。最初の頃は狐だけだったのに、こちらでは犬もいた。
アイリーンは街角を数回曲がり、裏にある店の前で止まった。
「ここよ」
侍女長キエに許可をもらったアイリーンは、学校と寮を繋ぐ道で声を掛けた。紺色から毛先へ淡くなる不思議なツインテールと、青紫の瞳。巫女とバレないよう、シンプルなワンピース姿だ。生地も一部は絹だが、全体に綿を多用していた。
身分を隠してのお忍びは、結構慣れている。あまり褒められたことではないが、よく抜け出したからだ。禁足地だった池で遊んだ時も、街でこっそり買い食いをした時も。いつも彼女は護衛を連れていなかった。今回も護衛なしである。
「……リン、護衛は?」
「そんなの、連れて歩かないわ」
高貴な身分だとバレるでしょ。もっともな指摘だ。ルイ自身も街に下りる時は変装して、護衛なしだった。だが男性と女性では違うだろう。叱りたいような、納得してしまうような、不思議な気持ちで肩を竦めた。この国は治安がいいから、まあ……言わないでおくか。
会いに来てくれたのに文句を言って、二度と来ないと泣かれるよりマシだ。気の利くニコラはそっと距離を置いた。だが、気の利かない男もいた。ドナルドが大声で「なんだ? 惚れた子か?! やるなぁ」と叫んだ。
ぽかっと頭を叩いて黙らせるルイの本気の睨みに、彼は命の危険を感じて口を閉ざした。生存本能は発達している。これ以上余計な発言をする前に、とニコラが手を引いて寮へ一直線だった。
「あの人、体が大きいのね」
アイリーンが不快に思っていないか心配になるルイだが、彼女はまったく気にしていなかった。ドナルド達を見送り、満面の笑みで振り返る。
「ねえ、一緒に街へ遊びに行きましょうよ」
「ああ、行こう」
ありがとう、は少し違う。光栄ですお姫様、と言ったら殴られそうだ。今まで出会ったどのご令嬢とも違っていた。お姫様なのに、驕り高ぶったところがない。アイリーンといると、気持ちが楽になった。王子という肩書きも放り出せそうだ。
「こっち! すごく美味しいお団子があるの」
「ダンゴ?」
知らないと素直に口にすれば、アイリーンは手を掴んで走り出した。隣を走りながら、ちらちらと彼女の顔を盗み見る。これって男として意識されてないのか? それとも俺だから信じてくれているのか。対応を間違わないようにしないと。
鋭い目つきの皇太子や美人なのに怖い姉姫達に、叩きのめされそうだ。箱入り娘のように扱われているのに、自由奔放で隣大陸まで飛び出してしまう。そこがアイリーンの魅力であり、危うい部分だ。兄姉達が心配するのも無理はない。
絶対に明るいうちに送り届けよう。彼女に合わせて走りながら、屋根の上の気配を確認した。あれは護衛か? 連れて歩かないが、ついてきている。この辺はやはり皇族ならでは、か。
気づいていない様子の彼女は、髪を揺らして元気いっぱいだ。ふと何かが足りない気がして、首を傾げた。すぐに思いつく。ああ、あの白いペットがいないんだ。最初の頃は狐だけだったのに、こちらでは犬もいた。
アイリーンは街角を数回曲がり、裏にある店の前で止まった。
「ここよ」
83
お気に入りに追加
85
あなたにおすすめの小説
私の手からこぼれ落ちるもの
アズやっこ
恋愛
5歳の時、お父様が亡くなった。
優しくて私やお母様を愛してくれたお父様。私達は仲の良い家族だった。
でもそれは偽りだった。
お父様の書斎にあった手記を見た時、お父様の優しさも愛も、それはただの罪滅ぼしだった。
お父様が亡くなり侯爵家は叔父様に奪われた。侯爵家を追い出されたお母様は心を病んだ。
心を病んだお母様を助けたのは私ではなかった。
私の手からこぼれていくもの、そして最後は私もこぼれていく。
こぼれた私を救ってくれる人はいるのかしら…
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 作者独自の設定です。
❈ ざまぁはありません。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃
紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。
【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
王太子妃は離婚したい
凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。
だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。
※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。
綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。
これまで応援いただき、本当にありがとうございました。
レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。
https://www.regina-books.com/extra/login
転生先が意地悪な王妃でした。うちの子が可愛いので今日から優しいママになります! ~陛下、もしかして一緒に遊びたいのですか?
朱音ゆうひ
恋愛
転生したら、我が子に冷たくする酷い王妃になってしまった!
「お母様、謝るわ。お母様、今日から変わる。あなたを一生懸命愛して、優しくして、幸せにするからね……っ」
王子を抱きしめて誓った私は、その日から愛情をたっぷりと注ぐ。
不仲だった夫(国王)は、そんな私と息子にそわそわと近づいてくる。
もしかして一緒に遊びたいのですか、あなた?
他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n5296ig/)
ボロ雑巾な伯爵夫人、やっと『家族』を手に入れました。~旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます2~
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
第二夫人に最愛の旦那様も息子も奪われ、挙句の果てに家から追い出された伯爵夫人・フィーリアは、なけなしの餞別だけを持って大雨の中を歩き続けていたところ、とある男の子たちに出会う。
言葉汚く直情的で、だけど決してフィーリアを無視したりはしない、ディーダ。
喋り方こそ柔らかいが、その実どこか冷めた毒舌家である、ノイン。
12、3歳ほどに見える彼らとひょんな事から共同生活を始めた彼女は、人々の優しさに触れて少しずつ自身の居場所を確立していく。
====
●本作は「ボロ雑巾な伯爵夫人、旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます。」からの続き作品です。
前作では、二人との出会い~同居を描いています。
順番に読んでくださる方は、目次下にリンクを張っておりますので、そちらからお入りください。
※アプリで閲覧くださっている方は、タイトルで検索いただけますと表示されます。
逆行令嬢は聖女を辞退します
仲室日月奈
恋愛
――ああ、神様。もしも生まれ変わるなら、人並みの幸せを。
死ぬ間際に転生後の望みを心の中でつぶやき、倒れた後。目を開けると、三年前の自室にいました。しかも、今日は神殿から一行がやってきて「聖女としてお出迎え」する日ですって?
聖女なんてお断りです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる