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第59話 フヨウと同じ匂いがする
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この決意が正しいのか、判断は出来ない。未来を視る術を持たないからだ。それでも後悔しないために道を選ぶことは出来た。失敗したら、それもまた糧になるだろう。人はそうして幾多の失敗を積み重ね、僅かな細い糸のような成功を引き寄せる。
狗神は困惑した様子で、おろおろと左右に歩き回った。楽の音はまだやまない。美しく整えられた場所で、狗神の足元からじわりと黒い瘴気が立ち上った。それをアイリーンが一息で散らす。神域では、瘴気など大した問題ではなかった。
笑顔で手を差し伸べる巫女と、隣でじっと見守る白い狐。巫女は契約した神狐を信じて揺るがない。何があろうと守り抜く決意を露わにする神狐は、主と定めた巫女から視線を逸らさなかった。信頼と深い愛情を感じる姿に、狗神はぺたんと腰を下ろす。
『僕はもう穢れてしまったんだよ』
「いいえ。間に合います、手足の先が少し汚れても、清めればよいのですから」
神様の一柱である狗神は、穢れを帯びて封印された。その話は姉妹にも伝わっている。心配そうなヒスイとアオイの視線を背に受けながら、アイリーンはくるりと回って場を閉じた。ここから先は、踊らずとも維持が可能だ。
裾を揺らして膝を突き、アイリーンはゆっくりと視線を合わせた。フルール大陸で我を忘れて襲ってきた黒い獣とは思えない。優しい目をしていた。大巫女となったメノウ、巫女フヨウ、どちらも皇族の女性だ。両方の名を知る狗神は、フヨウと契約した記録が残されていた。
大巫女となったメノウの先代は、穏やかで優秀な巫女と伝わる。彼女を選び選ばれた狗神に何があったのか。その先は当人達しか知らないのだろう。
『でも、黒くて重くて汚い』
「元は白い毛並みが自慢の御方、すぐに祓って綺麗にいたしましょう」
『皆が嫌がるよ』
「そんなことありません。私も他の巫女も、もちろん民も。あなた様のお帰りを待っております。何より、狗神様をお迎えする方法を教えてくれたのは、白蛇神様ですわ」
微笑んで事実だけを告げる。巫女も民も、この倭国の者は誰も狗神様を拒んだりしない。神様は祝福であり、同時に呪いなのだと知っているから。裏表が入れ替わっても、神様は神様だった。多神教の倭国において、見知らぬ神であろうと排除する考えはない。
穢れを嫌うはずの神々ですら、手を差し伸べると決めた。狗神様にはそれだけの価値がある、お優しい神なのだとアイリーンは訴えた。へにゃりと尻尾が垂れて、耳も同じように伏せる。前足を並べてその上に顎を乗せた狗神は、伏せの姿勢でアイリーンを見上げた。
「触れても構いませんか?」
『うん、君ならいいよ。フヨウと同じ匂いがする』
紫陽花の祠でも「フヨウと同じ」と発言した。同じ言葉を繰り返し、狗神は穏やかな表情で待つ。触れた温もりに、目の奥がじわりと熱くなった。潤む瞳を隠すように閉じ、触れる手の優しさを堪能する。
ゆっくりと触れ、左右に揺らして撫で、やがて耳の脇などを指の腹でさする。その動きの一つ一つに込められた感情を、狗神はただ無言で受け取った。
『君にすべて任せる』
神は穢れを纏っても、嘘は言わない。任せると言い切られたアイリーンは、嬉しそうに笑って大きな白狗に抱き着いた。
狗神は困惑した様子で、おろおろと左右に歩き回った。楽の音はまだやまない。美しく整えられた場所で、狗神の足元からじわりと黒い瘴気が立ち上った。それをアイリーンが一息で散らす。神域では、瘴気など大した問題ではなかった。
笑顔で手を差し伸べる巫女と、隣でじっと見守る白い狐。巫女は契約した神狐を信じて揺るがない。何があろうと守り抜く決意を露わにする神狐は、主と定めた巫女から視線を逸らさなかった。信頼と深い愛情を感じる姿に、狗神はぺたんと腰を下ろす。
『僕はもう穢れてしまったんだよ』
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神様の一柱である狗神は、穢れを帯びて封印された。その話は姉妹にも伝わっている。心配そうなヒスイとアオイの視線を背に受けながら、アイリーンはくるりと回って場を閉じた。ここから先は、踊らずとも維持が可能だ。
裾を揺らして膝を突き、アイリーンはゆっくりと視線を合わせた。フルール大陸で我を忘れて襲ってきた黒い獣とは思えない。優しい目をしていた。大巫女となったメノウ、巫女フヨウ、どちらも皇族の女性だ。両方の名を知る狗神は、フヨウと契約した記録が残されていた。
大巫女となったメノウの先代は、穏やかで優秀な巫女と伝わる。彼女を選び選ばれた狗神に何があったのか。その先は当人達しか知らないのだろう。
『でも、黒くて重くて汚い』
「元は白い毛並みが自慢の御方、すぐに祓って綺麗にいたしましょう」
『皆が嫌がるよ』
「そんなことありません。私も他の巫女も、もちろん民も。あなた様のお帰りを待っております。何より、狗神様をお迎えする方法を教えてくれたのは、白蛇神様ですわ」
微笑んで事実だけを告げる。巫女も民も、この倭国の者は誰も狗神様を拒んだりしない。神様は祝福であり、同時に呪いなのだと知っているから。裏表が入れ替わっても、神様は神様だった。多神教の倭国において、見知らぬ神であろうと排除する考えはない。
穢れを嫌うはずの神々ですら、手を差し伸べると決めた。狗神様にはそれだけの価値がある、お優しい神なのだとアイリーンは訴えた。へにゃりと尻尾が垂れて、耳も同じように伏せる。前足を並べてその上に顎を乗せた狗神は、伏せの姿勢でアイリーンを見上げた。
「触れても構いませんか?」
『うん、君ならいいよ。フヨウと同じ匂いがする』
紫陽花の祠でも「フヨウと同じ」と発言した。同じ言葉を繰り返し、狗神は穏やかな表情で待つ。触れた温もりに、目の奥がじわりと熱くなった。潤む瞳を隠すように閉じ、触れる手の優しさを堪能する。
ゆっくりと触れ、左右に揺らして撫で、やがて耳の脇などを指の腹でさする。その動きの一つ一つに込められた感情を、狗神はただ無言で受け取った。
『君にすべて任せる』
神は穢れを纏っても、嘘は言わない。任せると言い切られたアイリーンは、嬉しそうに笑って大きな白狗に抱き着いた。
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