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第82話 交渉術は一日の長あり
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策謀渦巻く王宮で、愚かな象徴として担ぎ上げられることなく、生き抜いた第二王子。ルイは皇太子シンの言葉の棘に気付いた。現時点で公式訪問ではないので、特に気にしない。罪人扱いされたのは不名誉だが、他国の儀式の邪魔をしたとなれば、悪いのは自分達だった。
冷静に判断する彼の隣で、大商人バローは哀れなほど小さくなっていた。身の置き場がないとは、このことか。フルール大陸の第二王子、東開大陸の中心である倭国の皇太子から姫君達。どう考えても一番場違いなのは、バローだった。王族でも貴族でもない。
王子が明らかに変な発言をしない限り、余計なことは言わない、しない。自分に言い聞かせ、通された部屋の畳に大人しく座った。地下牢へ入る時から、靴は脱がされている。学校の寮や宿で学んだルイも、ここは失敗しなかった。
客間と聞いたが、応接室なのか。ルイはぐるりと見回した。小さな壺や器が飾られているが、なんとなく高そうだと感じる。花を生けた深皿に首を傾げた。スープ皿程度の深さなのに、どうして花が倒れないのか。
剣山という道具を知らないルイは、じっくり観察を始めた。ある意味での現実逃避だ。それを許してもらえるかは、別の話だった。
「さて、第二王子殿下。どういうつもりで妹に近づいたのか、ご説明いただきましょう」
内容によっては、首を落とします。そんな響きを内包した物騒な声に、ルイは大きく項垂れた。いきなり嫌われたようだが、どうすればいいのか。詰め込まれた王族教育は役立ちそうにないし、貴族への対応マナーの講師はこんな状況を想定しなかった。
助けを求めるように視線を向けた先で、アイリーンは足を崩して座っていた。その膝に子犬と小狐が戯れている。微笑ましい光景だが、助けにはならなかった。
「先に近づいたのは、リンの方です」
「愛称を?! なんてこと、あり得ない!!」
姉ヒスイが悲鳴に近い声で否定する。いきなり愛称を呼ぶなんて。もしかして、何かされたのでは? 口付けくらいなら、何も知らない幼い妹を丸め込んで奪ったかも!
一息で人格まで否定された。がくりとルイが手をつく。そのまま畳にくず折れそうだが、助けの手は思わぬところから出た。
「発言をお許しいただけますか?」
両手をつき深く頭を下げて、皇族への敬意を示す。それからバローは淡々と説明を始めた。
フルール大陸で出会った少女リンを探しに、第二王子は海を渡ったこと。倭国の姫君とは知らなかったこと。現在は学校で真剣に学んでいること。彼の知るルイの情報を詳らかにした。これで信頼を得る準備は整う。あとは受け入れる相手の度量次第。
商人として培ったやり方で、上手に立場を逆転させた。正体がバレたなら、隣大陸の第二王子という肩書を最大に生かして、交渉するべきだ。
「なかなか優秀な参謀をお持ちのようです」
厳しい声を出すシンへ、アオイが援護に入った。
「リンが姫と知らずに出会ったのは、仕方ないでしょうね。でも知ってからも愛称を呼ぶのは、さすがに無礼ではありませんか」
冷静に判断する彼の隣で、大商人バローは哀れなほど小さくなっていた。身の置き場がないとは、このことか。フルール大陸の第二王子、東開大陸の中心である倭国の皇太子から姫君達。どう考えても一番場違いなのは、バローだった。王族でも貴族でもない。
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「さて、第二王子殿下。どういうつもりで妹に近づいたのか、ご説明いただきましょう」
内容によっては、首を落とします。そんな響きを内包した物騒な声に、ルイは大きく項垂れた。いきなり嫌われたようだが、どうすればいいのか。詰め込まれた王族教育は役立ちそうにないし、貴族への対応マナーの講師はこんな状況を想定しなかった。
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「先に近づいたのは、リンの方です」
「愛称を?! なんてこと、あり得ない!!」
姉ヒスイが悲鳴に近い声で否定する。いきなり愛称を呼ぶなんて。もしかして、何かされたのでは? 口付けくらいなら、何も知らない幼い妹を丸め込んで奪ったかも!
一息で人格まで否定された。がくりとルイが手をつく。そのまま畳にくず折れそうだが、助けの手は思わぬところから出た。
「発言をお許しいただけますか?」
両手をつき深く頭を下げて、皇族への敬意を示す。それからバローは淡々と説明を始めた。
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「なかなか優秀な参謀をお持ちのようです」
厳しい声を出すシンへ、アオイが援護に入った。
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