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第63話 清めるまで一緒にいましょうね
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言い争いが一段落し、狗神は神殿預かりとなった。というのも、神域にいる間は己の意識が保てている。外に出て何らかの穢れに遭遇すれば、また暴走する可能性があるためだ。
舞台の上の神域を固定するのは、集まった神々が請け負った。踊りの礼だという。だが負担がかかるならお断りしなくては。
「本当にいいの? 大丈夫? 具合悪くなったりしない? 何かあったら言ってね」
アイリーンは何度も不安そうに確認した。神々が降りた神殿は域が浄化され、とても神々しい光を放っている。霊力のある者が見れば、眩しさに直視できないだろう。それほどの光の中、さらに眩しい光を纏ったアイリーンは自覚がないようだ。
侍女長のキエに頼み事を始めた。ココの使うクッション入りの籠、自分用の布団一式、夜食用のおにぎりなど。ここぞとばかりに頼むが、おにぎりは却下された。夜に食べ過ぎると、目覚めが悪いそうだ。
姉と兄は公務があるので引き上げた。舞台の周囲は綺麗な白い紙で作られた飾りが垂れ下がる。式紙の一種で、結界を作る際に用いられる。神職者が大急ぎで清めて切った紙は、柔らかな風にふわり揺れた。
『すごく、落ち着く』
狗神は飾りを見回し、嬉しそうに呟いた。アイリーンの指示で、式紙のデザインを変更したのだ。かつて巫女フヨウが使っていた時代の紋様、文字、飾り。それらを多用して、狗神が心地よい空間を作り上げた。
「清めるまで準備がいりますが、その間、ここで一緒に暮らしましょうね」
『……僕の隣で?』
「ええ、ここで寝ます」
平然と言い切るアイリーンは、運ばれた布団を敷いていく。枕を置いて、上掛けの布団を畳んだ。
『僕が襲ったらどうするの。覚えているんでしょう? 僕は何度も君を殺そうとした』
「覚えています。でも私だってあなた様を封印しようとしたわ。必死で逃げるのは当然ですもの。別に気にしていません」
強がるでもなく、さらりと言葉が出た。アイリーンはまっすぐに狗神を見つめ、ほわりと笑った。それから両手を伸ばす。
「こちらへどうぞ。狗神様の布団も敷いたんですよ」
言われてみれば、敷き布団は二人分並んでいる。片方を使えばいいと示す巫女に、狗神は心の底から驚いた。変な子だ、そんな考えも浮かぶ。
小狐姿に戻ったココは、自分のベッド代わりの籠をよいせと押していた。クッションの入った籠はそこそこ重いが、鼻先で上手に移動させる。二組の布団の間にできた隙間に、器用に籠を捩じ込んだ。
『僕がここで寝るから』
むすっとした声で宣言する。きょとんとした巫女アイリーンが真意に気づいていない様子に、狗神は狐神を憐れんだ。気の毒に、全く伝わってないよ。その視線に、いつもそうだからとココが肩を落とす。
いざとなれば盾になる覚悟を示す神狐の心を知らず、アイリーンはふふっと笑って抱き上げた。膝の上に乗せたココの喉を擽るように撫でた。
「可愛いわ、やきもち焼くなんて」
そうじゃない。見守る神々が大笑いし、ココと狗神は苦笑いを浮かべる。このくらい鈍い方が、巫女としては優秀なのかもしれない。
舞台の上の神域を固定するのは、集まった神々が請け負った。踊りの礼だという。だが負担がかかるならお断りしなくては。
「本当にいいの? 大丈夫? 具合悪くなったりしない? 何かあったら言ってね」
アイリーンは何度も不安そうに確認した。神々が降りた神殿は域が浄化され、とても神々しい光を放っている。霊力のある者が見れば、眩しさに直視できないだろう。それほどの光の中、さらに眩しい光を纏ったアイリーンは自覚がないようだ。
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「ええ、ここで寝ます」
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『僕が襲ったらどうするの。覚えているんでしょう? 僕は何度も君を殺そうとした』
「覚えています。でも私だってあなた様を封印しようとしたわ。必死で逃げるのは当然ですもの。別に気にしていません」
強がるでもなく、さらりと言葉が出た。アイリーンはまっすぐに狗神を見つめ、ほわりと笑った。それから両手を伸ばす。
「こちらへどうぞ。狗神様の布団も敷いたんですよ」
言われてみれば、敷き布団は二人分並んでいる。片方を使えばいいと示す巫女に、狗神は心の底から驚いた。変な子だ、そんな考えも浮かぶ。
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『僕がここで寝るから』
むすっとした声で宣言する。きょとんとした巫女アイリーンが真意に気づいていない様子に、狗神は狐神を憐れんだ。気の毒に、全く伝わってないよ。その視線に、いつもそうだからとココが肩を落とす。
いざとなれば盾になる覚悟を示す神狐の心を知らず、アイリーンはふふっと笑って抱き上げた。膝の上に乗せたココの喉を擽るように撫でた。
「可愛いわ、やきもち焼くなんて」
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