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第71話 乱入されたけど間に合った

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 ヒスイは気圧されて俯く。舞いの手伝いは出来ても、アイリーンの霊力を肩代わりできる者はいない。姉アオイとヒスイが力を絞っても、到底足りなかった。眩しい光の化身となった巫女は、軽やかに現世と幻の間を行き来する。

 アイリーンの呼び出した式神が、結界を張る予定だった。その位置を神々が分担したことで、より強固な檻が出来上がる。逃げ場のない清めの舞台で、狗神は痛みに顔をしかめた。鼻に皺をよせ、唸るように声を洩らす。

 人の倍近くある大きな獣が、巫女を呑み込まんとする姿に見えた。

「危ないっ!」

 聞こえた声が場を乱す。穴を開けそうになった東の白鹿神が、足を踏み鳴らして域を整えた。飛び出そうとした若者を、周囲の護衛が押さえつける。儀式の場には、巫女を守る護衛が付く。宮司ぐうじ禰宜ねぎなどの神職とは別に、危険を遠ざける者が配置されるのが通例だった。

 倭国で巫女の舞いに魅せられ、紛れ込もうとする愚者はほぼいない。信心深い民は首を垂れて神々や巫女を直視しないためだ。だが留学生であるルイは別だった。商人バローと潜り込んだ先で、念願の人物を見つける。

 巫女アイリーン――舞う彼女に見惚れるルイは、後ろにいる白い犬に驚いた。神域と化した舞台に立つ神は具現化される。鼻に皺を寄せて唸る姿は、フルール大陸に現れた魔物そっくりだった。色が違うとしても、見間違えたりしない。

 咄嗟に守ろうと飛び出し、バローと共に衛兵に捕まった。ドラゴンの魔力が満ちていない東開大陸で、ルイの魔法は薄れる。従来の半分も発揮できない状況と、焦りが彼を鈍らせた。数人で捕獲したルイは縛り上げられ、舞台の前の砂利に投げ出される。

「……はぁ、連れて来なければよかった」

 後悔するバローの呟きも聞き流した。目は舞台上の巫女に釘付けだ。藍色のツインテールは、毛先に向かうにつれて色を淡くする。眦がつり上がった瞳は赤く見えた。赤と白の巫女装束に、青紫の飾り紐を揺らすアイリーンはルイに見向きもしない。

 実際のところ、アイリーンはルイに気づいていなかった。彼女の意識は、結界上で苦しむ狗神に集中していたのだ。少しでも早く清めなければ、狗神としての形を保てなくなる。霊力で洗い清め、穢れを濯がねば!

 激痛に小さく丸まろうとする狗神の毛皮を撫で、削ぐように瘴気を落とした。触れる指先が爛れ、赤く腫れていく。

 この痛みは狗神様の痛み、少しでも早く落とさなくては……アイリーンの髪や袖から金色の霊力が漏れた。溢れる霊力を、結界の神々が神力へと昇華する。舞い終えたアイリーンは、痛む体を引きずって狗神に抱き着いた。

「大丈夫、痛みは私が引き受けるから……戻って」

 強い願いが狗神を包み、彼はゆっくりと膝を折った。苦悶の表情が和らぎ、痛みを訴える呻きが消え、全身に沁み込んだ瘴気が薄れる。ぺたんと座り、前足を揃えて伏せる姿は穏やかさを取り戻していた。

『リン、ありがとう……僕を見捨てず、助けてくれて……』

 頬をすり寄せる大きな狗神の優しい声に、アイリ―ンは笑顔を浮かべた。光に包まれた舞台上に、狗神を苦しめた瘴気は存在しない。嬉しくて強く抱き着いた。
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