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第85話 彼女が幸せならそれでいいか
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「リンは彼をどう思っている?」
兄シンに詰め寄られ、ルイを思い浮かべる。どう思っているかと問われたら、ひとつに纏められない。答えるまで解放しない気の兄に付き合い、指折りながら「どう思っているか」を並べ始めた。
「えっと、顔はいいよね。剣術が得意で、魔法を使ってたよ。王子なのに意外と強いんじゃないかな」
剣術はそれなりに嗜むが、強いかと問われたら遠い目になる兄は胸を押さえる。剣術の稽古を増やした方がいいだろうか。傷つく兄に気づかない妹は、ルイについて思い浮かぶことを口にする。
「東開大陸で会うと思ってなかったから、びっくりした。行動力あるんだね! あ、そうそう。ルイはおにぎりの梅干しが食べられるのよ」
「ちょっといいかな。一緒に食事を?」
それから……と続けようとしたアイリーンは、シンの言葉に頷いた。
「ええ、瘴気を纏った禍狗を追っていた時に、屋根の上で夜食を食べたの。キエの握ったおにぎりなんだけど、梅と鮭と……昆布だったかしら? 美味しかったわ」
話が逸れているが、羨ましいと唸るシンの姿にアイリーンは首を傾けた。一緒に食事したいなら、今夜あたり誘ってみようかしら。
「シン兄様、姉様達も誘って一緒にご飯を食べる?」
「ああ、そうだな。そうしよう」
なんだ、本当に羨ましかっただけなのね。倭国で兄弟姉妹が一堂に会して食事をするのは、特別な行事の時に限られる。アイリーンも普段は神狐ココと食事をしてきた。誘って同じ席に着くことは可能だが、毎日は無理だ。
家族で食事をしない理由の一つに、それぞれの母親や実家が絡んでくる。シン、アオイ、ヒスイ、アイリーンの母親はすべて違う女性だった。母が存命なのは、シンとアオイだ。母親達は我が子と食事をするし、ヒスイは従姉妹が侍女として共に食卓につく。
母親亡きあと放置されたアイリーンが一番身軽だった。その身軽さゆえに、過去の騒動で誰も庇わず罰を受けた経緯がある。兄姉の反対は、それぞれの一族に揉み消されてしまったのだ。白い小狐を抱いて涙を流す末妹を覚えているから、三人の兄姉はアイリーンに関してのみ結束した。
あの苦い思い出こそ、皇族が家族の形を保つ絆だ。皮肉なことに、それがなければバラバラになって皇位継承を争っていただろう。
「アオイ姉様とヒスイ姉様を誘って、皆でご飯なんて。すごく久しぶりだわ」
嬉しそうに笑うアイリーンの髪を撫でながら、シンはこれ以上の追及をやめた。この子が幸せそうに笑っている、それだけでいいじゃないか。隣大陸の王子が害になるなら、国外追放の命令を出せばいい。それだけの権限があるのだから、妹を守るために使ってもいいはずだ。
「ココとネネも一緒でいい?」
「もちろんだよ、断る理由がない」
姉達に声を掛けてくると走っていくアイリーンの背に「走ると叱られるよ」と注意する。だが笑って手を振った妹はそのまま走り、角を曲がってキエに見つかったようだ。叱られる声がここまで届いて、シンは苦笑いした。
兄シンに詰め寄られ、ルイを思い浮かべる。どう思っているかと問われたら、ひとつに纏められない。答えるまで解放しない気の兄に付き合い、指折りながら「どう思っているか」を並べ始めた。
「えっと、顔はいいよね。剣術が得意で、魔法を使ってたよ。王子なのに意外と強いんじゃないかな」
剣術はそれなりに嗜むが、強いかと問われたら遠い目になる兄は胸を押さえる。剣術の稽古を増やした方がいいだろうか。傷つく兄に気づかない妹は、ルイについて思い浮かぶことを口にする。
「東開大陸で会うと思ってなかったから、びっくりした。行動力あるんだね! あ、そうそう。ルイはおにぎりの梅干しが食べられるのよ」
「ちょっといいかな。一緒に食事を?」
それから……と続けようとしたアイリーンは、シンの言葉に頷いた。
「ええ、瘴気を纏った禍狗を追っていた時に、屋根の上で夜食を食べたの。キエの握ったおにぎりなんだけど、梅と鮭と……昆布だったかしら? 美味しかったわ」
話が逸れているが、羨ましいと唸るシンの姿にアイリーンは首を傾けた。一緒に食事したいなら、今夜あたり誘ってみようかしら。
「シン兄様、姉様達も誘って一緒にご飯を食べる?」
「ああ、そうだな。そうしよう」
なんだ、本当に羨ましかっただけなのね。倭国で兄弟姉妹が一堂に会して食事をするのは、特別な行事の時に限られる。アイリーンも普段は神狐ココと食事をしてきた。誘って同じ席に着くことは可能だが、毎日は無理だ。
家族で食事をしない理由の一つに、それぞれの母親や実家が絡んでくる。シン、アオイ、ヒスイ、アイリーンの母親はすべて違う女性だった。母が存命なのは、シンとアオイだ。母親達は我が子と食事をするし、ヒスイは従姉妹が侍女として共に食卓につく。
母親亡きあと放置されたアイリーンが一番身軽だった。その身軽さゆえに、過去の騒動で誰も庇わず罰を受けた経緯がある。兄姉の反対は、それぞれの一族に揉み消されてしまったのだ。白い小狐を抱いて涙を流す末妹を覚えているから、三人の兄姉はアイリーンに関してのみ結束した。
あの苦い思い出こそ、皇族が家族の形を保つ絆だ。皮肉なことに、それがなければバラバラになって皇位継承を争っていただろう。
「アオイ姉様とヒスイ姉様を誘って、皆でご飯なんて。すごく久しぶりだわ」
嬉しそうに笑うアイリーンの髪を撫でながら、シンはこれ以上の追及をやめた。この子が幸せそうに笑っている、それだけでいいじゃないか。隣大陸の王子が害になるなら、国外追放の命令を出せばいい。それだけの権限があるのだから、妹を守るために使ってもいいはずだ。
「ココとネネも一緒でいい?」
「もちろんだよ、断る理由がない」
姉達に声を掛けてくると走っていくアイリーンの背に「走ると叱られるよ」と注意する。だが笑って手を振った妹はそのまま走り、角を曲がってキエに見つかったようだ。叱られる声がここまで届いて、シンは苦笑いした。
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