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第62話 穢れは落とせばいい

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 黒く穢れを纏う狗神様を清める。一言で表現するなら、汚れた犬を洗う話なのだが……その祓いの困難さに姉達は揃って額を押さえた。

「簡単に請け負うんじゃないわ」

「そうよ、どうするか考えてあるの?」

 普段は仲が悪いのに、アイリーン絡みとなれば意気投合する。不思議な二人にアイリーンは笑顔で両手を合わせた。祈るよりお願いのスタイルに近い。

「お願い、協力してくれないかしら」

 口はお願いと言いながら、二人が拒むなんて考えてもいない。末っ子の特典とばかり、アイリーンは笑顔を振りまいた。先に折れたのは長姉アオイだ。仕方ないわねと苦笑いし、アイリーンの紺の髪を撫でた。

 先を越されてムッとした顔になりながら、ヒスイも協力を申し出る。舞台の外から声がかかり、姉妹三人が振り返った。

「その話、当然だけど私も噛ませてもらうよ。父上の説得くらいは受け持とう」

「「「お願いします」」」

 帝である父は大好きだが、怖い。怒らせたくない相手だった。皇太子シン以外は、かなり苦手意識を持っている。怒られた経験が一度や二度ではないからだ。どうしても叱られた記憶は強烈だった。普段から接する時間も少なく、疎遠になりがちだ。

「シン兄様、無理はしないでね」

 心配なので、アイリーンは兄に気持ちを伝えた。自分の時間を削っても妹である私達を優先してくれる。そんな兄だから、自然と口をついた。

「ご心配なく。皇太子なんてしてれば、嫌でも帝の弱みの一つや二つ、握っているものだよ」

「それもどうかと思うわ」

 長子として生まれたが、すぐに弟シンが誕生した。女帝の道を閉ざされた姉は、不器用ながらも弟を認めている。素直でないのは承知の上で、憎まれ口に近い心配を寄せた。姉の複雑な立場や感情を知るシンは、困ったような顔で鼻の脇を掻いた。

「私の大切な姉妹のためだからね、今回は大目に見てくれると嬉しいかな」

 ふふっと笑うアイリーンは振り返り、舞台の上で伏せた狗神様に近づいた。ぱくりと一口で彼女を飲み込める大きさだ。その鼻先を両手でゆっくり撫でた。するすると小さくなる灰色の犬に、アイリーンは手を伸ばす。

 腰の高さまで頭が来る大型の犬に化けた狗神は、ちらりと己の姿を確認した。

『やっぱり汚いね』

「逆です、思ったより侵食されてないので安心しました」

 中まで穢されたわけじゃない。そう言われ、考えるより先に狗神の尻尾が揺れた。

『白く清められるかな』

 期待が口をつく。契約者のフヨウと切り離されてから、ずっと不安だった。怖くて寒くて寂しかったのに、その感情が溶けていく。春に雪の塊が溶け、美しい川を作るように。

「もちろんです! 洗うのも清めるのも得意なんですから」

 満面の笑顔でぐっと両手の拳を握って胸元で示すアイリーンに、白狐はぼそっと呟いた。

『リンの洗い方は雑だから、清めだけにした方がいいと思うよ』

「ちょっと! どういう意味よ!!」

『そのままの意味さ、僕の毛をボサボサにしたくせに』

 一匹と一人の言い争いに、狗神は目を細めた。何かを懐かしみ思い出そうとするように。
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