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第70話 私があなたを守る

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 ――その願い、聞き届けてやろうと白い蛇神様は紫陽花の陰で笑った。

 真っ白な紙に神の息を吹き込む。式紙と呼ばれる存在を周囲に散らした。式紙と式神は大きく違う。式紙は特定の条件で発動する術式が記された無機物だ。爆弾などと同じで、一定の条件を満たさなければ発動しない。

 式神は意識がある。宿る存在によっては、自我さえ存在した。神々の文字を宛がうのは、呼び出す巫女によっては神の一角を担う魂である可能性があるため。実際、アイリーンが呼び出す式神は、神に昇格する前の精霊だった。

『我が願いに応えよ、この息で域を清めて舞う。悪しき穢れを祓う巫女に、加護を賜らんことを』

 伏して願う。その部分を口の中だけで発する。聞き取った神々がふわりと舞台に姿を現した。端で見守る控えの巫女はヒスイ、白い笛を奏でるのはアオイだ。鼓をシンが手にして、笛に合わせて音を重ねた。母屋から出たひさしに覆われているが、舞台は屋外に開かれる。

 普段は雨戸や障子で塞ぐが、すべて開け払うことで庭にせり出した舞台は月光を浴びた。注ぐ光は青白く、透き通って場を染めていく。じりじりと逃げる形で狗神が後ろに下がった。

 くるりと回るアイリーンの足音が、鼓の音と僅かにズレる。それを整えて合わせるのは、舞い手の技量だった。笛の音に身を任せ、鼓のタイミングを計る。綺麗に音が重なった時、月光が眩しさを増した。

 アオイは目を細め、やがて目蓋を閉じた。突き刺すように届く光は、魂を清めるほど強い。その光を恐れる狗神が、舞台の一番奥で震えていた。赤と白の巫女装束に、周囲を守る大量の式紙。舞台の四方に立ち、結界を成すのは式神を押しのけた神々だった。

 白き獣が四隅を固める。舞台の手摺りに絡む白蛇が北、向かいの南に尾の長い白い鳥が舞い降りた。東に白い鹿が立ち、白狐ココがゆったり西に陣取る。結界が完成した舞台上で、アイリーンはふわりと衣を揺らして踊った。

 眩しさに後ずさったはずの狗神が見惚れる、完成された美しさがあった。袖の組紐が弧を描いて神々が祝福の花を散らす。散った花びらを巻き上げ、飾りのように纏ったアイリーンは舞い続ける。爪の先まで柔らかく、どこまでも軽やかだった。

 彼女の舞いに魅せられたように、狗神が足を踏み出す。月光に触れると怯えた様子で下がろうとした。その鼻先をアイリーンの袖が掠める。顔を上げて見つめる狗神は、数回の逡巡ののち……月光の中に姿を現した。

 只人ただびとの目には白く映る毛皮は、霊力を持つ者ほど黒く感じ取る。全身に絡みつく穢れが周囲に現れた。神域にあって、ずっと押し込められてきた瘴気が噴き出す。

「安心して、私があなたを守る、そして救うわ」

 出来ないなんて思ったことがない。無理だなんて絶対に言わない。アイリーンは必ず達せられると、強い願いを微笑みで伝えた。黒い影がまた踏み出す。その一歩がどれほどの痛みと勇気に支えられているか、有能な巫女だからこそ感じていた。

『紙よ神となりて、魔を祓う。この手の届くすべての魂に、清めと浄めを与えたまえ。神狐の巫女たる我が願い、聞き届けたまえ』

 禊で清めたアイリーンの手足が触れるたび、瘴気が薄れる。また噴き出す黒を月光の力で塗り替えるため、アイリーンは霊力を振り絞った。
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